10。
文字数 3,582文字
目の前でスープを食べている二美子 さんを見つめながら、やっと気持ちが落ち着いてきたことを実感する。これは、彼女のではなく、
「尚惟 ?」
気がつくと二美子さんがこちらを覗き込むように見ている。
「やっぱり、これだけじゃ足りないよね……」
「ふふふ、気にしてくれてるの?」
「当たり前でしょ?ごめんね、心配かけちゃって……」
申し訳なさそうにこちらを見ている彼女は、俺の大切な人だ。ちょっとみんなよりからだが弱いけれど、懸命に生きている強い人だ。俺が心配したところで、何の力にもならないだろうけれど…俺が出きることはやりたい。守れるものなら、そうしたい。そう思う人だ。
無事を確かめた後、連絡のあったそれぞれに、彼女が無事であることを知らせた。みんな安堵のため息と、今の用事が済めばすぐに帰ると言っていた。俺はその言葉を聞きながら、ここに来るまでの1時間を振り返っていた。
俺は、自分でも驚くほど、彼女を必要としていることに気付かされた時間だったと。
【回想】
「ショウッ!こっちのフロア何時から使える?」
「そこは7時から2時間押さえてます。着替えなら向かいの小会議室でお願いします」
「OK」
「ショウッ!飯は?」
「発注してます!A、洋食20、B、和食20、スタッフ分は30別で届きます。ヨコサンが2、3人連れて受けとりに行きました」
「りょーかい」
この2日、俺はまたこのテレビ局でアルバイトをしていた。今回は先輩からの声掛けではなく、あの時名刺をくれた滝川 さんからの直接オファーだった。
コロナで人が足りなくてのヘルプだった。
講義がない日の2日のみで良ければと返事をしたところ、それでいいとの返答。で、今に至る。約束のヘルプは今日で終わりだ。
「ショウ」
「滝川さん」
「いやー、予想以上に助かった。ありがとな」
俺に声をかけてくれた滝川さんが、いつの間にかそばに来ていた。
「すいません、2日だけなんてわがままいって……」
滝川さんは豪快に笑うと、封筒を手渡してくれた。
「こっちが無理言ったのに、ショウは律儀だな。これバイト料ね」
「ありがとうございます」
「2万入ってる」
「え?!それはもらいすぎですっ!」
「ははは、普通は喜んでもらうもんだけどな。ショウのそういうとこがお気に入りだ。またお願いしてもいいか?」
そんな言い方されたら、断れないじゃないか…
「ありがとうございます」
「2日間、おつかれさん。もう上がっていいよ」
「ありがとうございました。では、先に失礼します」
「ん。お疲れ」
軽く右手を上げると、スタジオのなかに消えていった。
尚惟、休憩室に弁当を置く机を並べ、お茶とお水のペットボトルを置く。これでやれといわれていたことは、一応、終了だ。あたりを見回す。困っている感じがないことを確認すると、ロッカーへ向かう。
スタッフのロッカーがあるのは別の階のフロアだ。今回はロッカーをあてがわれた。
まあ、もう来ないとは思うけど。
この仕事内容は嫌いではないけれど、スマホをロッカーに置いていくことには抵抗があった。
今は、いつ連絡が入るかも分からないのに、身から離して、すぐに連絡が取れない状況を作ることは、避けたかったのだ。二美子さんの所在が分からなくなったとき、俺は、この世にこれほどの苦痛があるのかと…胸をくりぬかれるほどの痛みを味わった。世の中を全て呪うほどの絶望を喰らった…。本当はこうして離れている時間が、辛くてたまらない。けれど、二美子さんの近くにいても苦しいときがあって、今は距離感が分からなくなっている。
毎日、毎時間、片時も離れていたくない。かと思うと、触れると壊れてしまいそうで、怖くて触れられない…。彼女を想うとドキドキして、触れたくて、でも苦しくて…息ができなくなりそうだ。
やっと二美子さんが退院した日。彼女の姿を見たとき、そのまま消えてしまうのかと思うほど儚かった。俺がいれたミルクティを両手で挟んでもっている姿も、裕太さんと話している姿も、そこにいるのに消えてしまいそうに感じた。涙を堪えている自分がいた。
そんな中、彼女に向けた輝礼 の問いかけは、俺には我慢できないものだった。
ただ、腹が立った。
ただ…何としても守りたかった。
これは俺の身勝手な押し付けだ。
思い上がりだ。
俺が出来ることなどないに等しいし、何が出来るかも分かってない。けれど……何かせずにはいられないんだ。
ロッカーから荷物を取り出し、薄手のジャンパーを着る。挨拶をしてスタッフ室から退出する。エレベーターを待つ間、スマホをチェックする。
え……
一瞬、周囲の音が消える。
不在着信が5件。メールを開くと壽生、輝礼、から入っている。
【壽生】 二美子さんと連絡が取れない。俺も今、琉太 といてすぐ動けない。
琉太?え?あの琉太……?
