14。
文字数 2,381文字
呼吸も静かで、顔色もよく見える。
焦った……
ベット横の椅子に座って、点滴に繋がれた二美子さんを見つめている。
普通に見えるんだよな…。俺たちとなんも変わらないように見えるんだよな。ちょっと俺たちより背は小さくて、少し年上で、甘いものが好きで、不器用で、無視が苦手で、最近コーヒーをいれるのがうまくなったって喜んでた、普通の20代なんだよな。
「はあ…何でいつもこうなるかな……」
輝礼 は、ため息をついた。
「まだ目が覚めない?」
病棟にそっと入ってきた男性。二美子さんが倒れたとき一緒にいた人だ。迅速に対応してくれていた。俺も誰だか知らなかったのだが、梨緒先生の弟さんだとさっき知った。
「たぶん、夕方までは起きないんじゃないかな…」
「そっか……。少しあっちでコーヒーでもどうだい?」
「あー……はい」
二美子さんの顔をもう一度見て、席を立つ。ほんとは離れたくないが……。
促されるまま、この階の待合室に行く。外の景色がしっかりと見渡せるこの場所では、他の面会者もおり、少々賑わっていた。
「はい、ブラックでいい?」
カップのコーヒーを渡される。
「ありがとうございます…」
窓際の席に腰を下ろし、コーヒーを口にする。ローストされた豆の匂いと苦味が喉をゆっくり通っていく。
「ん、うまい」
「お…嬉しい。これは僕がたてたコーヒーだよ」
カバンから水筒をチラリと見せてくれる。
「え……」
「紙コップはそこの“ご自由に”のやつもらった。うまいかい?」
「は、はい……」
「姉がね、コーヒー好きでね。美味しいの飲ませてあげたくて、たまに持ってくるんだ」
「え、じゃあ……」
「あ、いいのいいの。また作ってくるから」
「あ…ども……」
彼、啓 さんは、不思議な雰囲気を持っていた。
俺は、一瞬、フェスの時のように抱き上げてつれていこうと、とにかく急ごうとしたが、それを彼が止めた。最初はムッとしたが、状況を考えると当然だった。
看護士が脈を取り、状況を見たあと、すぐに主治医が呼ばれ、ストレッチャーで運ばれた。詳しくは分からないが、二美子さんにとって良くないってことは分かった。それさえ分かれば俺はいい。
「さてと、聞きたいことは?」
「え」
「あれ?意外に…状況を飲み込めるタイプ?」
「い……いや……」
「だよね。僕は、喫茶店のオーナーだよ。二美子ちゃんがバイトしたいって言ってたの知ってる?」
「ああ、知ってます……」
「そう、そのバイト先」
「え、あ、すいませんこの度は…」
「はは、彼氏何人いるんだよ」
…ん?誰だ、先に彼氏面したのは…
「輝礼くんって面白いね」
なんとなく梨緒先生と姉弟だって納得。発言にブレがない。なんとなく、気づいた。
もしかして……この違和感って……
「啓さんて、医学かじった人ですか?」
「えっ……」
「俺たち、今、結構敏感で。間違ってたらスルーしてください」
「ははは、参ったな……」
「すいません」
「いいよ。別に隠すことでもないし、そっちも悪いとも思ってないでしょ?」
「……うす…」
俺はコーヒーを口にすると、テーブルの上に置く。コトリと音がして、妙にその音が耳に残る。
「まあ…別に隠してもないしね。医学生だったよ。リタイアしたけど」
リタイアの理由が気になるところだけど。
「輝礼 くん、君の想像通り。二美子さん、記憶が甦ってパニックになった」
俺の視線が上がる。
俺、そんな予想、話した覚えはないが…確かに考えた事柄ではあった。
「きっかけはシュークリームだと思うけれど」
「え、シュークリーム…?」
「そう。でも…あの感じでは今までも食べてたんだろう。今回はパニックになった。それまでは記憶の鍵は開かなかったんだろうね」
「え……じゃあ、今回はきっかけになった何かがある?」
「んじゃないかな……。でも、これって特定するの難しいと思うんだ」
「それって……」
