第34話 MKウルトラ

文字数 3,874文字


アラン記念研究所

潮見とマーカス・アドラーは、空路でカナダ・ケベック州のモントリオールに入った。モントリオールはカナダのケベック州で最も人口の多い都市で、カナダでは2番目に人口が多い。

秋の日の朝、二人の探索者は、ペンフィールド博士(カナダの脳神経外科医)通りとマクタビッシュ通りに隣接するラザフォード(原子核を発見した「原子物理学の父」)公園を横切った。ラザフォード公園は地元の人々に人気の公園でピクニックやサッカーをしたり観戦したりするのに良い場所だ。また、モントリオールのダウンタウンの美しい景色を眺めることができる。

ロイヤル山の秋の紅葉が、丘の中腹に立つアラン記念研究所の背景を美しく彩っている。鉄の門は装飾的で、宮殿の門のように美しい。

この瀟洒なビクトリア朝の建物の中では、1957年から1964年まで、薬物や電気ショックなどを用いたマインドコントロールや洗脳に関する、悪名高いCIAのプロジェクトのカナダにおける、MKウルトラ実験が行われた。

MKとは、CIA科学技術部が主導することを示すコードで、ウルトラは「最重要機密」を意味する。

この実験後、その文書のほとんどは組織的に破壊され、わずかに残った文書からこのプロジェクトが明るみに出た。

カナダのMKウルトラ計画を率いたドナルド・ユーイン・キャメロンはスコットランド生まれの精神科医。キャメロンは著しく倫理に反する医学実験を行い、CIAの依頼により心理的・医学的拷問技術を開発した。その拷問技術は、例えばキューバのグアンタナモ湾にある米軍基地で発揮された。

キャメロンはLSDなどの各種薬物を使用したり、通常の精神治療よりはるかに頻度の高い電気ショックを施したりして、人間の脳を真っ白な状態にし、そこへ好きな考えを埋め込もうとした。

しかし、この洗脳はあまり成功せず、得られた技術は拷問技術であった。

被験者は精神病でアラン記念研究所を訪れ、治療されるつもりが、不可逆的な精神障害を一生負うことになった。また囚人も被験者になった。いずれの場合も、なぜ何の治療(実験)をするのかまったく知らされず、長期間拘束された。

キャメロンはCIAから多額の資金をもらい、アメリカとカナダの精神医学会の会長を務め、権力があった。MKウルトラは、アメリカ合衆国でも行われ、その主導者はシドニー・ゴッドリーブであった。

MKウルトラの前身は、1945年に設立された統合諜報対象局によるペーパークリップ作戦で、かつてナチスに関与した科学者を募集するのが目的だった。

朝鮮戦争での、中国によるアメリカ軍捕虜の洗脳が注目され、シドニー・ゴッドリーブを先頭にMKウルトラ計画が開始された。

実験後、被害者は補償を要求したが、カナダ政府もアメリカ政府ものらくらと対応を遅らせたため、多くは和解などで終わり、十分な金額は支払われなかった。今も密かにMKウルトラばりの実験が行われているとの噂もある。それは噂に過ぎないかも知れないが、日本のオウム真理教事件では、CIAのプロジェクトから学んだと思われるような精細な洗脳が行われていた。

カナダでの実験に戻ると、LSDなどの各種薬物や、通常の30倍から40倍の強さの電気ショック療法を用いて被験者を昏睡状態にし、睡眠学習の要領で嫌がることを強制的に何十万回とテープで聞かせるなどの「サイキック・ドライビング」とという手法が行われていた。これが後に拷問技術に応用される。

アラン記念研究所の小さな部屋で、長尾聡(ながおさとる)は、白衣を着て立っている5人の研究者に囲まれて座っていた。ウクライナの小屋と同じ、手術着のようなミントグリーンの上下を着せられている。

「長尾さん、人手不足なんだよ。手伝ってくれないかね?」
とリーダー格の男が言った。
「僕は病気の人のために薬を作る薬屋です。患者さんが苦しむようなことはできません」
「電気ショックをやれとは言わない。薬でいいんだ。君はADHDの薬を作ったんだろう? それをもっと強く、激しく効くようにしてくれないか?」
別の男が言った。
「無理です、強すぎたら薬じゃなくて毒になってしまう」
「せめて食事をしてくれないかしら? ハンストを続けたら、体力がなくなるわよ」
と女性研究員が言った。
長尾聡は口をつぐんだ。ここで何か食べたら、それは彼らが望む、被験者への拷問作業のエネルギーになってしまう。だから聡は昨日から食事を拒否していた。

じゃあ、食事をしてもらおうかしら、と彼女は言った。グループの中で一番身体の大きい男が聡を床に押さえつけ、馬乗りになった。

女性研究員は、直径2センチくらいのホースを持って聡の前にかがみ込んだ。この体勢はどこかで見たことがある、と聡は思った。救援されたアザラシの子供は自分で食べ物を飲み込めないから、口にホースを突っ込んで強制的に食べさせる。それにそっくりだ。