【輝礼】 今、光麗 さんといる。場所が遠くてすぐ行けない。
光麗さん?
何だか状況が分からない。ともかく、すぐに二美子さんに電話する。
コール音はすれど、出る気配はない。留守電にもならない…?
「……何で?」
ついこの間、感じた嫌な不安感が襲ってくる。急いで二美子さんにメールを打つ。
『すぐ行くから』
エレベーターに乗り込み、気持ちを落ち着かせる。とにかく、行かなくては。まず、無事を確かめなくては……!頭の中が真っ白になる。
きっと、俺はここで不在着信は誰からなのか、とか、裕太さんや尊さんに電話する、とかワンクッション置いた方が良かったのだろう。でも、このときの俺にそんな余裕などなかった。
エレベーターが開くと、俺の頭の中は二美子さんの無事を確かめに行くという大きなミッションでいっぱいになっていた。
「尚惟……?」
「え……あ……なに?」
気づくとスープを飲み終えた彼女が、不思議そうに俺を見ていた。
「……ごめんね、疲れてる?」
申し訳なさそうに話す二美子さん。
俺は、ほんとに重症だ。どんな内容だったとしても、彼女が真っ直ぐにこちらを見ていることに、感動すら覚えてしまう。同じ空間にいられる喜び。安堵する気持ちと、2人きりであることの照れみたいなものが、俺の中でぐるぐるしている。
「ごめん、何か俺、変?」
「違うよ、“心ここに非 ず”みたいに見えたから……」
「え、ここに全て在るよ」
「え…」
「俺の心も、体も、全て二美子さんのそばに在るよ」
「……あ、うん……」
瞬く間に赤くなっていく二美子さんに、キュンとする。と同時に、自分の発言に恥ずかしさを覚える
「…あ、ごめん。変なこと言った……」
「えっ、そんなことないよ。いや、えっと、そんなことないっていうのは、嫌じゃないってことで、嫌とかそんなことを思うわけなくて、」
ちょっと焦ったようにわちゃわちゃしだす二美子。
顔がどんどん赤くなっていくのを見て、俺も照れたけど、可愛いって思ってしまって、笑ってしまった。
笑っている俺に気づくと、眉を少し寄せる彼女。
「…ずるい。からかったな」
「そんなことしないよ」
「……私だけ照れてる」
「え、俺も照れてるよ」
「えー?そうは見えないよ。いつも余裕だもの……」
へー、そう見えてるのか……。
「そんなことないです。いつもドキドキしてますよ」
「……うそ」
少し困ったように言う二美子さん。
ダメだ……理性が負けてしまう…かわいい
俺は“平常心”を心で呟きながら、目の前の愛しい人を見つめる。
二美子はそんな尚惟の気持ちなど想像すらしていない。年下な彼氏が、すっかり余裕で対応をしているように感じているものだから、モヤモヤが止まらない。
「尚惟はいつも優しいもの。一段上からエスコートしてくれてて……」
彼女の呟くような言葉は、尚惟に別の意味合いで刺さっていく。
「私、ダメダメなのに、待ってくれて。でも、それも嬉しくて、好きなのがこぼれちゃって…悔しい」
あー……ダメだって……
「気がつくと…いつも考えてて…尚惟のこと…」
あー……ダメだ……
「離れると何か…寂しく…………て……?」
彼女の言葉の語尾が少し上ずったのは、俺のせい。
あんまり可愛いこというから、机の上にそっと置かれていた彼女の手を握ってしまった。言葉が出てこない二美子さん。俺が握った手元を見てる。握った手から二美子さんの戸惑いが伝わってくる。
「あのね、二美子さん……」
「え、えっと、え…?」
せっかく落ち着いてきた彼女の顔が再び赤くなっていく。
「そんな無防備に、可愛いこと言ったらダメだよ」
「あ、あの……」
「こうして、もっと近くに二美子さんを感じたくなるでしょ?」
「…………」
手元を見ていた彼女の視線が、ぎこちなく、ゆっくりと尚惟へと移動する。
決して大きくないテーブルを挟んで、2人きりの空間で手を握ってしまって、俺は何をしているんだ!
