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文字数 2,904文字

「そう言ってくれると思ったよ」
 
 生徒会長・三宅貴士(みやけたかし)は窓辺から部屋の中央、志儀(しぎ)の前に戻って来た。
「但し、これはお遊びじゃない。よもや、途中で、投げ出したりはしないだろうな?」
 志儀は口をへの字に曲げた。
「僕を見くびるなよ? 『探偵は1度受けた依頼は命を賭けて全うする』これが我が探偵社のモットーだ」
「結構!」
 生徒会長は制服の内ポケットから紙片を取り出した。その仕草さえあまりに優雅で志儀以下生徒会室にいた全員が見惚れてしまった。再びあちこちでこっそり吐き出される嘆息。額に落ちた一筋の黒髪を掻き揚げて貴士は言うのだ。
「この誓約書に署名を」

《 私は今回学校内を恐怖に陥れている謎の襲撃者の正体を見事暴いてみせることをここに誓います。猶、それをなしえなかった場合は一切抵抗することなく生徒会の命に従う所存です。》

「!」
 文の内容に流石に躊躇する志儀。
「どうした、海府(かいふ)君? さっき、命を賭けると言ったのはマヤカシか?」
「だって、これ――」
 志儀は怪訝そうに眉を寄せて、
「どういう意味です?」
「どういう意味も何も、僕としては、この怪事件に賭ける君の熱意を証明してもらいたいのだ。今回の件では僕が全責任を負っている。言うなれば、僕たちは今日からは運命共同体……一蓮托生の身となるのだからね。万が一、今以上の惨劇が起こったら」
 三宅貴士は精悍な眉をきりりと上げた。
「その時は生徒会長たる僕は学校を去る覚悟だ。当然、君だってただではすまない」
「なるほど。そういう意味か」
 改めて書面に目を落とす。唾を飲み込むと志儀は頷いた。
「了解! この身を賭けると言ったのは嘘じゃない! 僕も、喜んでサインするよ!」
 志儀が署名するのを満足げに貴士は眺めていた。受け取ると丁寧に折り畳んで再びポケットにしまう。
「では、ただちに調査を始めてくれたまえ。先の4つの事件の詳細は一応僕がここに記しておいた。その他、重要と思われる資料も揃えてある」
 大学ノートを1冊、志儀に手渡した後、
「おっと、この先、一人では大変だろうから、事前に助手を選んでおいたよ。おい、内輪(うちわ)君――」
 パチンと指を鳴らす。
 衝立(ついたて)から飛び出して来た人物を見たとたん志儀は声を上げた。

「ええええ? こいつなの? こりゃ……(ひど)い!」

「何だ? 僕の人選が不服かね?」
「だって、よりによって……これはないんじゃないの?」
 丘の上の探偵社で探偵にそうしているごとく、志儀は遠慮なく生徒会長にも本音を吐露した。
「あんまりだよ! 女学生向けのロマン小説じゃないんだから!」
 命を賭した運命共同体、その意気込みでたった今、誓約書まで書いたというのに!
 それならば与えられるべき〈助手〉は屈強な大男、筋肉隆々の体育会系が筋だろうに?
 志儀の前に現れたのは、サラサラの髪、薄い肩、細い腰、長い睫に縁取られた円らな瞳の……少女と見紛う美少年だった!
「我儘を言うな! 自分だって女学生向けのよく似た路線のくせして」
 己の人選に、露骨に文句を言われて傷ついたのかも知れない。日頃冷静な生徒会長が珍しく声を震わせた。
「この内輪君は、本校公認の〈美少年投票〉で栄えある準優勝に輝いた逸材だぞ!」
「公認の? 美少年投票って、なにソレ? そんなのあるんだ?」
「ちょっとちょっと、海府君……」
 堪りかねて傍らの級友が志儀の脇腹を肘で突いた。
 ヒソヒソ声で言うには――
「これだから君はもっと学校行事に興味を持てというのさ! 〈美少年投票〉は毎年文化祭で実施される我が中学の名物だぞ!」
「その通り、生徒会長選挙に勝るとも劣らない重要な恒例行事だ!」
「K第2中学生とその卒業生にのみ投票権が与えられるのだ」
「僕なんか、今から今年は誰にしようか、胸トキメカしているんだからな」
 熱っぽく語る級友たち。
「へえええ? そんなのがあるんだ! 悪いけど、僕、全然知らなかったな!」
「……」
 可哀想に。瞳を潤ませて立ち尽くす美少年。
 その肩に生徒会長は手を置いた。
「今回、この場面で、内輪君を使わずして誰を使うというのだ? 探偵助手、この役は彼を置いて他にはいない」
 世界が停止する。
 見よ、静止画の中の二人を。正にアポロンとアドニスではないか……!
 そのK2中の美青年(アポロン)、優しく美少年(アドニス)を促して曰く、
「さあ、内輪君! 自信を持って自己紹介したまえ」
 背中を押されて、少年は志儀へ握手の手を差し伸ばした。
「よ、よろしくお願いします。僕は4年Ⅲ組の内輪若葉(うちわわかば)と言います」
 声も可愛らしい。カナリアが囀るごとく、
「ぼ、ぼ、僕も、命を賭けて君の助手役を務めさせてもらいます」
「そういうことだ。これ以後、この生徒会室を君たちの活動拠点として自由に使いたまえ。これが鍵だ、渡しておこう。じゃ、僕は文化祭に向けての役員会議があるのでこれで失礼するよ」

 颯爽と生徒会長退場。
 続いて、副会長とその他大勢の級友たちもズルズルと芋蔓式に消えて行った。



「どうぞ」
「?」
 目の前に置かれた茶碗を見て、志儀は顔を上げた。
 さっそく生徒会長から渡されたノート、今現在までにわかっていることをまとめたそれに目を通していた志儀だった。
 茶碗からは馥郁(ふくいく)たる紅茶の香りが立ち上っている。
 ナイスタイミング。悪くない。
 喉を潤しながら志儀はボソボソと謝った。
「さっきは悪かったな? いきなり、あんなこと言っちゃって。助手だと紹介された君が、その、予想とあまりにも違ったから、吃驚したんだ」
「平気です。気にしないでください」
 盆を胸に抱えて明るい声で美少年は笑う。
「海府君の毒舌はK2中内で有名ですから」
「あ、そうなんだ」
「それに、僕……僕の方は凄く嬉しいんです! 光栄に思ってるんですよ!」
「何が?」
「入学以来、ずっと、僕、海府君に憧れてたから」
「ぶ!」
 折角の紅茶を盛大に噴出す志儀。調子が狂っちまう。
「で、これから、どうします? 何処へ行きます? 何処だろうと、僕、お供します!」
「何処へも行かない」
「え?」
 円らな瞳を一層大きく見開いた内輪若葉に志儀は言った。
「まずはここ(・・)で、今まで起こったことを徹底的に再確認する」
 指を立てて得意げに、
「事件の全容をしっかり整理して理解すること。これがまず第一歩だ。基礎だよ、チワワ君」
「はあ?」
「君のことだよ! いい名だろう? 基礎の第2。一流の探偵は助手を綽名(あだな)で呼ぶものだ。君は内輪若葉(うちわわかば)だから――チワワ(・・・)! どうだ、いいセンスだろう?」
「そ、そうかな? 何だか、からかわれてる気がするけど……」
 志儀は(いつかの探偵の真似をして)できるだけ虚無的にニヤリとして見せた。
「当たり! からかって(・・・・・)るのさ(・・・)!」


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