28。
文字数 2,448文字
「疲れたら言ってね、二美子さん」
「……壽生 くん、それ8回目」
「……失礼」
今日は、二美子さんの退院の日。病室から出て、今は待ち合いで会計を済ませているとこだ。裕太さんと尊さんは、午前中の会が終わったら午後に帰ってくるそうだ。
そりゃそうだろ。あのシスコンが帰ってこないわけがない。まだ逃走したヤツの足取りが掴めない様子だが、関係者が絡んだ捜査には参加できないって…よくドラマで言ってるもんな。だから、たぶん、いいんだろう。
なんて、勝手な判断。
「輝礼 くん、忙しそうだね」
「そうなんだ。バイト先の先輩にご不幸があったらしくてさ、ピンチヒッター」
「壽生くんも新入生歓迎イベントの準備があったんでしょ?」
「え、誰から聞いたの?」
「尚惟 」
まったく…なんでも話すんだから…
壽生、苦笑する。
「大丈夫だよ。俺がすることほとんど終わってるし。他に人員はいるんだ。気にしないでよ」
「気にするよ。でも、ありがとう。ちょっと心強い」
「ちょっと?」
「いえ、とても、です」
「だと嬉しい」
俺は、二美子さんの前では飾らず素直に話せる。そんな関係性がとても気に入っている。彼女もそうだといいなと思っている。
「光麗 さんがもうすぐ着くから」
「うん」
看護士、佐脇 は、取り調べにしっかりと応じているようだ。大学まで輝礼をストーキングしたのは、やはり、二美子さんの動向を調べるためだった。どうやら輝礼が二美子さんの彼氏ではないかと疑っていたようだ。啓さんとの関係性があると思っていたから、二股を思ったようだ。
何だか思い込みがすごい……。
俺には…そこまでの感情の上昇が…ちょっと分からない。どうとでも取れるような内容を、自らがそうであって欲しくないと感じる方向へと考えを固定させていくことの心地悪さ……。俺は、苦手だ…。冗談でも“分かります”なんて事は言えない。
電光掲示板がピコーンとかわいいが、耳に残る音を発する。【25】と表示される。
「あ、私だわ」
二美子さんがぴょこんと立ち上がり、支払い窓口へ向かった。
ほぼ同時に、俺のスマホが鳴る。
画面には【輝礼】と表示されている。
「あれ?輝礼…バイト……」
『壽生っ!お前、覚えてないかっ?!』
「な…どうした、輝礼」
スマホの向こう側から聞こえてくる輝礼の声は、かなり差し迫った雰囲気だ。
『俺、ずっと引っ掛かってた“声”、これじゃないかって思ってさ』
「え?」
『壽生、覚えてないか?! 二美子さん家に行く前にラーメン屋へ2人で寄ったことあったろ?あの時、変なシーンに出くわしたことあったじゃん!』
ラーメン屋……?
