31。

文字数 3,846文字

 何があったんだ……?
 どうなってるんだ……?

 頭の中は解決できないほどの“苛立ち”で爆発する一歩手前だった。
 裕太(ユウタ)は、光麗(ミツリ)から連絡を受け、警察病院に今、到着したところだった。

 今朝は元気に送り出してくれた二美子に…何があったんだ…?

 あと少しで勤務時間が終わる…、そんなタイミングでの知らせだった。
 自動ドアが開くのも待てず、開き始めたところに身体をねじ込む。ガラス戸をまるでこじ開けるように……。その行動に周囲も受付もギョッとする。
「あのっ!ちょっと前に20代女性が緊急で搬送されたはず…っ」
「先輩っ!」
 受付を乗り越えそうな勢いでいる裕太に、斜め後方から声がかかる。
 視線を向けた先には、仕事の時の表情の光麗(ミツリ)と動揺を隠しきれない輝礼(アキラ)がいた。
 裕太の視界に写ったのは、光麗だった。裕太、躊躇なく詰め寄る。
「何があった…?」
「正確には分かりません。二美ちゃんを見つけたときには、意識がなかったそうです」
「そうじゃなくてっ!何でそんなことになったんだって……!」
 問い詰めようとした光麗の後ろに輝礼が見えた。脳内の細胞が、これでもかと動き回る。

何でこいつがここにいる……?

「輝礼…おまえ、一緒だったのか?」
「……はい」
 体内の血がぶわっと沸騰する。質問の矛先が輝礼へと切り替わった。
「何があった…?」
 異変を察した光麗。2人の間に身体を入れ込む。
「先輩っ!二美ちゃんはプレゼントを買いに行ってたんだそうです!で、会計をしに行った後、姿を見失ってっ……!」
「光麗にきいてねえっ!」
 裕太の一喝に、光麗の動きが止まる。
「……輝礼」
「…はい」
「一緒にいたんだろ?一緒にいなかったのか…?」
「………すみません」
「……目を、離したのか?」
「…すみません……」
「謝れって言ってないだろ…?何があったかって聞いてるんだっ…!」
 俺の手は、輝礼の胸ぐらを掴んでいた。
「先輩っ!落ち着いてください!輝礼は何も悪くないでしょ?!
「分かってるよっ!」
 はっと我に返った光麗が必死に裕太を止める。
 俺だって分かってる。めちゃくちゃだ…。輝礼に詰め寄ったとこで何も分からないだろう。ましてや、“こいつが何かした”だなんて思ってはいない。ただ…、意識のない状態で見付かり、

なんてっ……!そんなこと……!
「せ、先輩、とにかく、状況を整理しましょう。混乱が1番良くない」
 光麗、この段階で、いつもと違う裕太を前に、ここまで限界だと感じていた。これで治まらなかったら、一発殴られる覚悟を決めた。
 その覚悟が伝わったのかどうかは不明だが、裕太の動きが止まる。
 落ち着こうとしているのか、深い呼吸をひとつ、ふたつした後、光麗を見る。
「……尊は?」
「医者から話し聞いてます」
「……部屋あるか…」
「面談室、開けてもらいました」
「……輝礼、ついてこい。あと光麗……」
尚惟(ショウイ)壽生(ジュキ)には連絡しました」
「到着したら部屋につれてこい。あと梨緒先生に連絡してくれ」
「……来てもらいます?」
「可能ならな……。無理なら明日以降で予約とっといてくれ」
「了解です」
 今回、二美子が巻き込まれた件は、俺のやったことから派生して、二美子に降りかかった。このこともそうではないと言いきれない……。それが異常に恐ろしい。今までそんな風に思ったことは…全くないわけではないが、ここまで、切羽詰まるとは考えなかった。
 二美子が入院した時。あのときの事件で光麗から、病院に到着した時にいた警備員に既視感があったと報告が入っていた。その時はぼやっとしたものだったらしいが、あいつの勘が、放っていてはいけないと警鐘をならしてきたらしい。そこで、少し調べてみることにした。その最中、輝礼から逃走者の“声”の話が出た。
 すぐさま尊が防犯カメラをチェックしにかかった。輝礼から聞いたラーメン店近くの場所で、日時を絞り、壽生と輝礼とすれ違っていた該当者を見つけ、輝礼に見せて確認した。
 次に、こいつだという該当者を光麗にも確認させたところ……。ビンゴだった。
 通称『コールドネス』。
 ネット上で犯罪を請け負い実行に移す、どこにも所属していない一匹狼の犯罪者。一度、恐喝未遂で挙げたことがあるが、数人関係していた奴等は検挙できたが、こいつだけは挙げられなかった。存在感はあまりなく、多くを話すわけでも、拒絶するわけでもなく、印象に残ることはひとつもなかったのだが…、光麗は警戒していた。各言う…俺も。異常なまでに周囲への温度が低い相手への警戒心だったのだろうと思う。

