第1話 ピーターパン(1)

文字数 2,639文字

 教室の自分の机に鞄を置き、その鞄から今日の授業で使うプリントやノートを取り出す。学校が新しくなるだけでこんな当たり前のようにやっていることも新鮮に感じるのだなと神宮寺優人は鞄の中を確認した。そこにはしっかり体操服と青い布状の直方体があった。
 よし、と優人が心の中で小さなガッツポーズをしていると、
「よう!」
と後ろから声が聞こえた。振り向くと小田智晴が鞄を背負ったまま丸い眼鏡を鼻の上の方に持ち上げていた。智晴は優人の小学校からの同級生で高校生となった今では数少ない旧友の一人だ。
「今日から部活だったよね?」
「うん、確か第二体育館に三時四五分集合だったよね。ってか第二体育館ってどこ?」
「そうなんだよね、それずっと疑問だったんだよね」
 二人の会話が少し止まり沈黙が広がった。すると、教室の少し離れたところで女子グループと話していた三嶋夏帆がやってきた。
「一つ上の三階にある渡り廊下を通って右に歩いたらすぐよ」
「お、さすが小学校生徒会長!」
 智晴はしばしば夏帆をこのように煽る。
「もう、とも君ったら!」
 夏帆はいつもこのように頬を膨らましながら言う。彼女の頬を膨らませた顔は男子からの評判は良かったが女子からは「ぶりっ子だ」と後ろ指をさされることもありそれが原因で中学生の頃、何人かの女子に少しいじめられていた時期もあった。しかし、小学校からの幼馴染である優人と智晴には今でも時たまその顔を見せることがあった。
 三時限目、英語の授業で前回の単語の小テストを返した。優人はいつもの様に満点で今までの満点の小テスト、五枚を貼っているノートにそれを加えた。
「今までのね、小テスト、えー六回。すべてね、満点の人が学年で二人、います。そのうち一人はね、この二組。みんなもね、そういう人たちとおんなじ受験を通ってきているわけですからね、頑張っていきましょう」
担当教員の髭を蓄えた大柄な五〇代過ぎの男が不潔な髭を触りながら言った。優人はそのもう一人の生徒が誰なのか気になっていたが調べようもないのでそのことは授業が終わる頃には心から消えていた。それは優人の父、忠博の「自分ができるベストを尽くせ。人と比べたりしなくても一番をとれるようにしなさい。それで一位になれないのであればお前はそこにいる価値はない」という優人が高校に入学する前日の言葉があったからでもある。
終礼が終わり優人は智晴と共に第二体育館へ向かった。ドアの前まで二人は今日の授業の話やクラスメイトのことなどできるだけ部活のことに触れないようにしていた。そんなたわいもない話をしていると第二体育館の前までついた。
「やっぱり緊張するな~。先輩とか顧問、怖いかな。ピンポン玉、顔にぶつけてきたり」
 智晴が初めて部活のことを話し出した。やはり智晴も緊張していたのだなと分かり優人も安堵した。優人がドアを開けるとそこにはもう卓球部の活動が始まっていた。優人が一面を見まわしていると端のほうで夏帆とあと何名かの高一が座って待っていた。優人は智晴と共に皆が座っているところあたりで座り先輩たちが卓球の練習をしているのを見ていた。その後、十数分間の間に優人と智晴の様に入室してくる新入部員が何名かいた後顧問と思われる四〇代くらいのメタボの男が入室してきた。すると卓球をしていた先輩の一人がその男のそばへ行き何かを話しながら新入部員のほうを指さしていた。先輩が話し終わると男はその先輩に手のひらを見せ新入部員が座っているところまできて人数を確認し始めた。確認し終わると意味もなくボールペンの芯を出し入れしながら自己紹介をした。どうやら男はやはり卓球部顧問で蒼井というらしい。その後、蒼井は新入部員に対し部活でのルールや練習の流れを説明した。
「そして最後に、今日は部長一人と副部長一人、書記二人を決めてもらいたいのですが、やりたい人」
蒼井はそういうと軽く手を上げた。それに続き優人と夏帆、智晴に加えもう一人の女子が手を挙げた。新入部員は十数名いたが四人しか手を上げなかったのは初めての部活でみな緊張していたからだろうと優人は周りをちらちらと見ながら思っていた。
「おー。今年はちょうど四名ですか。ちょうどいい。では今からこの四人でトーナメントをやってもらいます。最初に負けた二人が書記、そして準優勝が副部長、そして優勝者が部長という感じでやっていきましょうか。では君と君で試合。そんで君と君が試合ね」
蒼井が指名した組み合わせは優人と夏帆、智晴と女子だった。試合は新入部員と部員が円を作る中の台で行われ審判は先輩がやってくれた。先輩が軽くルールを二人に教えた後二つの台で同時に試合が始まった。結果、優人と夏帆は慣れないラケットをいたずらに振り回しながら僅差で優人が勝利した。優人は自分の試合に精一杯で智晴と女子の戦いを全く見ることができなかったが試合後、智晴が負けたことが分かった。
優人と女子の試合は、優人と夏帆の試合が終わって間もなく始まった。結果は惨敗。しかしその女子はにこにこ笑いながら卓球を今までほとんどしたことがないと蒼井に聞かれ答えていた。
「ということでこの学年の書記は小田君と三嶋さん、副部長は神宮寺君、そして部長は倉木さんにお願いします。皆さんよろしくお願いします。では解散」
 優人と倉木がみんなの作っている円から出てきたところで蒼井がその円に入りそう言った。優人はものすごい苛立ちと劣等感に襲われた。優人は今日までに卓球の本を読み、頭の中でシミュレーションを繰り返してきた。ベストを尽くして負けた、そのことが優人には受け入れがたいものだったのだ。優人はその苛立ちをどこに向ければいいのかわからなかった。このとき優人の中で忠博のあの言葉が消えた。「倉木に優る、倉木に優る、倉木に優る」優人は心の中で繰り返していた。
 倉木が卓球以外の面においても優人より優っていることに彼が気づくのにそう時間はかからなかった。二週間後、倉木と同じクラスの部員に「英語の小テスト、今まで満点の奴が倉木ともう一人いるらしいんだけど知ってる?」と話しかけられたからだ。優人は知らないと答えた。その時点で実は優人はすべて満点ではなくなってしまっていたからだ。優人はやるせない気持ちでいっぱいになった。「どうしたら勝てる、どうしたら勝てる、どうしたら勝てる」そう呟いていると優人はまた違った考え方を持つようになった。
「倉木がいなくなれば、倉木が死ねば、俺は一位になる」
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