5。

文字数 2,827文字

 遠くで人の声が聞こえる。
 最初はスッゴク遠くで何かの音がする…って程度だったけれど、どんどん気になり始めて…。そうなると

 あれ…?この声って

 心当たりがあると感じた途端に目が覚めた。この声は…
(ショウ)()…」
 辺りが薄暗くなっていて、ああ…着替えたあとまた寝ちゃったのか…。そんなことに気づく。

 あれ?もしかして…遠くから聞こえてた音は気のせいではなく……。

 部屋の入り口から言い合う声が漏れてくる。その声

は、いづれも知っている声で、言い合っているけれど、安心してちょっと笑ってしまう。
「いくらなんでも遅いだろ?!
 これは裕太(ユウタ)兄の声。
「だからって、何で、突然入ろうとするんですか?!
 これは壽生(ジュキ)くんだ。
「そうですよ!いくら兄妹とは言え、それはダメだろ!」
 これは輝礼(アキラ)くん、相変わらず裕太兄にも対等なもの言いだわ…。
「裕太がずれてるのは分かってる。だからってお前らが騒ぐのもおかしい」
 はは…、これは(タケル)兄だ。
「じゃあ、彼氏の俺が見てきます」
 あ、尚惟(ショウイ)
「「「「ダメだ!」」」」

 ……わお

 これは…起きたことを知らせなくちゃだわ…。
 彼女なりに急いでベットから降りる。気ばかりが急いてしまって、足が絡まる。ベット横のローテーブルに引っ掛かって、ガシャンと少々大きめの音が鳴った。
 当然のように戸そとが一度静になり、次の瞬間、これでもかと言うほど大きな音を立てて開けられたのは……お分かりいただけるだろうか?


「二美子さん、ミルクティ飲む?」
「うん、飲む」
 夕食が終わり、居間でまったりと過ごしていた。
「二美、まだ怒ってるか?」
 キッチンで片付けを終えた裕太が、頭をかきながら近付いてきた。
「……怒ってません」
「……悪かったって」
 さっき、自室で目覚めた時、扉の外の騒動に焦った私は、ベット横にあるローテーブルに当たってしまった。そこに置かれていた文具類が勢いつけて落ちたため、ちょっと音が大きかった。たぶん…私が倒れたと思ったんだろうな。それは大切にされてると感じてるんだけど……
「……扉は直してね」
「申し訳ない!」
 力任せに開けたものだから、見事に留め金が壊れて、壁から分離しました…。
「ほんと、裕太は暴走ハンパないな…」
 尊兄さんは、やれやれと言うように言葉をかけているが、表情は優しい。尊兄はいつも優しい。
「言葉もない…。なるべく早く直すよ」
「え……裕太兄が直すの?」
「え、そうだけど」
「業者には……」
「どこの誰か分からんやつを家のなかに入れるわけないだろ」
「……直せるの?」
「誰だと思ってるんだ!兄貴ってのはなんでもできるんだ!な、尊」
「まあ……何でもってのは言いすぎだけどな」
 尊はコーヒーを飲みながら裕太と二美子を見て微笑んだ。
「二美子さん」
「ん?なに、壽生くん」
 私の座ってるソファからローテーブルを挟んで、小窓近くに壁を背もたれに座ってた壽生。クッションを抱いてこちらを向いていた。
「体調はどうなの?」
「大丈夫だよ。退院したんだもん。平気」
「そうだろうけどさ。そう言うこと聞いてるんじゃなくて……」
「…………うん」

 うん……そうだよね……分かってる。

 尚惟、コトリと目の前にミルクティを置いて、隣に座る。目の前には輝礼がいた。
「今、実際のとこ心臓はどうなの?」
「ふふ、直球だね、輝礼くんは」
「分かりにくいのは苦手でね」
「だね」
 ミルクティの入ったコップを取り、両手で持つ。
「……気が付かなかった。コップも結構重いね……」
「あ…ごめん……!」
 急いで取り上げようとする尚惟を手で制する。
「違うの。気付きがある…ってことなの。私が、今まで気づかなかった、普通だったこと」
「二美子さん」
「これは、何もしてなかった時間があったから、筋力が落ちた、その結果が……いろいろ出てるっ…てだけ。ただ……」
「ただ?」
「私は回復スピードが、遅い。でしょう?裕太兄、尊兄」
 尚惟、輝礼、壽生が兄2人を見つめる。
「体力が…ないんだね、私」
 頑張って言葉を発するから、少し疲れる…。弱っている心臓は、寝ていたときには負担がそれほどかからず、発作が起きなかった。静養していた状態と同じで、悪化しなかったのだ。省エネな動きは、私の状態には合っていたのだろう。そうやって生活をしたら、おそらく上手くやっていけるのだろう。
「循環器内科の医師は、家での静養を条件に退院を許可してくれた」
 尊が言葉を足した。
「医学的には落ち着いていると言っていた。ただ、無理をしなきゃだ。心臓に負担がかからない生活を心掛けることが大事だ」
「負担がかからない…。それって例えば……」
 壽生の問いに、尊が続けて答えた。
「コンサートとかは言うまでもなくダメだ。運動もまだダメだ。極度に驚くこととか、ストレスのかかりそうなこともNG」
「……わかってるよ、尊兄……」
 重ねて言葉で連ねられると、入院していないだけで、病院にいるのとそう変わらない。
「二美子さん、苦しかったりする?」
 尚惟が心配そうにこちらを見ている。
「うううん。不思議なくらい…その兆候がない」
「そうなの?」
「うん。なんか……変なんだけど……」
「うん…」
「今、気持ちがゆったりと…してる」
「そか」
「うん……」
 ミルクティを一口飲んで、ソファに深く座る。
 気持ちは確かに落ち着いてるんだよね。何か…なにもしなくていい、と体が導いているような…変な感じだ。けれど、胸の苦しさがないので、受容すべきだって思っている。不思議なことなのだけれど、それを受け入れるべきだって頭の中で

が言ってる……?
「……あのさ、何か引っ掛かったりすることって…ない?…」
 輝礼が口を開く。

 え?

「何かって?」
「入院する前のこととか…」
「輝礼」
「入院中は思い付かなかったけど…後から思うと気になるとか……」
「輝礼っ!ちょっと来てっ!」
「…なんだよっ、尚っ!」

  え?なに……?

 隣にいた尚惟が、輝礼を連れて居間から出ていった。ソファから体を起こして、コップをテーブルにおく。
「……え?」
 私の戸惑いに裕太が反応する。
「あ、何だかなーあいつら。急に席を立ったら驚くよなぁ」
 裕太、二美子の隣に座る。
「入院する前……?」
 なんかそんなことを輝礼くんは言ったような……。
 一瞬、脳裏がパッと明るく光ったような気がして、反射的に目をギュッと閉じてしまう。
「おい……みこ?どうした?」
 尊兄の心配そうな声が届く。
「……うん、大丈夫…。ちょっと…疲れた、みたい」
「そう…だな。もう休んだらどうだ?」
 まるで父親みたいな提案だが、なんだかそうした方が良さそうな気がする。さっきまで穏やかだった心の中が、何だかざわついていてちょっと…怖い。
 それは、尚惟がいなくなったからなのだろうか?それとも2人が突然出ていったとき、何だか不安に駆られたからだろうか…。

 “不安……”……?

「……ふあん?」
「え……にみ?」
「……あ…うううん。ごめん、何でもない」

 そう……きっと何でもない……。
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