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文字数 4,577文字
「7人ものK2中学生を襲った真犯人こそ、
「う?」
水を打ったように静まり返る講堂。
やがて引いた波が岩に打ち寄せるごとく大反響が炸裂した。
「えええええ!」
「皆さんが驚かれるのも無理はありません。最初、いえ、さっきまで、僕も間違っていたんだから」
きっぱりと志儀は言う。
「つい今しがたまで僕は〈謎の襲撃者〉の正体は
再び講堂を揺るがすどよめき。
「ええええ?」
彼方此方から声が上がる。
「ソレだって大いにおかしい!」
「間違ってるだろう?」
「毛利天優は第1番目の犠牲者だぞ!」
「綺麗は汚い、汚いは綺麗。そう教えてくれたのは黒石さん、貴方でしたね?」
落ち着いた口調で志儀は背後の群れの中に立つ
「え? ああ、そうだが」
「そして、副会長、
続けて包帯姿の一人に視線を向ける。
「貴方は僕に毛利さんと三宅さんの悲しい過去を話してくれた。それで――」
一瞬、躊躇した後で志儀は言う。
「この一連の襲撃事件は、心の底では三宅さんを恨んでいる毛利さんの犯行だと僕は思ったんです」
志儀は三宅貴士を振り返った。
「最終的には生徒会長である貴方を襲い、学校の一大行事・文化祭を粉砕する――どうです? これって最高の復讐劇ですよね?」
一語一語噛み締めるようにして続ける。
「実際には毛利さんは襲われてはいない、第1回目の襲撃は自作自演なんだ。当然、彼の昏睡状態は演技です。そうやって周囲の注意を逸らせて、実はこっそり犯行に及んでいた……」
ここで包帯姿の負傷組から声が上がった。
「だ、だが、毛利がずっとベッドに寝ていたのは事実だぞ?」
「そうとも! 一緒に入院していた俺達が保障する!」
「毛利が病室から居なくなった時間はない」
「そうでしょうか? 好都合にも今回、負傷者が運ばれたのは毛利医院――つまり毛利さんの実家です。勝手知ったる我が家ならいかようにも偽装できる」
毛利医院の特別病棟から駆けつけた集団に顔を向けて志儀は説明した。
「彼は昏睡状態で動けないという先入観があるから誰もベッドを繁々と覗き込んだりしない。おまけに顔は包帯でぐるぐる巻きだから自分が不在の際はマネキンにでも摺り替えておけばいい」
思い出すように目を細めた。
「それに僕は知ってます。毛利医院では、動ける入院患者は皆、西棟の食堂に行って食事をするんですよね? その間は病室はがら空きになる。毛利さんはその時間を巧く使って出入りすることが出来るはずなんだ」
自分が戻った時は身代わりのマネキンはベッドの下にシーツでもかけて隠しておけば目立たないはず。
「と、そういう風に思った僕は、昨日、毛利さんの前で、『今日、真犯人の名を明かす』と聞こえよがしに言ったんです。K2中の生徒に正体を暴かれたくない毛利さんは必ず僕の口封じにやって来ると考えて。あれは毛利さんを誘き寄せる僕の策略だった」
「――」
「でも、毛利さんは僕を襲いに現れず、代わりに僕の助手の内輪君が襲われた――」
膝の上の物言わぬ友に視線を戻す志儀。
中学生探偵は助手にそっと語りかけた。
「『推理に行き詰まったら振り出しに戻れ』と、かのベーカー街の名探偵は言っている。それで僕は気づいたんだ。ハナからこの襲撃事件には特殊なパターンがあった。そのパターンを読み解くことこそ肝心なんだ!」
聞いててくれよ、チワワ君。ここからが僕の最新の推理だ。
「何故、僕ではなく内輪君が襲われたか? 真犯人はパターンを変えるつもりは無かったからだ。この事実に僕がもう少し早く気づいていたら内輪君を守ってやれたのに!」
「全く意味がわからない!」
「もっとわかるように説明してくれ!」
「そうでした。お聞き下さい、皆さん」
再び志儀は講堂を埋め尽くしたカーキー色の集団へ向かって話し始めた。
「僕は今回、助手役である
志儀は血の海の中からその小さな紙片を掬い上げると講堂内の生徒が良く見えるよう翳した。
「だからこそ、この絵柄なんです! おわかりですか、この絵を? 何だと思います?」
「獣だよな?」
「狼?」
「いや、犬にも見えるぞ!」
方々で上がる生徒達の声。その通り、絵柄は、獣……犬に見える。
「
肩越しに志儀は探偵に目配せした。それから、再び生徒達に向き直る。
「ご覧ください、先に襲われた6人、その傍らにおいてあった紙片の絵柄を! 実はこの〈絵柄の動物たち〉は別の意味を持っている。象、とぐろを巻いた蛇、炎、鳥、獅子、錦蛇、犬……」
志儀は一回大きく息を吸った。