もう、可愛すぎて、離せないじゃないか……。
自分の
である。「
気がつくと二美子さんがこちらを覗き込むように見ている。
「やっぱり、これだけじゃ足りないよね……」
「ふふふ、気にしてくれてるの?」
「当たり前でしょ?ごめんね、心配かけちゃって……」
申し訳なさそうにこちらを見ている彼女は、俺の大切な人だ。ちょっとみんなよりからだが弱いけれど、懸命に生きている強い人だ。俺が心配したところで、何の力にもならないだろうけれど…俺が出きることはやりたい。守れるものなら、そうしたい。そう思う人だ。
無事を確かめた後、連絡のあったそれぞれに、彼女が無事であることを知らせた。みんな安堵のため息と、今の用事が済めばすぐに帰ると言っていた。俺はその言葉を聞きながら、ここに来るまでの1時間を振り返っていた。
俺は、自分でも驚くほど、彼女を必要としていることに気付かされた時間だったと。
【回想】
「ショウッ!こっちのフロア何時から使える?」
「そこは7時から2時間押さえてます。着替えなら向かいの小会議室でお願いします」
「OK」
「ショウッ!飯は?」
「発注してます!A、洋食20、B、和食20、スタッフ分は30別で届きます。ヨコサンが2、3人連れて受けとりに行きました」
「りょーかい」
この2日、俺はまたこのテレビ局でアルバイトをしていた。今回は先輩からの声掛けではなく、あの時名刺をくれた
コロナで人が足りなくてのヘルプだった。
講義がない日の2日のみで良ければと返事をしたところ、それでいいとの返答。で、今に至る。約束のヘルプは今日で終わりだ。
「ショウ」
「滝川さん」
「いやー、予想以上に助かった。ありがとな」
俺に声をかけてくれた滝川さんが、いつの間にかそばに来ていた。
「すいません、2日だけなんてわがままいって……」
滝川さんは豪快に笑うと、封筒を手渡してくれた。
「こっちが無理言ったのに、ショウは律儀だな。これバイト料ね」
「ありがとうございます」
「2万入ってる」
「え?!それはもらいすぎですっ!」
「ははは、普通は喜んでもらうもんだけどな。ショウのそういうとこがお気に入りだ。またお願いしてもいいか?」
そんな言い方されたら、断れないじゃないか…
「ありがとうございます」
「2日間、おつかれさん。もう上がっていいよ」
「ありがとうございました。では、先に失礼します」
「ん。お疲れ」
軽く右手を上げると、スタジオのなかに消えていった。
尚惟、休憩室に弁当を置く机を並べ、お茶とお水のペットボトルを置く。これでやれといわれていたことは、一応、終了だ。あたりを見回す。困っている感じがないことを確認すると、ロッカーへ向かう。
スタッフのロッカーがあるのは別の階のフロアだ。今回はロッカーをあてがわれた。
まあ、もう来ないとは思うけど。
この仕事内容は嫌いではないけれど、スマホをロッカーに置いていくことには抵抗があった。
今は、いつ連絡が入るかも分からないのに、身から離して、すぐに連絡が取れない状況を作ることは、避けたかったのだ。二美子さんの所在が分からなくなったとき、俺は、この世にこれほどの苦痛があるのかと…胸をくりぬかれるほどの痛みを味わった。世の中を全て呪うほどの絶望を喰らった…。本当はこうして離れている時間が、辛くてたまらない。けれど、二美子さんの近くにいても苦しいときがあって、今は距離感が分からなくなっている。
毎日、毎時間、片時も離れていたくない。かと思うと、触れると壊れてしまいそうで、怖くて触れられない…。彼女を想うとドキドキして、触れたくて、でも苦しくて…息ができなくなりそうだ。
やっと二美子さんが退院した日。彼女の姿を見たとき、そのまま消えてしまうのかと思うほど儚かった。俺がいれたミルクティを両手で挟んでもっている姿も、裕太さんと話している姿も、そこにいるのに消えてしまいそうに感じた。涙を堪えている自分がいた。
そんな中、彼女に向けた
ただ、腹が立った。
ただ…何としても守りたかった。
これは俺の身勝手な押し付けだ。
思い上がりだ。
俺が出来ることなどないに等しいし、何が出来るかも分かってない。けれど……何かせずにはいられないんだ。
ロッカーから荷物を取り出し、薄手のジャンパーを着る。挨拶をしてスタッフ室から退出する。エレベーターを待つ間、スマホをチェックする。
え……
一瞬、周囲の音が消える。
不在着信が5件。メールを開くと壽生、輝礼、から入っている。
【壽生】 二美子さんと連絡が取れない。俺も今、
琉太?え?あの琉太……?
