4章―2

文字数 3,678文字

 約十分後、ようやくラウロが帰還した。何やら紙袋を抱えて勝ち誇った笑みを浮かべている。ラウロはアースの隣に腰かけると、嬉しそうに喋り出した。

「アース、聞いてくれ。俺は店員に勝ったんだ!」
「な、何があったんですか?」

 よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、ラウロは紙袋を高く持ち上げた。

「お釣りをもらいに行ったら店員が知らん振りするもんだから、頭にきて財布の中身とレシートを見せて文句ぶちまけたんだ。そしたらお詫びにおまけしてもらったんだよ。もちろんお釣りも戻ってきたぞ!」
「は、はぁ……」

 思わず「ケチですね」と言いかけたが、はしゃぐラウロを前にアースはぐっと堪えた。

「うんうん、その気持ち分かるなぁ」

 しみじみと頷くソラを見て、ラウロはようやく彼女の存在に気づいた。

「アース、この人は?」
「あっ、ルインさんとメイラさんの友達で同級生の……」
「ソラ・リバリィでーす♪ ひょっとしてあなたも[家族]なのかな?」
「はい。俺はラウロ・リース」

 彼は一拍置き、「男です」とつけ加えた。

「えぇっ、嘘でしょ⁉」
「嘘じゃありません本当です俺は女じゃありません」

 案の定驚くソラに対して、ラウロは怒りを堪えつつ棒読みする。

「んー、確かに声は低いし、何だかあいつに似てるわね……っていうかあいつ遅すぎ! いい加減来てよねあの馬鹿!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!」

 突如聞こえた高い声。その方向へ目を向けると、黒いワンピースを着た女性が仁王立ちしていた。
 その女性は、ソラを睨みながら足早に近寄ってきた。足取りに合わせて、黒真珠のような美しく長い髪がなびく。両手は大量の野菜が入った袋で塞がっているはずだが、全く重くなさそうだ。
 彼女はソラの目の前で立ち止まると、両手の袋を地面に叩きつけた。驚愕するアースとラウロだったが、女性が激しい口調でソラに詰め寄る様子に言葉が出なくなった。

「君ねぇ、何もしないで遅い遅いとか言うんだったら荷物運ぶの手伝ってくれてもいいじゃないか!」

 彼女の気迫に仰け反るソラ。だが負けずに反論し始めた。

「なっ、何よぉ! 力仕事はあんたの役目でしょ? か弱い乙女に押しつけないでよ!」
「はぁ? か弱い? どーも正反対に見えるけどな」
「うるさいわね! っていうか遅刻は遅刻よ! ちゃんと時間は守ってよね!」
「いっつも遅れてくる君には言われたくないな!」
「偉そうに、こんなんだからいつまで経っても恋人ができないのよ‼」
「それはこっちの台詞だ‼」

 ぎゃあぎゃあと取っ組み合う二人。このままだといつまでも喧嘩を続けそうだと確信したラウロは、遂に口を開く。

「あ、あのー……」

 その途端、二人はハッと我に返り同時に顔を赤らめた。

「ごめんなさい、私達会うといつもこんな感じなの……」
「止めてくれてありがとう。次は気をつけるよ」

 騒動が収まり、アース達はほっと胸を撫で下ろした。

「ソラさん、この人がもう一人の……」
「うん、その通り♪」

 アースの質問を理解したソラは女性の肩に右手を乗せ、紹介した。

「この人は私とルイン達の同級生で友達の……」
「アビニア・パール」

 その女性、アビニアは一拍置いて「男です」とつけ加えた。


――
 川沿いの閑静な道路を歩く一行。実は男性だったアビニアが持つ袋のうち片方は、ラウロが受け持った。
 ラウロから渡された『戦利品』を抱えたアースは、大量の野菜が入った袋を見て質問した。

「この野菜、何なんですか?」
「あぁ、これはね、『家族』からの仕送りなんだ」
「実はね、これを届けるためにカルク島まで来たの。そしたらついでに同窓会しようってことになっちゃって」

