16
文字数 6,198文字
血だらけの友を膝に抱いているというのに?
その
やはり、僕は
探偵失格だ!
探偵が咳払いしている。
ああ、
思えば、貴方はいつ、どんな場面でも己のスタイルを貫いている。
今日もあんなに慌ただしい朝だったのに、三つ揃えを着たそのお洒落な姿。ツイードの上着からタッターソール柄のオッドベストが覗いてる。シャツはブロードクロスのタブカラー。袖口は勿論ダブルでカフスはお気に入りの琥珀か……って、あれれ?
その先、先刻から微かに揺れ続けている指の先、アレは僕の作成した一覧表の最も新しく付け加えた箇所――
「解ったぞ! 今度こそ真犯人が! そして、その決定的な根拠も……!」
講堂内のK2中生に志儀は叫んだ。
「もう1度だけ、僕にチャンスを!」
「ふむ、フェアであることはこの種の推理劇で最も重要なことだと、かの〈ノックスの十戒〉にも書いてあるものな?」
鷹揚に頷いてみせる生徒会長だった。
「いいとも、君が辿り着いたという〈真犯人〉の名を今一度言ってみたまえ」
再び静まり返る講堂。
その静寂の中で志儀の腕が大きく弧を描いて停止した。
「犯人は
中学生探偵の指の先にいたのは――
「また?
流石に呆れる生徒会長・
「貴方です。貴方しかいない。その明白な理由をこれから説明します」
探偵の真似をして咳払いをしてから、志儀は話し始めた。
「先ず貴方は今回の惨劇を執拗に学校側に隠し続けている。勿論、表向きは生徒会長として学校行事の中止を恐れてですが。でもそうする真の理由こそ、貴方が真犯人である証拠なんだ」
「ほう?」
「隠蔽する真の理由は――この残酷な行為を続けたいから。そこから得られる愉悦をもっと、ずっと、味わい続けたいから」
「それが?」
「真犯人――しかも、我等が生徒会長その人が、7人ものK2中生を襲った理由だって?」
「馬鹿な! 信じられない!」
「憎しみや恨みならともかく――愉悦?」
「楽しみだって?」
「そんな話聞いたことがないぞ!」
「有り得ない!」
「いいえ! 有るんです!」
講堂内の生徒達の叫びに志儀は叫び返した。
「ただ
その種のおぞましい人間の正確な呼び名を僕は知らないけど、でも、古い名なら知っている! まさにそういう人間をこう呼ぶんだ、僕達日本人は呼び続けて来たんだ、『阿修羅』と……!」
刹那、講堂中が凍りついた。
「この種の人間はまた、罪深い自分の行為を隠したい反面、誇示したい欲望にも駆られるそうです。
今回、犠牲者を傷つけるだけじゃなく、〈
一旦息を継ぐ。
「三宅さん」
窓の外に広がる秋空のように澄み切った瞳で志儀は呼びかけた。
「貴方は、貴方自身が自分を〈阿修羅〉だと知っているから、こんな謎を構築したんだ。だから――望みどおり、貴方が阿修羅だということをこの僕が証明してあげます」
言葉を差し挟む暇を与えず志儀は探偵を振り返った。
「興梠さん、スクラップブックにある一覧表を掲げて! 皆さん、三宅さんの欄に注目を!
生徒会長であり、学園祭実行委員長であり、所属部の部長と記されている。
このK2中学校で3つの役職を持っているのは三宅さんだけだ。錦織さんは一つ、生徒会副会長だけだし、毛利さんは文芸部の部長のみ」
ピシリと志儀は言った。
「三つの顔を持つ、阿修羅は貴方です!」
暫しK2中学校の講堂は無音だった。
やがて、乾いた拍手の音が響き渡る。
手を叩いているのは生徒会長・三宅貴士その人だった。
「見事にハズシたね?
