帰結 #1

文字数 1,151文字

 遠くに北アルプスを望む。
 その景色を背に、宇佐美は両手を合わせると、静かに目を閉じた。
 緩やかに線香の煙が立ち上る。
 澄み切った青空の下。時折聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけだった。
 宇佐美は目を開けると、しばらく無言のまま…目の前の墓石をじっと見つめた。
 真新しい卒塔婆が立てられている。
 自分と会った2日後に、清次は亡くなっていた——
 その事実を知ったのは、昨日、集落でヤツと対峙した後の帰途だった。
 山梨から急遽長野へ。二人は裕子に案内されて、叔父が眠るこの墓地へやってきた。
「普段着ですみません」
「いいえ、気にしないで下さい」
 裕子はそう言って野崎を見た。
「急な連絡にも関わらず、ご友人の方まで…ありがとうございます。父もきっと喜んでいます」
 裕子はそう言うと、「葬儀は内々で終わらせてしまったんです。本当は、すぐにでもお知らせしようかと思ったんですが…」と宇佐美を見る。

と感じたので…落ち着いてからの方がいいかなと」
「…」
 宇佐美は無言で頭を下げた。
 野崎は、どことなく宇佐美と雰囲気が似ている裕子を見て微笑む。
 この一族は、他にはない、何か不思議な能力を持っているのだろうか。裕子の強い眼差しから、そう感じた。
 墓参を終えて、三人は駐車場まで歩く。
「ここはいい所ですね」
 遠くの山並みを見て野崎は言った。
「空気もキレイだし」
「自然だけは豊富にありますよ」
 裕子は笑うと、「私にとっては理想の場所です」と言って二人を見る。そして、ふと気づいたように腕時計を見て言った。
「やだ、大変。子供たちを迎えに行かないと!」
 そして二人の方を振り返って言った。
「私、こう見えても男の子三人のお母さんなんですよ」
「え?」
 宇佐美と野崎は驚いた。それを見て裕子は声を上げて笑った。
「川島姓を名乗ってるけど、実は私、シングルなんです。女手ひとつで育ててるの!」
 そう言って逞しい腕を見せる。宇佐美は笑った。
「また、いつでも来てくださいね。私たち、いとこ同士なんだから遠慮はしないで」
 そう言って宇佐美の手を取る。そして野崎の方を見て言った。
「野崎さんもぜひ。遊びにいらしてください」
 野崎は微笑みながら頷いた。
 手を振り、慌ただしく去っていく裕子の後ろ姿に野崎は言った。
「逞しいなぁ…」
「そうだね…生命力に溢れてる」
 眩しそうに見つめる宇佐美を、野崎も眩し気に見つめた。
「彼女…お前に雰囲気が似てる。お前が女だったら、あんな感じだったかも」
「俺が?男の子三人のお母さん?あんな逞しさ、あるかな…」
「あはは」
 野崎は笑った。
 冷たく澄んだ風が吹き抜けていく。
 高い空を見上げて、宇佐美はもう一度墓地の方を振り返った。

 大丈夫—―…

 そう聞こえたような気がして、宇佐美はそっと目を伏せた。
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登場人物紹介

野崎祐介【のざきゆうすけ】

45歳。所轄の刑事。階級は警部補。既婚。子供なし。淡々と物事を進めていくタイプ。一見クールに見えるが時に熱くなる一面も。彼のモデルは同年代の頃の竹野内豊。彼の台詞は竹野内で読んでください(笑)

宇佐美尚人【うさみなおと】 

39歳。フリーライター。両親とは死別。独身。霊感があり見えたり聞こえたりする。生い立ちが特殊なため、家庭環境には恵まれず、人に上手く甘えることが出来ないまま大人になった面倒くさい男。見た目9割成功だけど1割の残念な部分で損している可哀そうなイケメン。

神原悟史【かんばらさとし】

69歳。元大学准教授。現在はオカルト雑誌専門の出版社社長兼編集長。鋭い直感力を持っているが、年のためその力は衰え始めている。大学時代の教え子である野崎の捜査協力者として力を貸していたことがあった。少々変わり者。

白石和之【しらいしかずゆき】

45歳。所轄の刑事。階級は巡査部長。野崎とは同期でバディを組んでいる。ゲイ。パートナーと暮らしているが上手くいってないらしい。幽霊苦手。怖い話大嫌い。宇佐美に気がある。

望月【もちづき】

50歳。独身。神原の出版社で働く女性社員、編集者。

神原智子【かんばらともこ】 

63歳。悟史の妻。バレエ講師をしていたことあり。明るく朗らか。子供がいないので野崎や宇佐美を息子のように可愛がっている。料理上手。

小さな影【チイサナカゲ】 ???

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