 二人の言葉を聞き、アースは首を傾げた。

「ってことは二人とも、他の[島]から来たんですか?」
「そうそう。私達はミルド島出身よぉ」
「ついでに言うと、ルインやメイラ、その他諸々の『家族』も皆ミルド島で育ったんだ」

 アビニアは右手の袋を左手に持ち替えた。左手の袋を右手に持ち替えたラウロは、「へぇ」と感嘆する。

「それにしてもルインさんとメイラさん、友達多いんだなぁ……」

 コンクリートで仕切られた川が左側のビル街へと分岐する。分岐点の手前に架かる小さな橋を渡り、一行はビル街へ足を踏み入れた。
 先程まで左側にあった川は、今度は右側を流れている。川の淵を歩いていたアースはソラに促され、彼女の左隣に移動した。

「そういえば、きみ達は[家族]になって間もないのよね?」
「はい」
「そうですけど?」

 頷くアースとラウロを見て、アビニアは困ったように笑う。

「じゃあ僕達のことも、『家族』のことも知らないか。ごめんね、もう知ってるかと思ってたよ」
「ちょうどいいじゃない。せっかく卒業生が五人も集まるわけだから、昔話ついでに説明すればいいのよぉ♪」
「五人? あぁ、そういやあの人も来るんだっけ」

『あの人』という単語を聞き、アースはあることを思い出して足を止めた。今日[家族]を訪れる訪問者はソラとアビニア、そして、まだ姿を見せていない『変態』なのだ、と。

「アース、どうかしたのか?」
「ラ、ラウロさん……」

 アースの緊張したような態度を見て、ソラは無邪気に笑った。

「大丈夫よ二人共、メイラがいれば何ともないから。……でも」

 ソラはアース達の目の前に顔を寄せ、意味深に呟いた。

「あいつの『目』を見たら大変なことになるから、気をつけてね♪」

 一行の先には開けた広場があり、銀色のキャンピングカーが見えた。ソラはスキップしながら走り出してしまい、アースは震えながら立ち尽くす。こちらの様子を見てようやく、ラウロも『もう一人の訪問者(変態)』について思い出したようだった。

「こんにちはぁ!」

 荷物で手が塞がる男子三人の代わりに、ソラが勢い良くドアを開ける。続いてアースとラウロが恐る恐る車内に入ると、幸いにも訪問者はいなかった。

「おかえり、遅かったわね……って、ソラとアビじゃない! いらっしゃい!」
「ルイン、メイラ、相変わらずだね」
「みんなぁ、久しぶりぃ♪」

 テーブルを広げてパーティーの準備をする[家族]は、ソラとアビニアの周りに集まり再会を喜んだ。彼らのことを知らないナタルとシャープ、フラットが戸惑っており、アースとラウロは大急ぎで説明する。

「それよりソラ、いつまでその格好してるんだ?」
「あっ、ごめんごめん。最近変装に慣れちゃってさ。今着替えるね」

 ノレインに指摘されたソラは、ようやく灰色の帽子とサングラスを外した。アースとラウロは思わず息を飲む。
 肩より少し長い空色の長髪を一筋、両耳の位置で結んだ姿。髪と同じ色の瞳はきらきらと輝いている。素顔のソラはとても可愛らしい。
 開いた口が塞がらないアースの横で、ラウロが声を絞り出す。

「思い出した。この人、歌手のSolaだ……」
「おっ。ラウロ、ソラを知ってたのか?」

 ノレインは口髭を弄りながら目を丸くする。何度も頷きながら、ラウロは信じられないとばかりに目を見開いた。

「はい。俺がまだミルド島にいた時、偶然この人のライブを見たんです」
「っていうかあんた、ミルド人だったの?」
「そうだけど、あれ、言ってなかったか?」

 ナタルが細かいツッコミを入れる横で、アースは公園での出来事を思い出す。確かに彼女はアコーディオンの弾き語りをしていた。その歌声に度肝を抜かれたが、やはり歌手だったのか。

