第3話 オセロ(3)

文字数 1,298文字

拝啓
 優人が捕まって二カ月がたち爽やかな秋風が感じられるようになりました。拘置所の位はいかがでしょうか。僕がこの手紙を送るのに二カ月もかかってしまったのはどう気持ちをまとめればよいかわからなかったからです。
 ところで、まずは君がいなくなってからのことについて話そうと思います。卓球部では部長は僕が副部長は夏帆が君たちの代役となりました。優人のお母さんの介護はひと段落したそうで今はお父さんと二人で暮らしているそうです。そして麗華のご遺族にはまだ手紙を送っていないそうですね。弁護士さんがおっしゃっておりましたがご遺族に手紙を送って本人からの謝罪をしないと裁判で不利になるようなのでできるだけ早く送った方がいいと思います。
 さて、そろそろ本題について話そうと思います。僕は君を許すことができない。そういう感情が普通なのだと思います。でも僕は君を許してしまうのです。それは君の優しさや勇敢さ、カリスマ性を僕は知っているから。それに僕は惹かれていたからだと思います。君は何においても僕の前を走っていてどれだけ頑張っても抜くことはできない。それに僕はかっこよさを感じていました。そういうところが僕は好きでした。それはそれよりも前の人がいたからって変わらないよ。でも君は何としても一番になりたかったんだよね。そういう劣等感が君の精神状態を壊してしまったんだと僕は思っています。
 何といってもまずは謝罪。そして罪を償って社会に復帰したら、僕は君を全力でサポートしたいです。そして最後にこんなこと言ったら気持ち悪がられるだけかもしれないけど言いたいです。優人君、君のことが好きです。
敬具
  令和六年九月三日
小田智晴
 智晴はこれを書き終えると三つに折り畳み封筒に入れた。そしてその封筒に先日もらった弁護士の名刺を照らし合わせながら住所と郵便番号を書いた。裁判での情状酌量を目指しているその弁護士は一番仲の良かった智晴を味方につけようと接触していたのだ。智晴はできるだけ優人に優位になる情報を提供した。しかしその弁護士のリアクションはあまり良くなかった。
「これらは裁判で証言できるほどのものじゃないけど僕が神宮寺君を理解するうえで役に立ったよ、ありがとう。君も友達がこんなことになってしまって悲しいだろうけど勇ましく生きるんだよ」
 弁護士は手帳から智晴に視線を移し名刺を渡しながら真剣なまなざしで言った。彼の若々しい二十代らしい言葉は智晴の心を動かした。
「あの、弁護士さん、僕は優人に会えますか?」
「いやあ、それは難しいなあ。まだ接見禁止中だしね」
「じゃあ手紙、手紙は?」
「手紙なら出せないこともないが直接君が渡すんじゃなくていったん僕に預けてもらえるかな。そうしたら僕が接見したときに渡せると思うよ」
 智晴はその弁護士から拘置所に手紙を書くルールを教わった。事件の細かいことを書いたり、比喩が多すぎると受理されないことがあるらしい。それは智晴にとって辛かった。好きだという気持ちを伝えるのに比喩なく書き綴るのは並みの勇気ではできない。それからというもの智晴は毎日のように便箋を書いては捨て、というのを繰り返した。
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