「ぐ?」
だが、続く三宅の言葉は意外なものだった。
「いかにも。僕が真犯人だ」
「え?」
あくまでも落ち着いた声で三宅貴士は繰り返した。
「今回の怪事件を思い立ち、計画し、実行した張本人は僕さ。但し、君の指摘した根拠は間違っている」
「そ、そんなはずはないよ! 今度こそ、今回の回答には僕は自信を持っているんだから! 貴方こそ、今更、言い逃れは許さないぞ!」
「否! 今の君の回答では正解にならない!」
憤怒の顔ではなく、悲しみに満ちた顔で生徒会長は首を振る。
「君は散々御託を並べてくれたけどね、実はたった一言でケリが付くんだ。僕がかくも手の込んだ謎を仕込んだその理由とは……」
カッと目を見開いて生徒会長・三宅貴士は言った。
「素晴らしい映画を撮りたかった! これだよ」
「はあ?」
「この映画こそ今年のK2中学校文化祭の最大の出し物だから!」
「ええええええ!」
絶叫する志儀。そこに声が重なる。
「カーーーーット!」
「これにてクランクアップ!」
割れんばかりの拍手と歓声。
呆然とする志儀に一転、生徒会長・三宅貴士は満面の笑みで握手を求めてきた。
「ご苦労様! そしてありがとう、
「――」
「そう、それ、君の鬼気迫る迫真の表情!」
「ま、まってよ」
言葉が出ない。頭が真っ白で。
何とかもぐもぐと志儀は呟いた。
「じゃ、全て? 何もかも? ……嘘?」
「ごめんよ、志儀君」
震える志儀の腕を引っ張る華奢な手。
見下ろすと膝の上で笑っている
「僕の為にあんなに泣いてくれてありがとう。まさか、抱き抱えてくれるとは思わなかったな! いつ心臓の鼓動に気づかれるかとヒヤヒヤしたよ。ほら、こんなに近いから!」
「こ、こ、この……」
怒っていいのか、喜んでいいのか。
どうすりゃいいんだ、こんな場合?
とりあえず――
志儀は怒鳴った。
「馬鹿野郎! チワワ!」
「ご、ゴメンよ、志儀君。怒らないでよ? そして、どうか、嫌いにならないで?」
「さて、もう1回カメラを回してくれたまえ。ここからは《解決編》だ。今回の『K2中の怪事件』の真相を僕が詳細に説明・解説しよう」
最新の8ミリカメラを担いだ撮影班のクルー(映画研究部の部員たち)が、今度は堂々と前に出て、生徒会長を
「その前に――まずは早朝からこの講堂に集まってくれたエキストラ役の生徒諸君に感謝の言葉を! ありがとう、諸君!」
「ピュー、ピュー!」
「こっちこそ、参加できて面白かった!」
「いい体験をさせてもらったよ!」
「我等が生徒会長、万歳!」
鳴り止まぬ口笛と拍手。
喝采が鎮まるのを待って三宅貴士は志儀に向き直った。
「もっと早い段階で君は気づくべきだったよ、K2中公認探偵、海府君?」
ここで体を反転、カメラに向かって微笑む。
「さて、ここまでご観覧の皆さんは感じていたことでしょう? この怪事件に付きまとう『違和感』を」
三宅貴士は完璧な動作で人差し指を翳した。
「その違和感とは、①、いくら自主独立を校風とする我がK2中とはいえ、校内でかくも連続して怪我人が出ているのを学校側に秘密に出来るはずないということ」
2本目、中指を立てる。
「②、その怪我人=犠牲者たち、然り。アレだけ出血しては皆、即死だよ」
「あ」
今更ながら思い当たって声を漏らす志儀。
「大量出血の演出は美術部と生物部が担当しました」
副会長・
「なお美術部は犠牲者の傍らに残された紙片の絵柄も全員で描いてくれました。その中から最も良いものを採用しています」
「そうか!」
またまた志儀は叫んだ。
「だから? 最初に紙片を見た時、興梠さんは真っ先に指摘したのか?」
―― 全部タッチがちがうね?
つまり、あそこで犯人、または背後に関わっている者が複数いることに僕は気づくべきだった……
「違和感③は
「じゃ……?」
「学校側同様、毛利院長も今回の映画製作について了承済みだ。のみならず毛利院長は積極的に協力してくださった」
「父もかつてK2中学校在学中は文化祭の出し物に青春の血を滾らせた一人だからね!」
車椅子を降りて進み出た
「今回のこれは、言うなれば毛利家のDNAのなせる技だよ」
「ご苦労だった、天優!」
「どういたしまして、生徒会長!」
歩み寄りがっしりと握手を交わす三宅と毛利。
「今回の『怪事件』は僕が発案者で文芸部部長のこの天優がシナリオを書いてくれたんだ。いや、全く素晴らしい出来だったよ!」
すかさず毛利が補足した。
「勿論、ストーリーは関係者全員で練ったさ。我がK2中の星、探偵小説家横溝正史先生に恥じないストーリーをと皆で案を出し合った」
頭を掻きながら、
「まあ一番苦労したのは八部衆に対応する生徒の選出だったな。文化祭を担う文化部から名前に関連性がある生徒を出してもらった。部長が巧く重なったところはいいんだが――」