それは、1ヶ月ほど前だったか、まだ二美子さんがアルバイトの話を俺に持ってくるより前の話。うっすらとその時の情景が……。
尚惟 からの電話が掛かってきて、バイト終わりだった俺は、輝礼と夕飯食べてから行こうってことになって……。
「……あ」
『思い出したか?』
「やばっ……ってヤツか……」
『そう。別に何かあったわけでもないのに、“やばっ”てはっきり呟いてどっか行った……』
あれは…、確かに耳に残った。
そいつは明らかにひとりでいて、そのままであったら、別段、おかしくは思わないであろう普通の青年。俺たちはラーメン店に向かうべく、2人で雑談をしながら歩いていた。夕方の日の暮れかかるアンニュイな時間帯を、飯食べたあとは二美子さんとケーキでも…なんてことを思ってた。けれど、そいつのその一言が聞こえたことで、それが一瞬で弾かれたような感覚。
何が引っ掛かったのかと言われれば……、声色から感じられる温度であろうか。妙に温度が低かったように感じた。冷たいものを投げられたような感じ。言葉の意味合いからは違和感が残るようなそんな温度差。
『それ。その感じだった気がするんだ』
なるほど…
「もしそうなら気になるのは分かる」
『だろ?』
「尊さんや裕太さんには伝えたの?」
『尊さんに伝えた。その近辺の防犯カメラをチェックするって。そいつに会った日にちを伝えた。で、俺、バイト終わりにそれを確認した後、そっちに行くからさ』
「分かった。こっちは光麗 先輩が来てくれるから心配ないよ」
『え!光麗さん、そっちにいんのか!』
「もうすぐ来る予定だけど…?」
『マジか…。どうりでこっちで姿見ないと思ったよ…。油断も隙もないったら……』
輝礼、お前が言う内容じゃないぞ……
『とにかく!終わったらすぐ行くから!』
輝礼、言うだけ言うと通話を切る。
「……まったく……」
嵐のような電話だ。
でも、輝礼が急いで伝えようとした気持ちは分かった。
ここには俺しかいないと思ったからだろう。実際、尚惟 とは朝方交代をして一度帰した。緊張した状態で長く病院にいた尚惟。心配なまま家に帰したところでと黙っていたが、これ以上は友人として黙ってられなかった。
一度帰って、シャワーでも浴びてから、二美子さんの好きなパスタでも食べようと、説得した。彼もいつもはもっと冷静なのだけれど、今回は随分取り乱していた。
「壽生くん、終わったよ」
支払いを済ませた二美子さんがいつの間にか近くまで来ていた。
「もうすぐ光麗先輩が来ますから、少し待ちましょうか」
出入り口に近いところにあるソファベンチを指すと、彼女は頷いた。
移動しながら、俺の心臓音は大きくなっていた。さっきの電話の内容をよくよく考えてみると……少し気味が悪い。
輝礼の言った通り、もし、あの時、妙な感覚を覚えた
「壽生くん…?」
「ん?え?なに?」
「え…、スマホなってるけど……」
「え?」
二美子さんに言われて、手に持っているスマホのバイブが鳴っていることに気付いた。
急いで画面を見る。
【光麗先輩】
おっと…
「はい、壽生です」
『おう。駐車場に着いた』
「分かりました。出ます」
『正面出て目の前のスペース。白い軽自動車』
「了解です」
スマホの通話を終了したときには落ち着いていた。慌てるな、とにかくこの事実の共有が大事だ。
「……
「……失礼」
今日は、二美子さんの退院の日。病室から出て、今は待ち合いで会計を済ませているとこだ。裕太さんと尊さんは、午前中の会が終わったら午後に帰ってくるそうだ。
そりゃそうだろ。あのシスコンが帰ってこないわけがない。まだ逃走したヤツの足取りが掴めない様子だが、関係者が絡んだ捜査には参加できないって…よくドラマで言ってるもんな。だから、たぶん、いいんだろう。
なんて、勝手な判断。
「
「そうなんだ。バイト先の先輩にご不幸があったらしくてさ、ピンチヒッター」
「壽生くんも新入生歓迎イベントの準備があったんでしょ?」
「え、誰から聞いたの?」
「
まったく…なんでも話すんだから…
壽生、苦笑する。
「大丈夫だよ。俺がすることほとんど終わってるし。他に人員はいるんだ。気にしないでよ」
「気にするよ。でも、ありがとう。ちょっと心強い」
「ちょっと?」
「いえ、とても、です」
「だと嬉しい」
俺は、二美子さんの前では飾らず素直に話せる。そんな関係性がとても気に入っている。彼女もそうだといいなと思っている。
「
「うん」
看護士、
何だか思い込みがすごい……。
俺には…そこまでの感情の上昇が…ちょっと分からない。どうとでも取れるような内容を、自らがそうであって欲しくないと感じる方向へと考えを固定させていくことの心地悪さ……。俺は、苦手だ…。冗談でも“分かります”なんて事は言えない。
電光掲示板がピコーンとかわいいが、耳に残る音を発する。【25】と表示される。
「あ、私だわ」
二美子さんがぴょこんと立ち上がり、支払い窓口へ向かった。
ほぼ同時に、俺のスマホが鳴る。
画面には【輝礼】と表示されている。
「あれ?輝礼…バイト……」
『壽生っ!お前、覚えてないかっ?!』
「な…どうした、輝礼」
スマホの向こう側から聞こえてくる輝礼の声は、かなり差し迫った雰囲気だ。
『俺、ずっと引っ掛かってた“声”、これじゃないかって思ってさ』
「え?」
『壽生、覚えてないか?! 二美子さん家に行く前にラーメン屋へ2人で寄ったことあったろ?あの時、変なシーンに出くわしたことあったじゃん!』
ラーメン屋……?
