第26話 岡屋 その男快足につき!!②

文字数 1,443文字

 そのあと、錠はピッチの外で他の選手たちの練習を見学した。この日の仕上げは、例によってゲーム形式での戦術確認だ。
 レギュラー組の司令塔は枡田、サブ組は中羽が務めた。サブ組のフォワードは友近と岡屋のツートップだ。友近が左、右には岡屋が入った。
 枡田は左サイドとの連携でボールを高い位置まで運び、ゴール前では相変わらずドリブルで強行に仕掛ける。一方、中羽は相手サイドの真ん中に陣取り、フォワードを操った。チャレンジカップ同様、友近との連携は抜群で、友近は無駄な動きが少なくてすむぶん、枡田以上にキレのあるドリブルで再三ゴールに迫った。
 岡屋もチャンスを狙ってはいたが、中羽が友近ばかりを使うことから、なかなかボールはまわってこない。
「ちくしょう」
 岡屋はしびれを切らし、自ら下がってディフェンダーからボールを受けた。そしてドリブルを始めるも、対面にいた左サイドバックの服馬にあっさり奪われた。
「ああ、あいつバカじゃん。身のほど知らずめ」
 錠はあざけり笑った。岡屋がやけになって叫ぶ。
「ヒロ、俺にもよこせよ!」
 中羽は聞いているのかいないのか、反応を示さない。が、次にボールを持ったそのときだった。センターライン付近でパスを受けると、すぐに右サイド前方のスペースに大きく蹴り出した。
「へん、誰もいねえよ。相変わらず」
 錠がそう思った矢先のことだ。岡屋が猛然と目の前を走り抜けていった。裏を取られた服馬が慌てて追走するも、追いつくはずもない。
「いくら野獣でもあのボールは無理だろ」
 だが、岡屋はコーナーフラッグ手前でボールを捕まえた。そして、体をひねってマイナス気味にセンタリングを上げた。
 が、ゴール前の友近には渡らず、長身のセンターバック小原にヘディングではじき返された。
 宙を仰ぐ岡屋。
 そのあと、岡屋はしばしその場から動かなかった。自分の駆けた右サイド、ボールを受けたあたりを見回し、そして中羽のほうを見つめた。
「野獣め、なに突っ立ってんだ?」
 その後、またも引き気味の中羽が、前めの位置にいた相手センターバックの裏にスルーパス。強めのパスにも反応した岡屋は、ディフェンダーの背後に抜け出してフリーでそれを受ける。キーパーと一対一、岡屋は右足を振り抜いた。だが、今度はキーパーにはじき出された。
 ここで笛が鳴り、ゲームはそこまでとなった。
 この日の練習メニューはすべて終了。ピッチから引きあげる岡屋は、いつになく思いつめた顔をしていた。錠は半笑いで寄っていき、言葉をかけた。
「おい、そんなにショックか」
 岡屋は前を見たまま、独り言のように口を開いた。
「あいつ、やっぱすげーよ」
「あん?」
「いつも、もっとはやくってうるせーから、今度は早めに動いてやろうと思ってよ、あいつが前向くより先に走り出したんだ。あいつが遅かったら遅いって言ってやろうって思ってた」
 岡屋はいつものふてぶてしさともひょうひょうとも違う、ストレートな口調で話した。
「そしたらヒロ、俺が走り出したと同時に出しやがった。それも俺のほう見てなかったのによ。どんぴしゃだぜ。俺の全力でちょうど追いつくとこへよ。もっとはやく、ってそういう意味だったんだな」
「ん?」
「だから動き出しのことだよ。動き出しの早さ」
 そう言って岡屋は空を見上げた。
「わはっ、あいつそれ言えっての。不器用者かっての」
 そのときの岡屋の表情が、錠は気に入らなかった。
「でも点になんねえじゃねえかよ。意味ねえよ」
 いつしか真顔になっていたのは錠のほうだった。
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