第12話 告白の後

文字数 2,570文字

『発表会の日、僕は一部しか出ないから、その後のりさんがよかったら映画でも行かない?』
『最後までいなくていいの?』
『うん。大丈夫。今回は一部だけのお手伝いでいいって、先生が言ってくれたんだ。』
『ますます、楽しみだ。』
『だね。』
発表会の前日、原君からのりさんにラインが来た。
『明日、来てくれるんだよね、発表会。』
『うん、行くよ』
『ちょっと恥ずかしいことになってたらごめん。これは僕が考えたんではなくて、先生が考えたことだから。』
『?どういうこと?』
『ひかないでよ。お願いだから。』
『わからないけど、楽しみにしとく。』
『…。』
いったいどういうことだろう?

のりさんは、去年と同じ会館のホールに入ってだいたい同じ席に座った。舞台袖から原君が降りてきてくれた。
「のりさん、おはよう。来てくれてありがとう。」
「うん、なんだかわからないけど楽しみにしてる。今日もネクタイにベストなんだね。」
「小さい子も、きちんとした格好してくるから。僕は今日はみさきちゃんの執事になりきるから。」
「執事?」
「…うん。」
5分前を知らせるアナウンスがなった。
じゃ、行ってくる、と原君は舞台裏に戻った。

プログラムでいうと、2番と5番。
2番は、去年と同様のはるとくん。はるとくんと原君は仲のいい兄弟みたい。演奏が終わって袖に戻るとき、倫太郎君がこっちを見た。はるとくんも今日も大成功だったね。倫太郎君と手を繋いでるのに、ちょっとスキップしながらはけたので、観客席から少し温かい笑いが起こってた。
次は5番、女の子と倫太郎君が手を繋いで出てきた。女の子はちょっと緊張気味のよう。椅子に座ったふたり、倫太郎君が女の子に何か言って、弾き始める。女の子は倫太郎君を見て、弾き始めた。後は倫太郎君が合わせて弾いていく。無事に演奏が終わり、女の子が椅子から降りるのを待って、倫太郎君が片ひざをついて、女の子に手を伸ばす。女の子は満足げにその手を取った。観客席からは、ほ~という声と拍手。これか、倫太郎君が執事になりきるって言ったのは。執事でなくて、王子さまだ。舞台袖に戻るとき、倫太郎君は恥ずかしいからか、こっちを見なかった。


第一部が終わって、倫太郎君が私の隣に来た。
「のりさん、映画行こう。」
「もう、いいの?」
倫太郎君は笑顔で、今度は私に手を伸ばす。私もその手をとる。私達は映画を見るために電車に乗って、隣同士に座る。


「倫太郎君、執事じゃなくて王子様だったよ。」
「ええ?そんながらじゃないし。僕はあの子たちが舞台で一番上手に弾けるようにするお手伝いだから。」
「女の子には、なんて声をかけてたの?」
「僕から弾くから、合図したらみさきちゃんも弾いてね、って。」
「普通のことを言うんだね。」
「うん、特別なことは何もできないからな。」
「片ひざついたのは?」
「あれは、先生の悪ふざけ。上手に弾けたら一緒にお辞儀をして、のところで、倫太郎君が片ひざついたらどう?って。そしたら、みさきちゃんのお母さんが喜んでしまって。」
「そういうことだったんだ。」
「うん、でも、それであの子達が一生懸命練習して、曲が仕上がったら楽しいってことを知ってくれたらいいと思う。」優しい顔して言う。
(倫太郎君の魅力って、こういうとこかな。)
「な、なに?あ、遊びに行くのにネクタイが変か。外そうか。」
倫太郎君のことじっと見てしまってた。
「あ、ううん。違うの。ネクタイかっこいいからつけといて。」
「かっこいい?じゃ。つけとこ。」
外そうとしたネクタイを嬉しそうに結び直す倫太郎君。素直すぎておかしい、もう笑えちゃう。
「なに?」
「倫太郎くんのいいとこ考えてた。」
「えっ?僕のいいとこ?教えて。」
「それは、内緒。」
「…。」
人差し指を立てて言うと、倫太郎君はこっちを見てモヤモヤした様子。もう、おかしい。電車の中だから、笑いをこらえるのが、しんどい。
「もうすぐ、神戸に着くな。」
倫太郎君が笑顔で私の右手を取って、立ち上がった。私も急いで立ち上がる。ホームから階段を降りるときは手を離したけど、改札を出てカードを鞄にしまった私を待って、また手を繋いでくれた。
どうしよう。ドキドキと嬉しいでいっぱいだ。

映画を見るとき、お昼時だったのでホットドッグを食べた。
「僕達食べるのホットドッグばっかりだ。」
「ほんとだ。」
「友達と遊びに行ったらどんなとこで食べる?」
「マクドかミスドかな。」
「男も一緒、それに、たこ焼きとかもあるけど。高校生になったら、もうちょいおしゃれなとこ行けるかな~。」
「倫太郎君のおしゃれって、どこ?」
「え~と…。スタバとか、モロゾフ?とかケーニヒスクローネとか。…のりさんと行きたい。」
「あれだね。お母さんと一緒に行ったことあるとこだね。」
「わかった?」
「大学生になったら、倫太郎君とご飯食べに行きたい。」
「おしゃれなとこだな。」
ハハハ、おしゃれに憧れすぎ~。
映画を見終わってから、モザイクのソフトクリームを買って食べた。なんとなく、モザイクの茶色い階段をゆっくり上がって行く。上から降りてきた人が通りすぎると、倫太郎君が私の名前を呼んだ。振り返ると倫太郎君が一段下にいて、ちょっと手を引っ張られたから、バランス崩した。あっと思ったら倫太郎君に受け止められてた。
「ごめん。わざと。」
ほんの一瞬だったけど、びっくりした。
「そろそろ、帰ろうか。電車に乗らないといけないし。」
帰りの電車では、映画の話をした。家まで送ってくれるときの話。
「今日は、僕はしゃいでしまってて、嫌なことしてなかった?もし、してたら言ってよ。のりさんの嫌がることはしたくないから。」
「嫌なことなんて、全然無かったよ。むしろ、ドキドキとか、嬉しいとかばっかりで。別に倫太郎君がしたいこと言ってくれたらいいよ。」
倫太郎君がニコニコして、うなずいた。
「また、二人で会ってもらえる?」
「もちろん。」

じゃ、また。明日学校で。

『写真送ります。』
倫太郎君の王子様写真を送った。既読から、しばらく返事が来ない…。嫌なことしちゃった?どうしよう。
『自分の部屋で見れば良かった。居間で見てしまったから声が出てしまって、家族に写真転送する羽目に…』
『待ち受けにしたいくらい、カッコいいよ。』
『まさに、今母さんが待ち受けにしたわ。倫子ちゃんありがとう、だって。』
『お役に立てて光栄です』

















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