7章―4

文字数 4,260文字

 数日後、カルク島北東部の港町に到着した。本来なら移動に一週間かかるところだが、ノレインとメイラが交代で運転した結果である(皆、メイラもキャンピングカーを運転出来るのか、と絶句していた)。

 そして計画通り、[家族]総出で資金調達をする予定だったが、事態は急変した。セントブロード孤児院(SB)の卒業生、コンバーが急死した、と現地の『家族』から連絡が入ったのだ。
 話に寄ると敷地内で起きた事故で、スタッフも生徒も混乱しているらしい。そこで急遽予定を変更し、その日のうちにミルド島を出ることになった。



 カルク島とミルド島を繋ぐ連絡船に乗るために、港町の岸壁にキャンピングカーを進める。ノレインの話では、カルク島に来る時も利用したらしい。
 前方の車は検問を済ませ、連絡船に入る。どうやら検査員の車両チェックが行われるようだ。

 制服姿の検査員が二名、車内に入る。しかし彼らは、座席後方に用意したケージを見るなり悲鳴を上げた。膝を抱えて縮こまるスウィートは、ケージの中で飛び上がった。

「じょ、乗船は認められない! こんな危険なライオン、他の乗客に被害が出る!」

 検査員は逃げようとする。メイラは我慢出来ず、ダッシュボードから一枚の証書を取り、彼らに突っかかった。

「この子は呆れるくらいびびりだから、人を襲うような大胆なまねは出来ないわ! それに、あたし達は承認団体なの! 船での移動も初めてじゃないって何度言ったら分かるのよおおおおぉぉぉ‼」

 メイラは[世界政府]認定証兼、[島]間通行許可証を検査員の眼前に押しつけた。検査員はこの書類と、泣き出しそうな顔で懇願するスウィートを交互に見ながら迷っている。

「あぁっ、どっかで聞いたと思ったらやっぱり!」

 その時、急にドアが開いた。検査員とは別の制服の女性が、メイラと彼らの間に割って入る。マリンブルーの長髪を無造作に纏めた姿を見て、夫婦は咄嗟に声を上げた。

「乗船を認めてやってちょうだい。このライオンちゃんは確かに、人を襲うような子じゃなかったわ」

 女性は検査員に指示する。彼らは困ったように顔を見合わせると、スウィートに向かって勢い良く敬礼し、車から降りた。

「あなたとは確か、ミルド島の検問所でお会いしましたよね?」
「えぇ。ちょうど今みたいに乗船拒否されて怒鳴ってたわね」

 メイラは思わず赤面する。女性はひとしきり笑うと、懐から革製のケースを取り出した。

「私は[世界政府]の国際海上保安官、ラテナリー・ルミナスです。あの時は急いでいて名乗れなかったわね」

 全員の頭の中に、長身の『変態』が一瞬ちらつく。ラテナリーは皆の心を読んだかのように、その『変態』の名を出した。

「あのヒビロがすっごく推してたから、一度会って話したかったのよ」
「えっ。私達のこと、ご存じで?」

 ノレインが目を丸くすると、ラテナリーは豪快に笑った。

「もちろん! 団体承認の時に揉めに揉めたんだから簡単には忘れられないわ。でも私はあなた達のこと、賛成派だったのよ? これからも活動、頑張ってね!」

 アースは突如不安に襲われる。この非常事態の中、以前のように公演出来るだろうか。[家族]の様子をこっそり伺うと、予想通り、全員が表情を曇らせている。それでも、ノレインはラテナリーに感謝の言葉を述べた。

 検問は無事に終わり、銀色のキャンピングカーは連絡船の入口を抜ける。
 船内に入る直前、『RC』のロゴが入った貨物用コンテナが一瞬映る。ナタルはそれを鋭く睨む。ラウロはそれを、避けるように顔を伏せた。