「ソラさんって、やっぱり歌手だったんですね」
「そうそう。こう見えても私、ミルド島では結構有名な歌手なのよぉ。だからあの変装はかかせないの」

 しみじみ納得するアースは、アビニアがこっそり「自分で有名とか言うなよ」と愚痴るのを聞いたが、ソラには聞こえていないようだ。

「そういえば、あの変態さんはまだ来てないんだね?」
「……はッ、そうよ忘れるところだったわ!」

 何気ないアビニアの一言に、メイラは大袈裟に反応する。メイラはラウロとアースに迫り、切羽詰ったように忠告した。

「いい? 二人共、もうすぐ変態が来るけど絶対! あいつと! 目を合わせちゃ駄目だからね‼ 分かった⁉」

 殺気にも似た気迫をまともに喰らい、二人はぎこちなく首を縦に振る。その様子を見てソラは吹き出した。

「あはははは、メイラ、その子達にさっき同じこと言っておいたから大丈夫よ!」
「えっ、そ、そうなの?」

 ごめんなさい、とメイラは恥ずかしげに謝罪した。一方、先程の忠告を難しい顔で考えていたナタルは手を挙げて質問する。

「あのー、メイラさん。この二人はともかく、私は……」
「あぁ、ナタルはいいのよ。あたしの経験上『女の子』には無害だから」

 予想に反し、メイラは明るく笑う。ナタルは混乱した様子で更に質問を重ねた。

「えっ、ど、どういうことですか?」
「普通は分からなくて当然だよね。メイラ、あの人が来る前に説明した方がいいんじゃないの?」
「確かにそうね。備えはありすぎるくらいがいいわ」