「うん。日常生活に溶け込んだ形で“記憶の鍵”があるんだろうね」
え……それって……
思わず動きが止まってしまった。
それって……どこでどうパニックになるか予想できないんじゃ……
啓、輝礼の反応に驚きを見せる。
「え、すごいな、最近の若い人たちは。気付くの早くない?」
「……関わり方にもよる、と思い、ます」
付け足した敬語がちょい寒だな……。
「ああ……、二美子ちゃんに対して、ってこと?それもすごいな……」
啓さんは、感心したように首を横に降り、腕を組んだ。
「僕には分からない世界だ」
「え」
「いや……。まあ、だから言っとこうと思ってさ。このことを二美子ちゃんは感覚で分かってる気がする」
「え……」
「んー、これは心証だけどね。ロジックで理解してるって言うより、何か不安、みたいな漠然としたものでこれから起こることを彼女なりに予測していると言うか…」
それって……
「夢で見たかも…的な?」
「ああ~、近いんじゃないかな。どっか頭の隅っこになんとなくある“感じたことある”という感覚。ただ、これは後でああそうかってなるまでに時間がかかると思う」
俺が聞きたいことはそこではない。
「二美子さんが思い出したことって…辛いこと?」
「…………たぶん、違うよ」
「それならどうしてパニックになるんだ?」
「さあ……はっきりは分からないよ。本人もよく分からないだろうからね」
「…でも、辛い記憶でなくてもパニックになるんだ……」
「そう…みたいだな」
それは…解決法がないというか……。
「て言うか…なんで俺に話すんですか?」
「聞きたそうだったよ?」
ぐっ……痛いとこをつく……
「だからって普通言わないと思うけど……」
「それはそう…。まあ…強いて言うなら、彼女には助けが必要で、それはちょっと関わっただけではムリだろうなって思ったとき、輝礼くんの彼女との関わりは大丈夫なんだろうって思ったんだけど……違った?」
俺は、笑顔で話す啓さんに、裕太さんと同じような匂いを感じた。
焦った……
ベット横の椅子に座って、点滴に繋がれた二美子さんを見つめている。
普通に見えるんだよな…。俺たちとなんも変わらないように見えるんだよな。ちょっと俺たちより背は小さくて、少し年上で、甘いものが好きで、不器用で、無視が苦手で、最近コーヒーをいれるのがうまくなったって喜んでた、普通の20代なんだよな。
「はあ…何でいつもこうなるかな……」
「まだ目が覚めない?」
病棟にそっと入ってきた男性。二美子さんが倒れたとき一緒にいた人だ。迅速に対応してくれていた。俺も誰だか知らなかったのだが、梨緒先生の弟さんだとさっき知った。
「たぶん、夕方までは起きないんじゃないかな…」
「そっか……。少しあっちでコーヒーでもどうだい?」
「あー……はい」
二美子さんの顔をもう一度見て、席を立つ。ほんとは離れたくないが……。
促されるまま、この階の待合室に行く。外の景色がしっかりと見渡せるこの場所では、他の面会者もおり、少々賑わっていた。
「はい、ブラックでいい?」
カップのコーヒーを渡される。
「ありがとうございます…」
窓際の席に腰を下ろし、コーヒーを口にする。ローストされた豆の匂いと苦味が喉をゆっくり通っていく。
「ん、うまい」
「お…嬉しい。これは僕がたてたコーヒーだよ」
カバンから水筒をチラリと見せてくれる。
「え……」
「紙コップはそこの“ご自由に”のやつもらった。うまいかい?」
「は、はい……」
「姉がね、コーヒー好きでね。美味しいの飲ませてあげたくて、たまに持ってくるんだ」
「え、じゃあ……」
「あ、いいのいいの。また作ってくるから」
「あ…ども……」
彼、
俺は、一瞬、フェスの時のように抱き上げてつれていこうと、とにかく急ごうとしたが、それを彼が止めた。最初はムッとしたが、状況を考えると当然だった。