――
 二週間後、ミルド島に到着した。
 連絡船から出た後、銀色のキャンピングカーは港町の小さな広場に停車した。ここからSBまでは、一、二週間かかる。

 元々予定されていた資金調達が出来ず、アース、ラガー兄妹、ナタルと二匹の従者は、不要な物を抱えて質屋に出かけていた。

「うっ」

 その帰り道、アースは急に吐き気を催す。すぐ近くの海から、潮風の香りが流れてきたのだ。

「そっか、海を見るのは初めてだったっけ。その気持ちすげー分かるぜ」

 モレノに肩を抱かれ、アースは動揺した。ミックが恐ろしい形相で、兄を睨んでいる。ナタルが吹き出す声も聞こえる。気まずい雰囲気もあり、吐き気はなかなか引かなかった。

 アースとナタルにとって、海を見るのも、船に乗るのも、ミルド島を訪れるのも初めてだった。
 カルク島とミルド島は、深い繋がりがある。カルク島は長い間不毛の地だったが、約百年前、ミルド人によって開拓されたのだ。カルク人は元々ミルド人であり、特徴の違いはない。だがこの地に足を踏み入れた瞬間、故郷に帰って来たような錯覚を覚えた。
 落ち着いた造りの街並みは眺めているだけで、荒んだ心が穏やかになる。留守番中のラウロにも見せたかったな、と、ナタルはしみじみ呟いた。

 豊かな自然に囲まれた、四季に溢れた風土。カルク島にいた頃はあまり感じなかったが、季節は段々と、冬に向かっていた。街の至るところにある街路樹は、赤や黄色に色づいている。

「(まるで、[オリヂナル]のテントみたい)」

 アースは鼻を摘まみながら、街路樹を見上げた。ゆっくりと考える暇はなかったが、今後を思うと寂しくなる。
 公演は続けたいが、今はそれどころではない。それに、安全な場所に逃げられたとしても、今までのように公演出来る状態ではなかった。ラウロは心の損傷が激しく、夫婦も『家族』を失ったショックが癒えていないのだ。

[家族]が大変な時に限って、自分は何も出来ない。アースは、己の無力さを痛感していた。

「ん?」

 その時、アース達は前方に目を留めた。観光客が行き交う中、幼い少年が一人きりで、道端に佇んでいる。彼はぶかぶかの白いキャップを被り、アースやミックより背が低い。地図だろうか、一枚の紙を手に、きょろきょろと周りを見渡している。
 ナタルは駆け寄り、少年の目線と合わせるように屈んだ。

「どうしたの? 困っているようだけど……」

 少年は振り向く。キャップの間からパステルブルーの短い髪が覗き、同じ色の大きな瞳が見えた。

「叔父様の家に用があるのですが、迷ってしまいました」

 少年はアースよりも年下のはずだが、この年代の子供とは思えないしっかりとした口調だ。ナタルは彼の持つ地図を覗きながら、首を捻る。

「うーん、近くに分かりやすい建物とかないかな?」
「……あっ。そういえば、隣にパン屋がありました!」
「オイ、それってさっき通り過ぎたところじゃね?」

 モレノは来た道を振り返り、道の向こうを指差す。家が連なって歩道に面しており、小さなパン屋が一軒、その中にあった。その左隣は、二階建ての民家のようだ。

「そこで間違いありません、ありがとうございました!」

 少年は丁寧に感謝を述べ、その民家に向かって駆け出す。アース達は手を振り、彼を見送った。

「なんか俺たち、いいことしたな!」
「何言ってんの、困ってる人を助けるのは当然じゃない」

 ナタルは調子に乗るモレノを肘で小突き、ミックは鋭い目で兄を睨む。アースは、このありふれた光景を久し振りに見て嬉しくなった。

「さ、みんな待ってるから急いで戻るわよ!」

 ナタルは走り出し、アース達も慌てて駆け出した。

 その後ろ姿を、物陰から伺う者がひとり。白いキャップを被った少年はアース達から目を離さず、歩道に出る。そして音もなく、後を追いかけた。


――――
 夕暮れの街中を、銀色のキャンピングカーが駆けてゆく。もう周りに海の気配はない。流れゆく景色は次第に、森の色が混ざってきた。

「雨か」

 運転席でノレインが呟く。窓の向こうは黒々とした分厚い雲に覆われ、窓ガラスに雨の雫が一つ、二つ。すぐに大粒の雨が降り出した。

「すぐ止みそうにないわね」
「あぁ。もうすぐ夜だし、この辺に停めるとするか」

 ちょうど道路の先に公園があるようだ。速度を落とし、公園内へ進む。キャンプ場としても使われているのか、周りは見晴らしが良く、静かだ。

「よし、皆ご苦労だった。夕食の準備をするからゆっくり休んでいてくれ」

 エンジンが止まった途端、雨の音がひと際大きく鳴り出した。晴れてたら公園で遊びたかったのに、と、モレノが言いたそうだったが、全員おとなしく部屋に向かった。
 ラウロは男子部屋に入る。モレノがいち早く駆けこみベッドに大の字になったが、今は寝転がる気分になれなかった。窓際の椅子に座り、外を眺める。雨は激しく地面を叩きつけ、視界はぼんやりと白い。