それは、1ヶ月ほど前だったか、まだ二美子さんがアルバイトの話を俺に持ってくるより前の話。うっすらとその時の情景が……。
「……あ」
『思い出したか?』
「やばっ……ってヤツか……」
『そう。別に何かあったわけでもないのに、“やばっ”てはっきり呟いてどっか行った……』
あれは…、確かに耳に残った。
そいつは明らかにひとりでいて、そのままであったら、別段、おかしくは思わないであろう普通の青年。俺たちはラーメン店に向かうべく、2人で雑談をしながら歩いていた。夕方の日の暮れかかるアンニュイな時間帯を、飯食べたあとは二美子さんとケーキでも…なんてことを思ってた。けれど、そいつのその一言が聞こえたことで、それが一瞬で弾かれたような感覚。
何が引っ掛かったのかと言われれば……、声色から感じられる温度であろうか。妙に温度が低かったように感じた。冷たいものを投げられたような感じ。言葉の意味合いからは違和感が残るようなそんな温度差。
『それ。その感じだった気がするんだ』
なるほど…
「もしそうなら気になるのは分かる」
『だろ?』
「尊さんや裕太さんには伝えたの?」
『尊さんに伝えた。その近辺の防犯カメラをチェックするって。そいつに会った日にちを伝えた。で、俺、バイト終わりにそれを確認した後、そっちに行くからさ』
「分かった。こっちは
『え!光麗さん、そっちにいんのか!』
「もうすぐ来る予定だけど…?」
『マジか…。どうりでこっちで姿見ないと思ったよ…。油断も隙もないったら……』
輝礼、お前が言う内容じゃないぞ……
『とにかく!終わったらすぐ行くから!』
輝礼、言うだけ言うと通話を切る。
「……まったく……」
嵐のような電話だ。
でも、輝礼が急いで伝えようとした気持ちは分かった。
ここには俺しかいないと思ったからだろう。実際、
一度帰って、シャワーでも浴びてから、二美子さんの好きなパスタでも食べようと、説得した。彼もいつもはもっと冷静なのだけれど、今回は随分取り乱していた。
「壽生くん、終わったよ」
支払いを済ませた二美子さんがいつの間にか近くまで来ていた。
「もうすぐ光麗先輩が来ますから、少し待ちましょうか」
出入り口に近いところにあるソファベンチを指すと、彼女は頷いた。
移動しながら、俺の心臓音は大きくなっていた。さっきの電話の内容をよくよく考えてみると……少し気味が悪い。
輝礼の言った通り、もし、あの時、妙な感覚を覚えた
あの男
が、この件に絡んでいるとして…、物理的な距離が、近い。「壽生くん…?」
「ん?え?なに?」
「え…、スマホなってるけど……」
「え?」
二美子さんに言われて、手に持っているスマホのバイブが鳴っていることに気付いた。
急いで画面を見る。
【光麗先輩】
おっと…
「はい、壽生です」
『おう。駐車場に着いた』
「分かりました。出ます」
『正面出て目の前のスペース。白い軽自動車』
「了解です」
スマホの通話を終了したときには落ち着いていた。慌てるな、とにかくこの事実の共有が大事だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)