看護士が脈を取り、状況を見たあと、すぐに主治医が呼ばれ、ストレッチャーで運ばれた。詳しくは分からないが、二美子さんにとって良くないってことは分かった。それさえ分かれば俺はいい。
「さてと、聞きたいことは?」
「え」
「あれ?意外に…状況を飲み込めるタイプ?」
「い……いや……」
「だよね。僕は、喫茶店のオーナーだよ。二美子ちゃんがバイトしたいって言ってたの知ってる?」
「ああ、知ってます……」
「そう、そのバイト先」
「え、あ、すいませんこの度は…」
「はは、彼氏何人いるんだよ」
…ん?誰だ、先に彼氏面したのは…
「輝礼くんって面白いね」
なんとなく梨緒先生と姉弟だって納得。発言にブレがない。なんとなく、気づいた。
もしかして……この違和感って……
「啓さんて、医学かじった人ですか?」
「えっ……」
「俺たち、今、結構敏感で。間違ってたらスルーしてください」
「ははは、参ったな……」
「すいません」
「いいよ。別に隠すことでもないし、そっちも悪いとも思ってないでしょ?」
「……うす…」
俺はコーヒーを口にすると、テーブルの上に置く。コトリと音がして、妙にその音が耳に残る。
「まあ…別に隠してもないしね。医学生だったよ。リタイアしたけど」
リタイアの理由が気になるところだけど。
「
俺の視線が上がる。
俺、そんな予想、話した覚えはないが…確かに考えた事柄ではあった。
「きっかけはシュークリームだと思うけれど」
「え、シュークリーム…?」
「そう。でも…あの感じでは今までも食べてたんだろう。今回はパニックになった。それまでは記憶の鍵は開かなかったんだろうね」
「え……じゃあ、今回はきっかけになった何かがある?」
「んじゃないかな……。でも、これって特定するの難しいと思うんだ」
「それって……」
「うん。日常生活に溶け込んだ形で“記憶の鍵”があるんだろうね」
え……それって……
思わず動きが止まってしまった。
それって……どこでどうパニックになるか予想できないんじゃ……
啓、輝礼の反応に驚きを見せる。
「え、すごいな、最近の若い人たちは。気付くの早くない?」
「……関わり方にもよる、と思い、ます」
付け足した敬語がちょい寒だな……。
「ああ……、二美子ちゃんに対して、ってこと?それもすごいな……」
啓さんは、感心したように首を横に降り、腕を組んだ。
「僕には分からない世界だ」
「え」
「いや……。まあ、だから言っとこうと思ってさ。このことを二美子ちゃんは感覚で分かってる気がする」
「え……」
「んー、これは心証だけどね。ロジックで理解してるって言うより、何か不安、みたいな漠然としたものでこれから起こることを彼女なりに予測していると言うか…」
それって……
「夢で見たかも…的な?」
「ああ~、近いんじゃないかな。どっか頭の隅っこになんとなくある“感じたことある”という感覚。ただ、これは後でああそうかってなるまでに時間がかかると思う」
俺が聞きたいことはそこではない。
「二美子さんが思い出したことって…辛いこと?」
「…………たぶん、違うよ」
「それならどうしてパニックになるんだ?」
「さあ……はっきりは分からないよ。本人もよく分からないだろうからね」
「…でも、辛い記憶でなくてもパニックになるんだ……」
「そう…みたいだな」
それは…解決法がないというか……。
「て言うか…なんで俺に話すんですか?」
「聞きたそうだったよ?」
ぐっ……痛いとこをつく……
「だからって普通言わないと思うけど……」
「それはそう…。まあ…強いて言うなら、彼女には助けが必要で、それはちょっと関わっただけではムリだろうなって思ったとき、輝礼くんの彼女との関わりは大丈夫なんだろうって思ったんだけど……違った?」
俺は、笑顔で話す啓さんに、裕太さんと同じような匂いを感じた。
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