第7話 妻は名探偵

文字数 1,679文字

 女性の私でも思います。女って怖いなあって。

「ちょっと、聞きたいんですけど」
 相談センターに電話をかけてきた日本人女性の声は、何故かトゲがありました。
「夫がフィリピン人です。この間、フィリピン大使館から子どものパスポートが届きました」
 受話器の向こうで赤ちゃんの泣き声がしました。
「お子さんのパスポートが、フィリピン大使館から届いたんですね?」
 話の内容を確認するように、私は女性に答えました。
 フィリピン人と日本人との間に生まれたお子さんなら、両方のパスポートを取得することができるのに、なぜ、女性はヒステリックな声を出しているのだろう?
 ああ。フィリピン人のご主人が、奥様の相談なしにフィリピン大使館でお子さんのパスポートを申請したから怒っているのかな……?

 私は、半年ほど前に日本人男性から受けた相談を思い出しました。
「先日、妻とケンカをした。翌日、妻が子どもを連れて家を出た。妻の友人のフィリピン人女性から、妻は子どもと一緒にフィリピンへ帰ったと聞いた。妻は子どものパスポートを、自分に内緒でフィリピンの大使館で作っていたらしい。パスポートを出したフィリピン大使館に文句を言いたい。でも、英語が話せなくて困っている。助けてほしい」
 男性は、怒りと戸惑いの感情を交互に顔に出しながら、私に話していたのが、とても、印象的でした。

 この女性、フィリピン人のご主人が、ある日突然、お子さんを連れてフィリピンへ帰ることを恐れているのかもしれない。
 私は、そんなことを考えながら、女性の次の言葉を待ちました。
「あの。フィリピンの大使館から、ウチの子どものじゃないパスポートが、届いたんです!」
「えっ! お客様のお子さんのパスポートじゃないんですか!」
 私は、やっと、女性の声にトゲがある理由を理解しました。
「夫が、私の知らない子どもを認知してるんです……。調べてもらっていいですか?」
 あ、あの。こちらは、相談センターです。
 と、言おうとしたのですが、女性の低い声が私の喉元に当たったように鋭く感じてしまい、私は言葉に詰まってしまいました。
「今から、子どもの名前言うんで、そっちで調べて、私に報告して!」
 女性は命令口調で私に言いました。
「あ~っ!ちょっと待ってくださいっ!」
 私は、女性よりも大きな声を出して、女性の話を止めました。
「あの……。申し訳ございませんが、こちらでは、興信所ではないので、ご主人の調査は、できないんですよ」
「はあ?」
 女性の大きな声は、鋭く受話器を突き抜けました。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「ご主人様に直接、ご確認ください」
 私はできる限り落ち着いた声で答えました。
「私、あの人の言うこと、信用してないし。じゃあ、夫と話してよ。それなら、できるでしょ?」
「ご主人と、ですか?」
 私は女性が食い下がってきたことに、内心驚いていました。
「夫に、私の知らない子どもがいるか、いるなら、子どもを認知してるかを聞いてよ」
「こちらからご主人に質問するより、お友達やご主人の家族の方から、ご主人に聞いていただくほうが……」
「んまあ、それでも、いいけど」
 女性は軽く息を吐きました。
「子どもなんて知らないって、絶対、嘘つくって、アイツ」
 女性は吐き捨てるように「アイツ」と言いました。
「嘘ついても意味ないけどね。私の知らない子どもの名前のパスポートが、アイツの名前で届いたっていう、動かぬ証拠があるんだから」
 ゆっくりとした口調ではありましたが、女性の声を聞いているうちに、言い逃れができない気持ちになってしまいました。
「ままま、まずは、ご主人様とお話をしてください! お二人で話ができないのなら、お友達や弁護士など、第三者を入れてご主人様とお話をしてくださいっ!」
 夫婦ゲンカに巻き込まれるのは、御免被りたい。
 私は、女性が話し始める前に、急いで受話器を置きました。

 受話器の向こうの女性は、ドラマに出てくる探偵や刑事のように、私を海の見える崖へと追い詰めました。問い詰められるのはご主人のはずなのに、私が問い詰められているような気がしました。
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