『檻』から脱出した後、ラウロはフィードと過ごした時間を頻繁に思い返していた。[家族]と再会出来て嬉しかったが、目を閉じる度に、青い『蛇』の姿がちらつくのだ。
 物音に振り返る。モレノが自分のベッドから下り、アースの隣に寝転がったようだ。

「(こいつらには、気づかれてねぇよな?)」

 ラウロは以前から、『蛇』に襲われる悪夢にうなされていた。『檻』に入る前から度々あったが、[家族]に助けられてからは毎日のように見ている。酷い時には、自分の悲鳴で目覚めることもあった。
 ラウロは口を噛みしめる。認めたくなかった。しかし、一ヶ月近く濃密な時間を過ごして分かったのだ。

「(やっぱり俺の身体は、あいつを求めている……)」

 雨音は相変わらず強く、窓の向こうの景色は、どこまでも白い。
 ふと、公園の入り口に人影を見つけた。その人影は段々と、近づいてくる。

「な、っ……⁉」

 ラウロは心臓が止まりかけた。その人影は紛れもなく、フィードだったのだ。
 土砂降りの中、彼は傘を差さずに近づいてくる。オールバックの青い髪は雨に濡れ、顔に張りついている。フィードはキャンピングカーから五メートル離れた位置で立ち止まり、車内にいるラウロを睨んだ。
 思わず立ち上がってしまう。椅子が倒れる音を聞き、モレノとアースが近寄ってきた。彼らは窓の向こうのフィードを見て、体が硬直した。

「ぁ、あいつを見るな。俺の後ろに隠れてくれ」

 ラウロは震える声で、二人を引き寄せる。そのまま部屋の外に出ると、ナタルが血相を変えて飛び出してきた。

「いい? あんたはここにいて!」

 ナタルはラウロに言い残し、廊下を駆け出す。キッチンで料理中の夫婦はその様子を見て不審に思ったようだが、窓の外を見て悲鳴を上げた。そして[家族]が止める間もなく、ナタルは外に飛び出した。
 モレノとアースにしがみつかれたまま、ラウロも玄関まで辿り着く。ドアは開け放たれている。雨に打たれながら、ナタルは青い『蛇』と対峙していた。


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登場人物紹介

【ノレイン・バックランド】

 男、35歳。[オリヂナル]団長。SB第1期生。

 焦げ茶色の癖っ毛に丸まった口髭が印象的。

 喜怒哀楽が激しくおっちょこちょい。髪が薄いことを気にしている。

 趣味は手品と文章を書くこと。愛称は『ルイン』。

 [潜在能力]は『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』こと。

【メイラ・バックランド】

 女、32歳。ノレインの妻。SB第3期生。

 カールがかかったオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 お転婆で気が強い。怒ると多彩な格闘技を繰り出す。

