第1話 リマ(1)

文字数 1,676文字

 ゴールデンウィーク最終日、優人はあの時計台へ向かっていた。無論、倉木と待ち合わせしているからだ。優人が時計台についた頃まだ倉木の姿は見えなかった。優人は約束していた時間の一五分も前に来ていたので当然と言えば当然であった。
 数分後に彼女は姿を見せた。漆黒の艶やかな髪はきれいに整えられ前回よりも露出の多い肩と谷間をだした水色のワンピースを身に着けていた。若干化粧もしていたかもしれない。優人は彼女を見ると不意に体が火照り胸の鼓動は外から聞こえてきているかのように感じた。優人は確信した。
「ごめんね、神宮寺君。待った?」
「いや全然待ってないよ。カラオケ予約してる時間より少し早く集まっちゃったね」
「まあ、ゆっくりいこっか」
 優人はこの時カフェでも誘い伝えるべくことを伝えようかと思ったがうまく言葉にできなかった。二人がゆっくりとカラオケボックスのほうへ向かって歩いていると道端の店から『ベテルギウス』が流れてきた。
「私この曲、恋人の曲だと思うんだよね。二人で寄り添いあって生きていこうみたいな」
「言われてみれば俺もそんな風に感じてきたな」
「でしょー。神宮寺君、今、恋人と照らし合わせてる?」
「彼女はいないよ」
「えっ、そうなの!結構私の周り神宮寺君のことカッコいいって言ってる人多いよ」
「ありがとう」
 優人は会話中、全然集中できていなかった。どんな風に切り出せばうまく自分の気持ちを伝えられるかわからなかったからだ。だが、どんなに考えても上手いシナリオは思いつかない。そうこうしているうちに二人は目的地に着いた。
 前回の様に通された部屋は昨日とは違い三人掛けぐらいのソファが一つ置かれているだけの小さな部屋だった。二人は横並びに座り荷物を置いた。しばらく沈黙の時間があった。優人は歌い始める前の今しかチャンスはないと思っていたがなかなか切り出せずにいた。
「ちょっと歌う前にさ、話したいことがあるんだよね」
「もちろん」
「俺、卓球の部長決める大会で倉木に負けてほんと悔しくて…悔しかったんだけど、君を見ているたびにどこかひかれているような感じがしていて、でもこの気持ちが何なのかわからなかった、わかろうとしなかった。けど昨日と今日ではっきりしました。俺は君のことが好きです。僕と付き合ってください」
 優人は立ち上がって右手を前に出し目をつぶりながら言い切った。拙いまとまりのない言葉だったが優人は勇気を振り絞り、思いの丈をできる限り伝えることができた。
「うれしい、実は私もずっと神宮寺君のこと好きで。私でよければよろしくお願いします。私、昨日、結構アピールしてたんだよ」
 倉木は優人が出した右手をそっと両手で包み込んだ。優人はこんなにすんなりいくものかと驚いたが段々実感が湧いてきてうれしくてたまらなかった。それと同時に彼女を殺そうとしていた自分を憎んだ。
「せっかく付き合ったんだし、下の名前で呼び合わない?優人君」
「そうだね、麗華」
「歌う?なんか二人で」
「今日はいったん解散して、今度ちゃんと計画立ててデートしない?」
「わかった。優人君がいいならいいよ。でも一曲だけ歌わない?」
 麗華はモニターの下に置いてあったタッチパネルを手に取った。彼女が何度か画面をタップするとモニターには昨日優人が最初に歌ったものとまったく同じ画面が映し出されていた。
「今、次のデートの事、決めようよ」
歌い終わると麗華は優人の顔を覗き込むようにしていった。
「どっか行きたいとこあるの?」
「私、彼氏と遊園地いったことないんだ」
「じゃあ、行く?」
「この辺に遊園地なくない?」
「大丈夫、朝一の新幹線乗って大阪まで行って日が変わる前に帰れば」
「わかった、なんかドキドキするね。いつ行く?」
「再来週の土曜とかは?確かこの日創立記念日で学校休みだし」
「いいね、楽しみ~」
 優人は彼女の「初めて」を共にすることができてうれしかった。しかし優人は彼女の初めての恋人ではない、すなわち昔彼女は誰かのものだったことが腑に落ちないでいた。が、そんなことを言っても仕方ないなと優人は自分に言い聞かせていた。

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