「いいですか? これらは全て奈良の興福寺に収められている
「八部衆?」
「興福寺だって?」
「よくまあそんなことに気づいたな!」
「普通なら僕だって気づきませんよ」
正直に志儀は明かした。
「でも、ここへ来て、助手であるチワワ――内輪君の傍らに残されていた絵柄を見てハッとしました。修学旅行委員長でもある生徒会・副会長の錦織さんが作成していたプリントを思い出したんです。そこに興福寺の国宝、八部衆について詳しく記してあった。今年の修学旅行では5年生です。5年生の皆さんはそこを訪れる予定なんでしょう?」
群れの中の5年生たちが頷く。
「それで、さっき改めてプリントを見て調べてみたら、犠牲者達と傍に置かれていた絵柄の八部衆には関連性があるのが解ったんです!」
「何だって?」
「そりゃ、本当か?」
色めき立つK2中生。
志儀は錦織の作成したプリントとそれを書くに当たり資料とした興福寺の
① 象は
② 蛇は
③ 炎は
④ 鳥は
⑤
⑥
⑦
細かく言うともっと重なっている者もいる。
例えば⑤の乾闥婆は音楽の神で笛を吹くので合奏部のフルートの名手にはうってつけだし⑥も音楽神で錦織は(へたでも)合奏部で合っている。⑦も綺麗な声で歌う音楽神。そう、内輪若葉は合唱部である――
※八部衆―http://www.kohfukuji.com/property/cultural/015.html
静まり返った講堂で、志儀の声だけが響く。
「さて、残る一人、八部衆の中でも主役級、最も有名で人気の高い
生徒会長・三宅貴士に変化は見られない。平生どおりの冷静沈着な仕草で腕を組み直しただけ。
「どうして僕だと思うんだい?」
「だって、貴方の名前に〈三〉という文字があるじゃないですか!」
「!」
「阿修羅は
一息に志儀は言い切った。
「だから、阿修羅である貴方こそ今回の怪事件の大元締め――全てを計画し実行した真犯人なんだ!」
「噴飯ものだな!」
三宅貴士は片眉を上げて微笑んだ。
「悪いが、我等がK2中の迷探偵君、君の論法はめちゃくちゃだ。大雑把過ぎるし推理に飛躍がある。この程度の根拠では、僕が真犯人だなどと誰も納得させることは出来ないよ」
K2中のアポロンは愉快そうに肩を揺らした。
「犯行現場に残されていた紙片の絵柄が八部衆を表していること、犠牲者たちの名と絵柄の関係、……そこまでの読み解きは、なるほど、誉めてやってもいい。だが問題は、『何故、僕が真犯人なのか』という万人を納得させられる理由だ。君の推理で行くなら、僕が最後の犠牲者になってもいいはずだ。そっちの方が収まりがいいぞ。ということは――僕を恨んでいる毛利が真犯人でいいんじゃないのか?」
三浦は髪を掻き揚げた。
「それなのに、何故、毛利でなく、僕だと言うんだ? その理由を聞かせてくれたまえ」
「だって、毛利さんはここにいないもの」
「
自信たっぷりに少年探偵は告げた。
「ほら、よく言うでしょ? 『真犯人は必ず犯行現場に戻って来る』。だけど、ここに毛利さんはいない。だから、ちゃんと、ここにいる貴方が犯人なんですよ、三宅貴士さん!」
「あはははは……!」
突然鳴り響く笑い声。
講堂内の全員が声の主を探して一斉に首を上下左右に廻らせた。
「残念だったな、探偵・
生徒の列を乱して現れたのは――看護師が押す車椅子に乗った人物。ぐるぐる巻きに包帯で顔を覆った、毛利天優その人である。
「あーーー」
「昨夜、意識が戻ったんだよ。それで――内輪君の悲報を聞いて居てもたっても居られず僕もやって来た。そういうわけだから、君の謎解きの一部始終をしっかり見せてもらったよ」
毛利天優は包帯を巻いているせいでくぐもってはいるものの、力強い口調で言い切った。
「僕はここにいる。そして、勿論、僕
(何てことだ……!)
この展開は予想していなかった!
志儀は歯噛みした。またまた振り出しに戻る、だ。
万事休す! 絶体絶命!
「君の論拠は
生徒会長・三宅貴士は勝ち誇った顔で叫んだ。
「K2中の中学生探偵、敗れたり!」
「……こ、興梠さん?」
つい反射的に探偵を見てしまう志儀。
そんな助手に探偵は他人には聞き取れないくらい小さな声で囁いた。
「君にはまだ見落としているものがある。今一度、落ち着いて考えてみたまえ、フシギ君」
「そ、それは何? わからないよ。もっと具体的に教えて!」
「だめだ。言ったろう? 今回、僕はこれ以上は力になれない」
スクラップブックの一覧表の頁を腕に抱えたまま
「だが、君ならできるさ。頑張れ、少年」
「そんな~~~」
さあ、どうする