「私は以前、迷子になったアザラシを助けて元気にする施設にいたのよね」

彼女は言った。それからホースがぐっと喉の奥に差し込まれ、ミルクが直接胃に流れ込んできた。苦しい。救助されたアザラシの仔は、こんなに苦しい思いをしていたのか。胃と腸に食べ物が直接送り込まれ、聡は苦痛にあえぎながら、その場にバッタリと倒れて意識を失った。

強制的に食物を摂取させられた(さとる)は、いまやアラン記念研究所の研究者たちのマウスになった。たくさんのベルトでベッドの上にぎっちりと固定され、ウクライナの時から既に各種薬物を投与され、手足は注射の跡だらけだったが、薬の開発者である聡は、薬物が効きにくい身体のようだった。意識はとうに失っていたが、ただ眠るばかりで薬物に反応しない。研究者たちはいらだっていた。

「抑圧された思考、記憶、感情を明らかにする薬を与えたが、何も出てこない」
とリーダー格の研究者は不満げに言った。
それでLSDが与えられ、2アンプルを静脈注射された。

「どうだい、聡。何か見えるかい?」
すると聡はたくさんの手持ち花火や、ペンライトが見えると答えた。研究者たちには知る由もないが、聡は潮見と行ったベルリンワルトビューネの野外コンサートを思い出していた。これだけ薬漬けにされながら、聡は潮見との楽しい思い出を見ていた。

研究者はもう一度聡にLSDを投与したが、何も起こらなかった。研究者のいらだちは募った。

薬物が満足に効かないので、研究者は別の方法を取ることにした。


サイキック・ドライビング(精神操縦)

(さとる)はそれから二週間、バルビツール剤(睡眠薬)とクロルプロマジン(抗精神病薬)を飲んで眠らされ、それと同時に電気ショックを受けた。

完全に隔離され、感覚を遮断するためにゴーグルがかけられ、両腕には分厚い覆いをされた。ヘッドホンからドライビング・テープという名のメッセージが何度も何度も繰り返し流される。

当初「ドライビング」は週に一度、30分間行われたが、徐々に、しかも劇的に時間と頻度が増していく。

聡の心的防衛を弱め、メッセージを聞かせるため、アミタール(睡眠薬)、アンフェタミン(刺激薬)を投与して長時間眠らせたうえで、一日10時間から12時間のドライビングを10日間から15日間行う。その間、心理的に孤立させ、暗い部屋におかれ、ゴーグルをはめられ、よけいな音が聞こえないようにされ、身体への刺激をいっさい奪われる。精神的な防衛を破るため、LSDが使われた。

心的防衛を打ち破り、守りが最も弱いときに、不快なメッセージを繰り返し何時間も聞かせる。例えば「あなたは自分勝手な人間だ。自分のことしか考えていない。パートナーに世話をかけ、頼っているばかりだ」というテープを流されたとき、聡は本当にそうだと思った。潮見さんだけでなく、保護者の藤沢さんにも迷惑ばかりかけ何も恩返しができてない。

そして自己批判をし、弱くなった心は、研究者の思うままになりそうだった。記憶はあやふやになり、自分がどこにいるか分からなくなった。この「治療」はゆっくりと聡の心を破壊していった。

(さとる)はそれから二週間、バルビツール剤(睡眠薬)とクロルプロマジン(抗精神病薬)を飲んで眠らされ、それと同時に電気ショックを受けた。

完全に隔離され、感覚を遮断するためにゴーグルがかけられ、両腕には分厚い覆いをされた。ヘッドホンからドライビング・テープという名のメッセージが何度も何度も繰り返し流される。

当初「ドライビング」は週に一度、30分間行われたが、徐々に、しかも劇的に時間と頻度が増していく。

聡の心的防衛を弱め、メッセージを聞かせるため、アミタール(睡眠薬)、アンフェタミン(刺激薬)を投与して長時間眠らせたうえで、一日10時間から12時間のドライビングを10日間から15日間行う。その間、心理的に孤立させ、暗い部屋におかれ、ゴーグルをはめられ、よけいな音が聞こえないようにされ、身体への刺激をいっさい奪われる。精神的な防衛を破るため、LSDが使われた。

心的防衛を打ち破り、守りが最も弱いときに、不快なメッセージを繰り返し何時間も聞かせる。例えば「あなたは自分勝手な人間だ。自分のことしか考えていない。パートナーに世話をかけ、頼っているばかりだ」というテープを流されたとき、聡は本当にそうだと思った。潮見さんだけでなく、保護者の藤沢さんにも迷惑ばかりかけ何も恩返しができてない。

そして自己批判をし、弱くなった心は、研究者の思うままになりそうだった。記憶はあやふやになり、自分がどこにいるか分からなくなった。この「治療」はゆっくりと聡の心を破壊していった。


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