第22話 再会

文字数 1,744文字



「私は寝るところがあればそれでいいのだが」
週末、(さとる)と潮見を訪ねてベルリン・ミッテ区に来た藤沢氏は言った。
「聡と積もる話もあるでしょう、私はゲストルームで寝ますから」
外で藤沢氏に夕食をご馳走した後、藤沢氏、聡、潮見の順で風呂を使い、潮見は、マスターベッドルームを藤沢氏と聡に譲り、ゲストルームに引っ込んだ。

「潮見さんに気を使わせてしまったな」
聡とベッドに入った藤沢氏は言った。
「藤沢さん、これが僕らの日常です。こうやって、布団に入って寝る前に昼間の仕事のことなど、ちょっと話し合います」
聡は答えた。

「うん、研究所の仕事はどうだね? なんでも双子の女性上司なんだって?」
「ええ、アンネリーゼさんとハンネローレさん。とても優秀な研究者なんですが、ハンネローレさんは特に東ドイツおたくで、二人は西ドイツに一瞬に住んでいたんですが、ハンネローレさんは東ドイツ雑貨を求めて東ドイツに移住したんですって…」
「でもなぜそれをご存じなんですか?」
聡は尋ねた。
実はCEOに配慮してくれと言ったら、とても陽気な双子の姉妹が上司だから働きやすいと思うよ、と藤沢氏は聞いたのだ。そう言うわけにもいかないので、ちょっとほかで聞いてね、とごまかした。

「仕事もドイツ人の男性研究員と共同で研究しています。その方もとても優秀で穏やかな方で、働きやすいです」
と潮見にした同じ報告をして安心させた。

「藤沢さんに教えてもらったことが、すべて役に立っています。挨拶のしかた、ドキュメントの作り方、まだあまりないけど意見が違ったときの相談のしかたとか」

「それは良かった。クレセント製薬の日本研究所がクローズになると聞いたときは、とても心配した」

「外資系って首を切るのが早いですよね。幸い潮見さんと僕は本社に呼んでもらえたけど、ある日出勤したら建物が空っぽで、潮見さんのメールを読んだ後はコンピュータはすぐに使えなくなるし、建物にも入れなくなって、本当に驚きました。ドラッグ・リポジショニングのプレゼンを用意しながら寮で待機していました」

「潮見さんはどうだい?」
「なんかCEOの秘書になってトップセールスに付いて回ってるようです。クライアントは国家とか大病院で、いろいろ気を使うみたいです。でも潮見さんは真面目で控え目だからCEOに好かれてるみたい」

「それは良かった。潮見さんがメールと電話で私のスケジュールを尋ねて京都に来て面会し、聡をくださいと言われたときは仰天した」
「あはは」
「可愛い聡をやるべきか、まるで花嫁の父になった気分だったぞ」

聡は恥ずかしそうに笑って、
「潮見さんはバツイチだし、娘さんを育てた経験もあるので、僕のことを心配してくれたみたいです」
と言った。


「あまり背格好は変わらないな」
藤沢氏は聡の頭にそっと手を置いて言った。
「僕は18歳で成長が止まってしまったのかも知れない…ここだけの話ですけど、ひげそり機とかもほとんど要らなくて」
「そんなのは健康で元気ならどうでもいいことだ」
と藤沢氏は言った。聡は藤沢氏が手を載せた頭を、そっと藤沢氏の胸にもたせかけた。
「あの…聡明な藤沢さんはお気づきと思いますが、潮見さんと僕は身体の関係があります」
うん、とうなずいて藤沢氏は聡を見た。
「面接の後、潮見さんは僕を寮に入れようと思ったのですが、まだ用意ができてないので、その週末、潮見さんの家に泊まったんです」
藤沢氏は静かに聞きながらうなずいていた。
「それで、僕は潮見さんの家のベッドの中で悪夢を見ました。藤沢さんが京都に行ってしまってもう二度と会えないように思って、藤沢さん、僕を置いて行かないで! って」
「夢にいけずな舞妓さんまで出てきて、あんさんは藤沢はんの仕事のじゃまをするつもりどすか? …って、ドスがきいてて本当に恐かった」
寝間着姿の藤沢氏は、パジャマを着た聡の肩に手を回し、自分の身体に引き寄せた。
「すまなかったね」

「…いいえ、とんでもない。で、取り乱した僕を潮見さんはコトリみたいに抱いて、食事もさせて落ち着かせたんです。赤ちゃんができるわけではありませんが、今ではそれも僕らのコミュニケーションの一つです」
と聡は言った。

大人になったと喜ぶべきだろうな。正直で暖かい人間ならそれでいいじゃないか、と藤沢氏は思った。

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