1章―3
文字数 3,415文字
「僕はみなさんのおかげで、もう一度生きてみたいと思いました。本当に、ありがとうございました……!」
アースは堪えきれずに涙を流す。同時にノレインも慟哭し、アースは再び彼に抱きしめられた。
「これからは大丈夫よ! あたし達がついてるから、何とかなるでしょ!」
メイラはノレインを簡単に引き剥がし、優しく抱きしめてくる。しかしアースの服はまだ濡れていたらしく、「早く着替えなきゃ!」と慌て出した。
「おおッ、風邪を引いたら大変だ。待っててくれ、今すぐ用意するからなッ!」
「ルインさん、俺の服でいいっすよー!」
モレノは廊下に飛び出したノレインに声をかける。だが、ふと何かを思い出したのか、不思議そうに呟いた。
「それにしても、水の中で息ができたのは何でだろーな?」
「……もしかして」
突如、可愛らしい声が耳に届く。アースの目線の先では、ミックが赤面しながらこちらを見つめていた。
「……ちょっと、よく見せて」
ミックは一歩近寄り、アースの目を覗く。心が探られるような違和感は、覚えがある。そう。公演中、双子が『過去』を読み取った時と同じ感覚だった。きっと彼女も、自分から何らかの情報を得ようとしているに違いない。
アースは照れながらも見つめ返す。ミックは目を逸らすと同時に、きっぱり断定した。
「わかったわ。『酸素がなくても、呼吸が出来る』みたい」
アースは耳を疑った。酸素無しで呼吸出来る人間など聞いたことがない。だが、この信じられない出来事は実際に体験してしまっている。
「聞きたそうだな。教えよう」
すると、廊下からノレインが戻って来た。彼はモレノの服をテーブルに置き、くるんと丸まった口髭を弄り出した。
「この世界の生き物は、[潜在能力]という不思議な力を必ず持っている。だが君が知らなかったように、そのほとんどが気づいていないのだ。まぁ、私も先生に教わるまで分からなかったんだが。……さて。そんな謎だらけな[潜在能力]には例外がある」
ノレインはメイラと双子を手招きし、意味ありげに笑った。
「私達一家は、生まれた時から[潜在能力]に目覚めているのだ」
アースは驚愕する。双子が先程説明しようとした[潜在能力]とは、このことだったのか。思考する暇もなく、メイラは自信たっぷりに腕を組んだ。
「あたしの力は『一時的に運動能力を上げられる』、[運動力増強]よ。これを生かして、火の輪潜りを担当しているわ」
舞台上での華麗な演技を思い出し、納得する。あの人間離れした技は、[潜在能力]によるものだったのだ。
「僕は『目が合った人の過去が見える』んだ」
「僕は『相手の脳に指示を出せる』んだ」
アースから向かって右側(多分デラ)は左手で頭を掻き、左側(多分ドリ)は右手で鼻を摩った。彼らの立ち位置は自己紹介時と変わっていないはずだ。そうなると『過去』を読んだのがデラで、心に話しかけたのがドリなのだろう。
ふと疑問が浮かぶ。メイラや双子の[潜在能力]は実際見ているが、ノレインは手品以外に変わったことはしていない。こちらの言いたいことが分かったのか、ノレインはにんまりと笑った。
「私の力は[能力開花]。『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』ことだ」
すると、廊下から何やら重い足音が聞こえた。アースは仰天する。モレノとミックが、二足歩行するあのライオンを連れて来たのだ。
「俺は『一時的にバランス感覚を上げられる』んだ。ルインさんが目覚めさせてくれたんだぜ!」
「……わたしは、『目が合った人の[潜在能力]が分かる』の。お兄ちゃんと同じ時に、ルインさんにやってもらった」
アースは目を丸くする。見事な空中芸を見せたモレノも凄かったが、ミックのジャグリングが[潜在能力]と無関係だったとは。
モレノの隣にだらしなく立つライオンは、アースを怖がっているのかびびり散らかしている。ショッキングピンクのオウムも廊下から飛んで現れ、ライオンをからかうように嘴で突いた。
「このライオン、スウィートは『他の種類の言語を自在に操れる』んだ。簡単に言えば、人間の言葉も動物の言葉もぺらっぺらに喋れる能力だな」