 苦笑するアビニアの提案に大きく頷き、メイラはアースとラウロ、ナタル、更にシャープとフラットに向けて話し始める。

「いい? あの『変態』はね……」


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登場人物紹介

【ノレイン・バックランド】

 男、35歳。[オリヂナル]団長。SB第1期生。

 焦げ茶色の癖っ毛に丸まった口髭が印象的。

 喜怒哀楽が激しくおっちょこちょい。髪が薄いことを気にしている。

 趣味は手品と文章を書くこと。愛称は『ルイン』。

 [潜在能力]は『他の生物の[潜在能力]を目覚めさせる』こと。

【メイラ・バックランド】

 女、32歳。ノレインの妻。SB第3期生。

 カールがかかったオレンジ色の髪をポニーテールにしている。

 お転婆で気が強い。怒ると多彩な格闘技を繰り出す。

 趣味は写真撮影。口癖は「まぁ何とかなるでしょ」。

 [オリヂナル]では火の輪潜り担当。

 [潜在能力]は『一時的に運動能力を高める』こと。

【デラ&ドリ・バックランド】

 男、12歳。バックランド家の双子の兄弟。

 明るい茶色の癖っ毛。

 無邪気で神出鬼没。見た目も性格も瓜二つだが、「似ている」と言われることを嫌がる。

 [オリヂナル]では助手担当。

 [潜在能力]は『相手の過去を読み取ること』(デラ)、『相手の脳にアクセス出来ること』(ドリ)。

【モレノ・ラガー】

 男、15歳。ミックの兄。

 真っ直ぐな栗色の短髪。帽子をいつも被っており、服装は派手派手しい。

 陽気な盛り上げ役。割と世間知らずな面がある。妹離れが出来ない。

 [オリヂナル]では高所担当。

 [潜在能力]は『一時的にバランス能力を高める』こと。

【ミック・ラガー】

 女、10歳。モレノの妹。

 ふわふわした栗色の長髪。古びた青いペンダントを着けている。

 引っ込み思案で無口。世話を焼きたがるモレノを疎ましく思っている。

 アースのことが気になっている。

 [オリヂナル]ではジャグリング担当。

 [潜在能力]は『相手の[潜在能力]が分かる』こと。

【アース・オレスト】

 男、10歳。

 さらさらした黒い短髪。

 実の父親から虐待を受け、『笑う』ことが出来ない。

 控えめで物静かだが、優れた行動力がある。

 特技は水泳。年齢の割にしっかり者。

 [オリヂナル]では水中ショー担当。

 [潜在能力]は『酸素がない状態でも呼吸出来る』こと。

【ラウロ・リース】

 男、25歳。

 腰までの長さの薄茶色の髪を一纏めにしている。容姿・体型のせいで必ず女性に間違われる。

 明るく振舞うが素直になれない一面がある。ある事情から[家族]に素性を隠している。

 優秀なツッコミ役。趣味はジョギング。

 [オリヂナル]では道化師担当。

 [潜在能力]は『治癒能力が高い』こと。

【ナタル・シーラ・リバー】

 女、19歳。RC社長の娘。

 肩までのストレートの金髪。瞳は緑色。右耳に赤いイヤリングを着けている。

 母親を殺害した父親に復讐を誓う。

 勇敢で頼もしい性格。

 RCを欺くため男装している。特技は武術。

 [オリヂナル]では動物のトレーナー担当。

 [潜在能力]は『一時的に筋力を上げられる』こと。

【スウィート】

 オスのライオン、6歳。捨て猫と一緒にメイラに拾われた。

 とても臆病で腰が低く、何故か二足歩行する。火が苦手なベジタリアン。

 [オリヂナル]では主に玉乗り担当。

 [潜在能力]は『全ての動物の言語を使える』こと。


【ピンキー】

 メスのオウム、8歳。体の色はショッキングピンク。

 神経質で短気。趣味はスウィートをからかうこと。

 [オリヂナル]では効果音担当。

 [潜在能力]は『声質を自由に変えられる』こと。

【シャープ】

 オスのブルドッグ。ナタルの従者。

 沈着冷静な性格。執事のように振舞う。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『分身を作る』こと。

【フラット】

 オスの猿。体の色は黄色で、種名は不明。ナタルの従者。

 怖がりでよくドジを踏む。人型の時は黄色の短髪の青年(ただし尻尾は出ている)。

 [オリヂナル]ではナタルのパートナー担当。

 [潜在能力]は『人の姿を取れる』こと。

【ヒビロ・ファインディ】

 男、35歳。SB第1期生。[世界政府]の国際犯罪捜査員。

 赤茶色の肩までの短髪。前髪は中央で分けている。長身で、同性も見惚れる端正な顔立ち。

 飄々とした掴み所のない性格。同性が好きな『変態』。

 ノレインを巡り、メイラと激闘を繰り返してきた。

 [潜在能力]は『相手に催眠術をかける』こと。

【アビニア・パール】

 男、28歳。SB第5期生。占い師『ミルドの巫女』。

 黒い長髪で声が高く、女性に間違えられる。幼少期の影響で常に女装をしている。

 ひねくれた性格の毒舌家だが、お人好しの一面を持つ。職業柄、体を鍛えている。

 ソラとは犬猿の仲。愛称は『アビ』。

 [潜在能力]は『相手の未来が見える』こと。

【ソラ・リバリィ】

 女、25歳。SB第7期生。『Sola』の名で歌手活動をしている。

 空色の長髪を一筋、両耳元で結んでいる。

 天真爛漫な性格。音楽の才能は素晴しいが、それ以外はポンコツ。

 特技はアコーディオンの弾き語り。自他共に認める腐女子。アビニアとは犬猿の仲。

 [潜在能力]は『相手の感情を操る』こと。

【シドナ・リリック】

 女、28歳。ミルド島出身の[世界政府]国際犯罪捜査員。

 同僚であり弟のシドルと共に、ヒビロの部下として捜査に務める。

 明るい緑色のストレートの長髪。

 真面目でしっかり者。策士な一面を持つ。

 海難事故により、[潜在能力]に目覚めている(『相手の記憶を操作する』こと)。

【フィード・アックス】

 男、30歳。RC社長代理。

 青い髪をオールバックにしている。蛇のような細い目が印象的。

 冷酷な性格で無表情だが、独占欲が強く負けず嫌い。

 ナタルの教育係を務めていた。鼻を鳴らすのが癖。

【チェスカ・ブラウニー】

 男、27歳。RC諜報部長。

 薄桃色の長髪を一本に束ねている。瞳は灰白色。灰色の額縁眼鏡をかけている。

 物腰が柔らかく、どんな相手でも丁寧に接する。

 諜報班時代のフィードの部下で、彼のことは『チーフ』と呼ぶ。

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