【輝礼】 今、
光麗さん?
何だか状況が分からない。ともかく、すぐに二美子さんに電話する。
コール音はすれど、出る気配はない。留守電にもならない…?
「……何で?」
ついこの間、感じた嫌な不安感が襲ってくる。急いで二美子さんにメールを打つ。
『すぐ行くから』
エレベーターに乗り込み、気持ちを落ち着かせる。とにかく、行かなくては。まず、無事を確かめなくては……!頭の中が真っ白になる。
きっと、俺はここで不在着信は誰からなのか、とか、裕太さんや尊さんに電話する、とかワンクッション置いた方が良かったのだろう。でも、このときの俺にそんな余裕などなかった。
エレベーターが開くと、俺の頭の中は二美子さんの無事を確かめに行くという大きなミッションでいっぱいになっていた。
「尚惟……?」
「え……あ……なに?」
気づくとスープを飲み終えた彼女が、不思議そうに俺を見ていた。
「……ごめんね、疲れてる?」
申し訳なさそうに話す二美子さん。
俺は、ほんとに重症だ。どんな内容だったとしても、彼女が真っ直ぐにこちらを見ていることに、感動すら覚えてしまう。同じ空間にいられる喜び。安堵する気持ちと、2人きりであることの照れみたいなものが、俺の中でぐるぐるしている。
「ごめん、何か俺、変?」
「違うよ、“心ここに
「え、ここに全て在るよ」
「え…」
「俺の心も、体も、全て二美子さんのそばに在るよ」
「……あ、うん……」
瞬く間に赤くなっていく二美子さんに、キュンとする。と同時に、自分の発言に恥ずかしさを覚える
「…あ、ごめん。変なこと言った……」
「えっ、そんなことないよ。いや、えっと、そんなことないっていうのは、嫌じゃないってことで、嫌とかそんなことを思うわけなくて、」
ちょっと焦ったようにわちゃわちゃしだす二美子。
顔がどんどん赤くなっていくのを見て、俺も照れたけど、可愛いって思ってしまって、笑ってしまった。
笑っている俺に気づくと、眉を少し寄せる彼女。
「…ずるい。からかったな」
「そんなことしないよ」
「……私だけ照れてる」
「え、俺も照れてるよ」
「えー?そうは見えないよ。いつも余裕だもの……」
へー、そう見えてるのか……。
「そんなことないです。いつもドキドキしてますよ」
「……うそ」
少し困ったように言う二美子さん。
ダメだ……理性が負けてしまう…かわいい
俺は“平常心”を心で呟きながら、目の前の愛しい人を見つめる。
二美子はそんな尚惟の気持ちなど想像すらしていない。年下な彼氏が、すっかり余裕で対応をしているように感じているものだから、モヤモヤが止まらない。
「尚惟はいつも優しいもの。一段上からエスコートしてくれてて……」
彼女の呟くような言葉は、尚惟に別の意味合いで刺さっていく。
「私、ダメダメなのに、待ってくれて。でも、それも嬉しくて、好きなのがこぼれちゃって…悔しい」
あー……ダメだって……
「気がつくと…いつも考えてて…尚惟のこと…」
あー……ダメだ……
「離れると何か…寂しく…………て……?」
彼女の言葉の語尾が少し上ずったのは、俺のせい。
あんまり可愛いこというから、机の上にそっと置かれていた彼女の手を握ってしまった。言葉が出てこない二美子さん。俺が握った手元を見てる。握った手から二美子さんの戸惑いが伝わってくる。
「あのね、二美子さん……」
「え、えっと、え…?」
せっかく落ち着いてきた彼女の顔が再び赤くなっていく。
「そんな無防備に、可愛いこと言ったらダメだよ」
「あ、あの……」
「こうして、もっと近くに二美子さんを感じたくなるでしょ?」
「…………」
手元を見ていた彼女の視線が、ぎこちなく、ゆっくりと尚惟へと移動する。
決して大きくないテーブルを挟んで、2人きりの空間で手を握ってしまって、俺は何をしているんだ!
もう、可愛すぎて、離せないじゃないか……。
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