序
文字数 594文字
世界はまだ幽暗としていた。
大地と空の境目も判然としない、深淵のような夜である。よく目を凝らして見れば、決して多くはないが光が明滅しているのがわかる。人々が炬火を灯しているのであろう。
漸 く東天が白み、強烈な光芒がこの地を照らした。
黎明 である。
この言葉は暁というだけでなく、人の世の夜明けをも意味している。
この世界の人々は、長く幽玄なる上古の時代を抜け出した。神が主の時代から、人が主の時代へと移り変わろうとしている。
そういった時代のうねりは無数の人の運命をも呑嚥 していく。そのまま沈降に面する者もあれば、力強く波流を渡りきり、一際 の光彩を放つものもいる。この数多 のか細い人生の糸が縒 り集まり、織り込まれていくことで、一つの歴史が出来上がると言ってよいだろう。
そろそろこの大地に目を移してみよう。
朝日に照らされてこの世界の様子も明瞭となった。尤大 な原野に人の営みが点在している。その一つから細く延びる道を足早に過ぎる一団があった。壮年の男を先頭に、供の者と幼い子の手を引く女がいる。彼女達の来た道の先には薄煙が見えた。戦乱から逃れてきたのであろう。どの者の顔も暗澹 としているが、ただ手を引かれる少年のみは幼い瞳に光を絶やさず、しかし時折不安そうに母親の顔を覗きこんでは辿々 しく歩を進めている。
彼の名はキシュウ、字はシインと言う。
これよりは、この時代の渦中の只中を往く彼の生を追うことにしよう。
大地と空の境目も判然としない、深淵のような夜である。よく目を凝らして見れば、決して多くはないが光が明滅しているのがわかる。人々が炬火を灯しているのであろう。
この言葉は暁というだけでなく、人の世の夜明けをも意味している。
この世界の人々は、長く幽玄なる上古の時代を抜け出した。神が主の時代から、人が主の時代へと移り変わろうとしている。
そういった時代のうねりは無数の人の運命をも
そろそろこの大地に目を移してみよう。
朝日に照らされてこの世界の様子も明瞭となった。
彼の名はキシュウ、字はシインと言う。
これよりは、この時代の渦中の只中を往く彼の生を追うことにしよう。