7。

文字数 2,066文字

「今日は早帰りだ。うん、そか。じゃあ、夕食の材料は俺が買って帰るよ。うん、分かった。後でな」
 部屋にいた者は思った。何て優しく対応するんだろうと。そして皆が相手は妹だと確信する。
 (タケル)の家族関係については、当初、上司が知っているだけであった。なにしろ本人が知ったのが最近であったため仕方がない。これが、“ちょっと気になる話し”として知られることとなったのは、引っ越しである。
 裕太の住所と同じ場所へ越したのはなぜ?と噂になり、二美子が襲われる例の事件が勃発する。裕太が情緒を乱し、俺が裕太を殴った件でほぼ所内での告知は完了したようなものだった。裕太と兄弟で彼もまた、妹が大切らしいと。
 まあ……隠すことでもないし、知ったところで何がどうと変わるわけでもないため、尊は一向に気になどしていない。
 電話を切ると、済ませた書類を課長のボックスへ移動させる。キーボードを数ヵ所叩いて、マウスを動かして完了だ。
「よし…」
 少し前は、紙媒体へ印を押して回していたが、今ではパソコンで行う。ペーパーレスや作業効率を狙いとしてあげるが…さて、当初の思惑通りにいっているのか怪しいものだ。
 なんてことをごちゃごちゃと考えたところでだよな……。
 必要な事務作業も終わり、シャットダウンをする。
(タケル)
 呼ばれて振り向くとそこには同期の稜人(タカト)がいた。
「お、どうした?」
「ちょっと野暮用…」
「そ」
「おーい、もっと興味示せって」
「はいはい。俺は帰るんです」
「え、早帰りか?いいなー」
 彼も捜査2課の刑事で、班こそ違うが、切磋琢磨する仲間だ。警察学校を卒業してから話すようになった奴で、特別仲いいわけではないが、信用はできる奴だ。余計なことはしないが、困っているときにはそっと手を差しのべられる男、そう認識している。
「いいだろ?」
 ノートパソコンをシャットアウトすると、横に座った彼に体を向ける。
「……知ってるぞ、今日だって無理にシフトを移動させたな」
「無理じゃない。仕事に支障はきたさない」
「そういうこと言ってるんじゃない。分かってるだろ?」
「……」
 稜人はため息をつくと、右手の中指と人差し指に挟んだ紙切れを見せた。
「なに?」
「俺が摘発したスリの一味が、妙な情報を持ってた」
「情報…?」
「1ヶ月程前のY地区辺り。自動車事故があったらしいんだが」

 Y地区…?

 俺の眉がピクリと反応する。
 偶然か?そこは二美子が見つかった地区だ。
 稜人は続けた。
「彼らが仕事を終えて通りかかったとき、事故直後だったようだ。中に人影があったようだったと言ってる。ごそごそしてたから生きるだろうって思ったそうだ。まあ、奴らも通報できる立場じゃないからな。だから、これは通報があったものじゃない。交通課の記録にもない」
「じゃあ…虚偽かもしれないな」
「そうとも言えない。あいつらは、一度通りすぎたが、金目のものがあるかもと数時間後に戻ってる。その時、車はなかった。だが、携帯と包装した箱があってね。それを持って帰ってる」
「稜人、事件整理なら今度にしてくれ、俺は今から帰らないと……」
「その包装紙からお前の妹の指紋がでた」
 俺の動きが止まる。
二美子(ニミコ)っていうのか?この間、襲われたってときに指紋採取もしただろ?だから、残ってたんだよ、被害者資料として」
「何でそんなこと調べたんだ?」
「まあ、このこと自体は成り行きだ。奴らの証言の裏付けとってたらたまたま引っ掛かったって感じではあるが……」
 俺は稜人の手から紙片を奪う。
「そうか…それなら信用できる。数字…?事件ファイルか…」
 稜人は、ちょっと呆気にとられたが、苦笑すると椅子から立ち上がる。
「見たかろうと思ってな。担当、外されてんだろ?」
「知ってて来たのか……」
「知ってたから来たんだろ?気になるだろうからな、俺だって家族に手出されたら許さないさ。みんな他人事じゃないんだ」
「……ああ」
「……お前の苦労は、知ってる…。でもいいか、なんか分かってもひとりでは動くなよ」
「……わかってる…。サンキュ…」
「逮捕できてからだろ?そういうのは…。分かってるよな、絶対にひとりでは……」
「?」
 ポンッと肩を軽く叩く。
「……裕太とは動くな」
「……だな」
 俺の返事を聞くと、稜人は部屋を出ていった。一段落ついたとこで声をかけてくれたのだろう。

 ……事故か。

 俺は閉じたノーパソを開きながら、スマホのリダイヤルのボタンをおす。
「あ…ごめんよ。ちょっと別件が入ってさ。うん、遅くなりそうなんだ。裕太には俺から……ああ、そう?じゃあ、頼んだ」
 電話を切ると、少し考えて、再び別の番号へかける。
 コール音の間にパスワードをうって、起動させる。
 裕太には二美子が電話すると言っていたので、そこは任せよう。みこからの言葉の方が裕太にはすんなり通るはずだ。尚惟は今日はバイトが入ってるといっていたし、輝礼はこの間のことを気にしているのか、足が遠退いている。確か、今日あたりに光麗が声をかけてみると言っていた。となると……
「……あ、壽生(ジュキ)?今いいか?ちょっと頼みたいんだ……」
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