 まさか、こんなとこで繋がってくるとは……。

 以前採取した指紋と、今回光麗の車に残っていた指紋を照合した結果、奴と一致。光麗が警戒して連絡を取ってくれたのだが……。
 面談室に入り、扉を閉める。
 6名ほどが入室できる小会議室には、テーブル1つと椅子が4つあった。
 俺たちは向かい合うように座る。しばらくの沈黙……。

 このままじゃ何も進まねえ……

「…さっきは……悪かったな」
「……いえ、俺もそう思ったんで……」
「何を思ったんだ?」
「“目を、離したのか”……」

 まあ…言ったけれども…

 大きなため息。
「……だから、あれは…俺の暴走だ。20歳過ぎた成人女性にいつまでも保護者がいるかよ」
「……いや、いるんだよ。だからこうなった……」
 輝礼、拳をテーブルの上で固く握りしめていた。潰してしまいそうなほど強く握っている。
「どうにもできなかったよ」
「そうかも…しれないけど…」

 ああ……そうだな……

 自分のしていた行動に呆れてしまう。
 俺は、俺の辛さを回りに背負わそうとしていた……。
 裕太、ゆっくりと、それでいてしっかりと言葉を発する。
「いいか。何かあったとしたら、

が悪い。お前も、もちろん二美子も、悪くない」
 落ち着け俺……。
 妹に危害を加える奴は、絶対、許さないんだ。感情に流されてる場合じゃねえ……。
「いいか。光麗に聞いただろ?おまえが聞いた声の男と、光麗が見た既視感のある男。同一人物だった。で、以前検挙し損ねた容疑のかかった男と指紋が一致した」
「……聞きました。だから、危険回避のため保護するって……」
「そう。2人とも見てるからな『コールドネス』を」
「『コールドネス』……?」
「やつの警察での通り名だ。以前、の事案に参加してた者のなかでも数人しか使ってないがな。今まで、のらりくらりと尻尾を掴まさなかったんだが……」
「二美子さんの件で尻尾が見えた……」
「まあな……。接触してくる可能性は低かった。どちらかと言うと、逃げるんだよ。攻撃を仕掛けてくると言うよりは。だから大丈夫だろうとは思ったんだが……」
「二美子さんに接触してきた………?」
「……そんな気がするんだ」
「何で!これまでは仕掛けることなく逃げてたんでしょ?!
「……これは推測だ。二美子の一件があって、サイバー班が素早く動けるようになり、多くの闇サイトが閉鎖された。それは知ってるだろ?」
「ああ…。連日報道されてますから……」
「そう…。『コールドネス』の活動拠点は闇サイトだ。そこがドンドン閉鎖に追い込まれている。奴がよく使用していたいくつかを筆頭に、派生していたものは全部潰した。再び出てきてもすぐ潰す。今は力入れてるから勢いがある。今度、その為だけの部署が出きるって話だ」
「え…追い込まれたって…こと?」
「ネット上で行くとこが限られてきたって結果な……想像だがな」
「いやいや…」
 輝礼が頭をふる。
「ネット上って…宇宙みたいな場所ですよ?逃げようと思えば、どうとだってなるじゃないですか。今までそうやって逃げてきたのに、根拠として弱くないですか?」
「そうか?俺は、人ってのはどんなに文明が発展しても、本質変わんないと思ってんだよな…。だから、何らかの想定外によって、余裕がなくなったんじゃねえかと思ってる」
 想定してないことを自分がやらなくてはいけなくなったとき、出てきた感情を抑制する力があるのかどうか…。この点については未知数だ。
 …『コールドネス』は闇サイトというツールを使って、犯罪をいくつも犯している。詐欺や恐喝、ストーカー行為、盗撮、盗聴……。その行為は様々で一貫性がない。だから、いくつかは彼がしたものではない可能性もある。どこかに存在するであろう“共通性”てのが見られないからだ。ネットって……現実の世界と繋がっている仮想空間のような…そんな感覚に陥りやすいのだろうか。ネットでゲームをしいるような感じなのか…。
どちらにせよ、そんなあいまいなことで逮捕はできない。物証がいる。裏取りがいる。歯がゆいが、ここを雑に扱えば、結果として「だと思う」「そのようだ」というあいまいな結論に頼った“仮想”になってしまう。
「丁寧に回りを固めていっていることに気づいたとしたら…『コールドネス』はなかなか鼻が利くって話だよ…」
「鼻が利くって……、気付いたってことっすか? 」
「さあな……」
「そいつも……こちらを探ってるとか……?」
「だから…憶測を出ないがな」
 じゃなきゃいいと思いながら……先入観はダメだと思いながら……、俺はその考えに固執しそうになっている。
「……裕太さん」
「……輝礼、俺は、二美に接触してきたと想定している。今日の動きをしっかり思い出してくれ。何かわかることがあるかもしれない……」
「……はい」

 どんなに肩肘はったって…俺のできることは小さい…。それでも、俺は妹を守るんだ。俺は…二美子の兄さんだから。

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