「……オウムのピンキーは、『声の質・音程を自由に替えられる』の」
兄妹は彼らのことも紹介する。スウィートの妙に人間臭い叫び声も、ピンキーが披露した様々な楽器の音も、[潜在能力]によるものだったらしい。
スウィートは腰を低くして「は、はじめまして」と挨拶し、片手(前足?)を差し出した。アースは恐る恐る彼と握手したが、肉球は思いのほか柔らかい。ピンキーはこちらを突くことなく肩に止まり、クラッカーを鳴らすような声で歓迎した。
「……それで、さっきあなたに言ったのはね」
ミックは思い出したように切り出す。彼女の能力は確か、『他者の[潜在能力]を読み取る』こと。では、先程の言葉は。
「僕の[潜在能力]は『酸素がなくても呼吸が出来る』こと、なんだね?」
ミックは真っ赤になって頷き、顔を背けてしまった。アースも頬を赤らめ視線を外す。もし[潜在能力]が別のものだったなら、自分は今頃命を落としていただろう。[家族]と出会えたのも、ひとつの奇跡だったのだ。
その時、アースはまた疑問が生じた。自分は[潜在能力]のおかげで助かったが、[家族]と同じく、既に目覚めている状態なのだろうか。
「僕も、生まれた時から[潜在能力]を使えてたのかな?」
「……うぅん、もう使えなくなってるみたい」
独り言が聞かれてしまったらしく、ミックは小さな声で補足する。更に、ノレインも複雑そうに「なるほど」と呟いた。
「命の危機に曝されると発動することがあるらしいぞ。私達も話でしか聞いたことはなかったが、本当だったようだな」
彼は椅子から立ち上がり、アースと同じ目線に腰を下げた。
「私達[家族]の旅は、ファンタジー小説顔負けの大冒険でもある。これまで何度大変な目に遭ったか……」
「ルイン、その話は今関係ないでしょ?」
メイラに呆れられ、ノレインは「ぬははははそうだった」と大声で笑い飛ばす。彼はアースの両肩に手を置き、温かい目で見上げた。
「もし君さえ良ければ、[潜在能力]を開花させよう。どうだ?」
アースは[家族]全員に目を向ける。髪の薄い夫、元気はつらつとした妻。同一人物のような双子。少々派手な兄、物静かな妹。情けないライオン、気が強いオウム。ただでさえ賑やかな面々であり、ノレインの言う通り困難も多いのだろう。
自分の[潜在能力]は水中でしか発動出来ない。だが、いつか[家族]の役に立つ時が来るかもしれない。アースは覚悟を決めた。
「わかりました。僕の[潜在能力]、開花させてください!」
ノレインはニヤリと笑う。そして勢い良く立ち上がり、[オリヂナル]の公演本番さながらに口上を始めた。
「それでは、貴方の[
彼はアースの目の前に右手を出した。種も仕掛けもないとばかりに掌を見せ、まるで『手品』をするように、指を鳴らした。
――バチン!
「……ふぅ、終わったぞ」
アースは呆然と椅子に崩れ落ちる。もっと時間がかかると思いこんでいただけに、拍子抜けしてしまった。だが自分の中で何かが目覚めた、という感覚がしっかりと残っていた。
「さて。皆、急いでテントを撤収するぞ! 秒で終わらせて、アースの[家族]記念日を盛大に祝おうじゃないかッ!」
ノレインは両手を叩き、[家族]は歓声を上げながら外に飛び出してゆく。アースはメイラに「こっちはいいから、着替えてらっしゃい!」と服を渡され、車内に取り残された。
アースは窓の外を見る。味気ない風景に不釣り合いの赤と黄色のテントは、夕日に照らされていた。[家族]の笑い声が微かに耳に届き、心が震える。
「(僕も、みんなみたいになれるのかな)」
居場所を失った人々を『癒して救う』、不思議な力を持った[家族]。アースは目覚めた[
『この世界』で不必要な人間などいない。誰にも真似出来ない、たったひとつの力がその身に宿っている。
[オリヂナル]は間違いなく、心に傷を負った人々の『希望』になるだろう。[家族]の『愛』の手はいつか、誰かの未来をも変えてゆくはずだ。
Unhappy boy and the happy circus
(不幸な少年と幸福なサーカス)
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