放送部が平部員だったのは、名前が合う生徒が他にいなかった、単にそういう理由である。
「とはいえ、最終的には君の演技、というか新鮮な反応にかかっていたがね、海府君」
「み、みんなグルだったんだな? 僕だけが真相を知らなかった! 僕一人騙されていたわけか?」
「日頃、中学生活を疎かにしている罰さ」
間髪入れず廻り中から非難の声が上がった。
「そうそう! 探偵事務所にばかり入り浸って、さ」
こう言ったのは生き返ったばかりの助手・内輪若葉である。続けて毛利がニヤニヤしながら、
「だから、君の反応を主軸に映画撮影を進行することに生徒会満場一致で決まったのだ。さぞやリアルで面白い映像が録れるだろうと」
三宅貴士も頷いた。
「大体、真剣に学校活動に
「え? そうなんですか? 毛利さん副会長やってるんだ……」
これは聞き捨てならない。志儀は呻いた。
「と言う事は……毛利さんも
生徒会副会長と修学旅行実行委員長と所属部文芸部部長。
〈三宅貴士は三つの顔(役職)を持っている、ゆえに阿修羅である〉という先刻の志儀の推理の礎は虚しくもここで崩れ去った。
「あ、そうか!」
漸く志儀は気づいた。
興梠さんが指差して教えてくれたのは三宅さんの
確かに、一覧表の三宅貴士の項目に志儀は自ら書き記している。
《 映画研究部部長 》
「だいたい毛利が、僕同様副会長だという当然の事実を君が知っていたなら――」
眼鏡を押し上げながら錦織が重ねて指摘した。
「僕が話した〝過去話〟がガセネタだってこともその時点で即、気づいたはずなんだ」
「ちょ、待って、じゃあ……毛利さんと三宅さんが仲違いしてるってのも嘘? てことは、まさか、女学生に纏わる確執も……」
「全てフィクションだよ! そもそも
「でも、写真には写ってたじゃないか!」
「ありゃ僕だよ」
進み出た
「騙されてくれてありがとう、海府君!」
三宅が笑いを噛み殺しつつ、
「言ったろう? 黒石君は演劇部だと。化粧して変装するのはお手の物さ」
「ひ、ひどい! 僕は本気で鏡子さん――黒石さんのお姉さんの死を悲しんだのに!」
「それは悪かった。でも、こっちにも言い分はある。一太刀なりとも君にささやかな復讐の刃を飲ませたかったのさ!」
「黒石語を翻訳します。黒石さんは少々、君、海府君に恨みがあったそうです」
澄まして若葉が言った。
「え? 僕が何をしたよ?」
「美少年投票で1位を独占し続けてるから」
「?」
「やれやれ、そのことも気づいていないとは! 本当に君は探偵失格だよ」
「生徒会企画のこの映画は、本校生徒のリクエストに基づいて製作されている。美少年投票上位入賞者と、生徒会選挙(美青年投票)上位入賞者全員出演は必須条件なんだ」
「?」
まだピンと来ない志儀に若葉が耳打ちした。
「美少年投票3位が黒石さん、2位が僕で、1位は海府君だよ」
「……そうなんだ?」
「これだもんな!」
一同ドッと笑った。カメラも揺れた。
だが、ここで志儀は瞠目する。
「待って、でも、毛利さんは出演できてないじゃないか! ずっと包帯姿で素顔を曝していないもの」
「心配ナイアル」
「!」
やおら包帯を取った毛利天優。すかさず錦織がシナ帽子を差し出す――
「あーーーー!」
それこそ南京町で会ったあのシナの占い師ではないか!
ヘナヘナと尻餅を突いて志儀は床に座り込んだ。
「もはや訊くまでもないけど……興梠さん、貴方も一枚噛んでいたんだね?」
「仕方あるまい」
先刻から隅に引っ込んで経過を眺めていた探偵、渋い笑顔で首肯した。
「K2中の栄えある伝統行事を、部外者のこの僕が壊すわけには行かない。生徒会長直々の懇切丁寧な手紙を読んで――協力させてもらったよ」
興梠探偵社の助手は少々恨みがましく呟いた。
「この数日間、僕、本気で悩んだのに……」
「だが、まあ、僕だって幾つかこっそりヒントを与えたろう? あれが今回、僕が君にしてやれる精一杯だったのさ」
生徒会長以下、一斉に最敬礼した。
「改めて、ご協力感謝します、興梠探偵社の
「おい、カメラを下げてくれ、僕は撮らないでくれたまえ――」
「カアーーーット!」
★ノックスの十戒
ロナルド・ノックスが1928年に
“The Best of Detective Stories of the Year 1928”
以来推理小説を書く際のルールとして浸透しています。
但し当人はユーモアとして書いたとか。事実ノックス自身もこの十戒を破る作品を書いています。
蛇足ながら、十戒には「中国人を出してはならない」と書いてある……
※http://matome.naver.jp/odai/2136064745071582901
★この物語は次で完結です。 どうぞ後一回お付き合い下さい。