第5話 4度目のバレンタイン

文字数 2,104文字

もうすぐ、バレンタインのある日、のりさんとお友だちのまみちゃんが休み時間に話をしてる。まみちゃんは、のりさんの気持ちを知っているただ一人の人で、クラブは原君と同じ硬式テニス部だ。
「りんこは、今年も原くんにチョコあげるの?」
「うん、そうする。」
「もう、4度目だっけ?」
「ほんとだ。5年生からだから、4度目だ。」
「原君は相変わらず、分かってないの?」
「そこが、いいとこ。」
「絶対両想いだと思うけど。」
「だといいけど。最近の原君、背も高くなってきて、ちょっとかっこよくなってきて、心配なんだよね。」
「確かに、勉強も頑張ってるし、テニスしてる姿もかっこいいしね~。しかも、密かにピアノも弾けるなんて。でもそれは、りんこのせいでしょ?」
「なのかな~?」
「まあまあ、今年もいつも通りのバレンタインかもね。」
「いつもどおりがいいような、いつもと違うほうがいいような。」
夜23:00を過ぎた頃、原君は塾の宿題をしていたが、明日が楽しみなので、ついのりさんにメッセージを送った。
『明日、図書室行く?』
『うん。行くよ。』
すぐに返事が来た。
そう、明日は水曜日だが、なんと2月14日だ。原君は、やはりのりさんからチョコをもらうのをそれはそれは楽しみにしている。それは感謝のチョコであっても。今年ものりさんから、感謝チョコを貰えるかな~と考えたとき、原君からもチョコを渡そうと思った。のりさんがいないことを想像してみると、のりさんがいることで、毎日がちょっといい感じなんだと思ったのだ。買ってきたのは、ポケットに入る小さいやつだが。
翌日、原くんはお弁当を食べてから、階段の踊り場のロッカーに寄って、チョコをポケットにしまい、図書室に走った。貰うのも嬉しいが、渡すのもなんだか気持ちが高ぶる。まさか受け取ってくれないことはないと思うけど。
そんなことを考えながら、図書室のある2階の踊り場から図書館へ向かうと、図書室の入口近くで、知らない女子が立ってた。原君が図書室に入ろうとすると声をかけられた。
「原先輩!」
「えっ?は、はい。」
(この人誰だ?)
「えっと、私は1年の宮野です。」
「えっ?は、はい。」
「あ、あの、部活中の原先輩を見て、かっこいいなと思ってました。」
「えっ?は、はい?」
「あ、あの、チョコ、受け取ってください!」
「えっ?え~と。あの、気持ちはありがたいのですが、貰えません。」
「受け取ってもらうだけもできませんか?」
「は、はい。貰っても、返事ができないから、貰えません。」
「…分かりました。」
「あ、あの、返事はできないけど、あ、ありがとう。」
「分かりました。失礼します。」
「は、はい。」
こんな状況は、初めてだったから、原君の答えが正しかったのかどうか、わからない。(幻?僕がかっこいいとか、あり得ないし。僕の妄想?)原君は、自分の大切なイベントの前に予想外のことが起こって混乱していた。
「倫太郎君?」
図書室の入口で、止まっていた原君に、窓越しに、中からのりさんが声をかけた。
「ああ。うん。」
「ごめん、見てた。」
「あ、見てた?なら、やっぱし現実だったのか。」
「うん、現実だった。私あの子のこと知ってるし。」
「えっ?のりさんの知り合い?」
「いや、知り合いじゃないけど…。でも、今日は私もチョコ持ってきたんだけど、今日は渡すのやめとこうかな。」
「…そうか。あ、でも、良かった。今年も貰えるのか。」
「うん、今度ね。」
「うん、わかった。」
原君も今日はチョコを渡すのはやめておいた。
原君は、午後の教室で、いつも通り授業を受けていると、今日の昼休みは本当に幻のように思えていた。
放課後、ジャージに着替えてテニスコートに向かうと、テニス部部員達が何やらざわざわしていた。
「おーい、原。新入部員だぞ~。」
「お~。」
コートまで来ると、知らない女子がジャージで、皆に囲まれていた。
「あ、原先輩!」
「え?は、はじめまして。」
「はじめまして、じゃないですよ。今日のお昼に…会いましたよ。」
「え?あ、ごめん。」
(チョコをくれようとした子?ジャージだから、余計に分からなかった。)
「なになに?お昼に会ってたの?」
「図書室で…ね。先輩。」
「う、うん、そうか。」(なんで、同じクラブに?)
お昼休みに原君に告白してくれた女子が同じクラブに入部してきた。原君の誠意ある断りかたに、余計に原君に惹かれて諦められない女子は、現実的な距離を縮めようと思ったのだった。そんなことは、想像もつかない原君だった。
今年は、今までのようにチョコを渡して、倫太郎君の照れた顔を見て、というバレンタインではなかった。まさか、倫太郎君が告白されているところに遭遇するとは。相手の女子のことを私が知ってると言ったのは、部活中の倫太郎君を見ている姿を、何度か見たことがあったから。同じクラスになったこの1年の間に、倫太郎君は背も伸びて、声も低くなって、かっこよくなった。目が大きくて鋭いちびっこだったのに。同じくらいの背だったのに、今はちょっと、前屈みに話かけてくれる。そして、たまに私が見上げてる。だけど、倫太郎君はそんな自分の変化に気づいていない。中身はまっすぐで、真面目な倫太郎君だ。


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