 趣味は写真撮影。口癖は「まぁ何とかなるでしょ」。

 [オリヂナル]では火の輪潜り担当。

 [潜在能力]は『一時的に運動能力を高める』こと。

【デラ&ドリ・バックランド】

 男、12歳。バックランド家の双子の兄弟。

 明るい茶色の癖っ毛。

 無邪気で神出鬼没。見た目も性格も瓜二つだが、「似ている」と言われることを嫌がる。

 [オリヂナル]では助手担当。

 [潜在能力]は『相手の過去を読み取ること』(デラ)、『相手の脳にアクセス出来ること』(ドリ)。

【モレノ・ラガー】

 男、15歳。ミックの兄。

 真っ直ぐな栗色の短髪。帽子をいつも被っており、服装は派手派手しい。

 陽気な盛り上げ役。割と世間知らずな面がある。妹離れが出来ない。

 [オリヂナル]では高所担当。

 [潜在能力]は『一時的にバランス能力を高める』こと。

【ミック・ラガー】

 女、10歳。モレノの妹。

 ふわふわした栗色の長髪。古びた青いペンダントを着けている。

 引っ込み思案で無口。世話を焼きたがるモレノを疎ましく思っている。

 アースのことが気になっている。

 [オリヂナル]ではジャグリング担当。

 [潜在能力]は『相手の[潜在能力]が分かる』こと。

【アース・オレスト】

 男、10歳。

 さらさらした黒い短髪。

 実の父親から虐待を受け、『笑う』ことが出来ない。

 控えめで物静かだが、優れた行動力がある。

 特技は水泳。年齢の割にしっかり者。

 [オリヂナル]では水中ショー担当。

 [潜在能力]は『酸素がない状態でも呼吸出来る』こと。

【ラウロ・リース】

 男、25歳。

 腰までの長さの薄茶色の髪を一纏めにしている。容姿・体型のせいで必ず女性に間違われる。

 明るく振舞うが素直になれない一面がある。ある事情から[家族]に素性を隠している。

 優秀なツッコミ役。趣味はジョギング。

 [オリヂナル]では道化師担当。

 [潜在能力]は『治癒能力が高い』こと。

【ナタル・シーラ・リバー】

 女、19歳。RC社長の娘。

 肩までのストレートの金髪。瞳は緑色。右耳に赤いイヤリングを着けている。

 母親を殺害した父親に復讐を誓う。

 勇敢で頼もしい性格。

 RCを欺くため男装している。特技は武術。

 [オリヂナル]では動物のトレーナー担当。

 [潜在能力]は『一時的に筋力を上げられる』こと。

【スウィート】

 オスのライオン、6歳。捨て猫と一緒にメイラに拾われた。

 とても臆病で腰が低く、何故か二足歩行する。火が苦手なベジタリアン。

 [オリヂナル]では主に玉乗り担当。

 [潜在能力]は『全ての動物の言語を使える』こと。


【ピンキー】

 メスのオウム、8歳。体の色はショッキングピンク。

 神経質で短気。趣味はスウィートをからかうこと。

 [オリヂナル]では効果音担当。

 [潜在能力]は『声質を自由に変えられる』こと。

【シャープ】

 オスのブルドッグ。ナタルの従者。

 沈着冷静な性格。執事のように振舞う。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『分身を作る』こと。

【フラット】

 オスの猿。体の色は黄色で、種名は不明。ナタルの従者。

 怖がりでよくドジを踏む。人型の時は黄色の短髪の青年(ただし尻尾は出ている)。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『人の姿を取れる』こと。

【ヒビロ・ファインディ】

 男、35歳。SB第1期生。[世界政府]の国際犯罪捜査員。

 赤茶色の肩までの短髪。前髪は中央で分けている。長身で、同性も見惚れる端正な顔立ち。

 飄々とした掴み所のない性格。同性が好きな『変態』。

 ノレインを巡り、メイラと激闘を繰り返してきた。

 [潜在能力]は『相手に催眠術をかける』こと。

【アビニア・パール】

 男、28歳。SB第5期生。占い師『ミルドの巫女』。

 黒い長髪で声が高く、女性に間違えられる。幼少期の影響で常に女装をしている。

 ひねくれた性格の毒舌家だが、お人好しの一面を持つ。職業柄、体を鍛えている。

 ソラとは犬猿の仲。愛称は『アビ』。

 [潜在能力]は『相手の未来が見える』こと。

【ソラ・リバリィ】

 女、25歳。SB第7期生。『Sola』の名で歌手活動をしている。

 空色の長髪を一筋、両耳元で結んでいる。

 天真爛漫な性格。音楽の才能は素晴しいが、それ以外はポンコツ。

 特技はアコーディオンの弾き語り。自他共に認める腐女子。アビニアとは犬猿の仲。

 [潜在能力]は『相手の感情を操る』こと。

【シドナ・リリック】

 女、28歳。ミルド島出身の[世界政府]国際犯罪捜査員。

 同僚であり弟のシドルと共に、ヒビロの部下として捜査に務める。

 明るい緑色のストレートの長髪。

 真面目でしっかり者。策士な一面を持つ。

 海難事故により、[潜在能力]に目覚めている(『相手の記憶を操作する』こと)。

【フィード・アックス】

 男、30歳。RC社長代理。

 青い髪をオールバックにしている。蛇のような細い目が印象的。

 冷酷な性格で無表情だが、独占欲が強く負けず嫌い。

 ナタルの教育係を務めていた。鼻を鳴らすのが癖。

【チェスカ・ブラウニー】

 男、27歳。RC諜報部長。

 薄桃色の長髪を一本に束ねている。瞳は灰白色。灰色の額縁眼鏡をかけている。

 物腰が柔らかく、どんな相手でも丁寧に接する。

 諜報班時代のフィードの部下で、彼のことは『チーフ』と呼ぶ。

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