8章―2
文字数 4,180文字
ラウロが稼いできた資金と、ヒビロからの見舞金を得た[家族]は、近くの街まで(徒歩で)買い出しに出かけた。従って、久し振りにまともな朝食を口にすることが出来たのだ。
銀色のキャンピングカーの修理用品も揃い、朝食後、ノレインは外で作業を始めた。
「そういうことさ。データは今度会う時に渡すからな」
リビングでは、携帯電話片手にノートパソコンを操作するヒビロがいた。電話の相手は、部下のシドナだろう。ヒビロは通話を切ると、ボイスレコーダーからメモリーカードを出し、パソコンに挿入する。
ヒビロは朝の買い物のついでに、滞在していたホテルから荷物を全て持ってきたようだ。『また襲撃されるかもしれないだろ?』と、ここに泊まる気でいるらしい。
[家族]は大真面目に作業する彼を見て、そういえばこの人は[世界政府]の役人だったのだ、という事実を思い出していた。
「そういやナタル、ちょっといいか?」
ヒビロはふと手を止め、ナタルを呼ぶ。キッチンで洗い物をしていたナタルは、ヒビロの隣に座った。
「データを聞いてて思ったんだけどな。あの野郎は、君のお母さんの事件は全く知らないんじゃねーか?」
「えっ⁉ まさか……」
「関わっていたなら、あんなに切羽詰まって居場所を聞くなんておかしいぜ?」
ナタルはあの日のことを思い返す。フィードは自分の正体に気づいた後、確かに言っていた。
――奥様は、シーラ様はご一緒ではないのですか⁉
ナタルは、フィードも事件に関わり、真相を知っていると思いこんでいた。あの時は怒りで気づかなかったが、何も知らないのであれば、ほぼ同時に失踪した二人が一緒に逃げた、と考えるのが普通ではないか。
「もし、本当に知らなかったとしたら……」
「あぁ。これは大きな手がかりだ。他の誰かが共犯か、あるいは単独の犯行か」
ナタルは、ごくりと喉を鳴らす。事件の謎が、少しずつ明かされてきたようだ。
「幸い、俺が[家族]の関係者だってことはまだ気づかれてない。今度聞きこみに行った時に社長夫人と社長令嬢のこと、さりげなく聞いてみるさ」
ヒビロはニヤリと笑う。しかし、あのフィードがそう簡単に応じるだろうか。詳細が分かってきても決定的な証拠は、依然としてないままだ。
「な、何だこれはッ⁉」
その時、ノレインの叫びが聞こえた。全員が外に出ると、彼は車体の底を覗いていた。
地面に散らばる工具と備品をかき分け、彼の薄い後頭部を見ないようにして覗きこむ。車体の底に、丸い金属片がテープで貼られていた。ノレインはそれを慎重に剥がし、掌に乗せる。
「こりゃ、小型の発信機だな」
ヒビロはそれを摘まみ、端正な目元を細めた。皆一斉に悲鳴を上げかけ、慌てて口を塞いだ。ノレインは辺りをくまなく見渡し、声を潜めた。
「一旦、中に入ろう」
車内に入り、テーブルの上に発信機を恐る恐る置く。
「もしかして、ここに着いて早々フィードに見つかったのは、これのせい?」
ナタルは金属片を睨みながら声を震わせた。誰からも返答はないものの、きっと全員が同じことを思っただろう。ヒビロは、あることを思い出したのか長い溜息をついた。
「あぁ、たぶんな。昨日街を歩いてたら、あの野郎を偶然見かけたんだ。後をつけて行った先に、ラウロがいたのさ。恐らく、この空き地にいることもばれてるかもな」
――お嬢様、貴方は我が社の諜報部を甘く見ていらっしゃる
フィードの言葉を思い出し、ナタルは背筋が凍りついた。相手はRCの元諜報班長なのだ。[家族]のことも既に知られており、きっと、銀色のキャンピングカーが移動手段だということも知っているはずだ。
「まさか、RC本社に行った時からつけられていたのか?」
「それはないと思うわ。もしそうだったらあたし達、とっくに捕まってるはずじゃない」
夫婦は顔を見合わせる。ラウロ救出から港に着くまでは数日しかかかっておらず、しかも、ほぼ停車していない。
「海の上は考えにくいわよね。だったら、ミルド島の港に到着してから、出発するまでの間?」
「えぇっ、ほんの一時間だぜ!」
ナタルが予想すると、すかさずモレノが反論する。ミルド島の港には、一時間程度しか滞在していない。しかし、まとまった停車といえばそれくらいだ。
「カルク島から出ること、読まれていた可能性があるな」
黙って聞いていたヒビロは、顎に手を添えて呻く。全員が口をつぐんだ。
RCは、世界中の港に拠点を設けている。乗船の際もロゴマーク入りのコンテナを見かけたが、もし港を見張られていたとしたら確実に、姿を見られたはずだ。
到着までは二週間程かかっている。その間に、いくらでも準備は可能だ。
「だったら、こうすればいいのよ!」
メイラは発信機を手に取ると、片手で握り潰した。金属片は粉々に砕け散る。その一瞬の出来事に、皆開いた口が塞がらなくなった。
「な、な、な、何やってんだ! そんなことしたら向こうに気づかれるだろ⁉」
「別にいいじゃない。すぐ移動しちゃえば分からなくなるわよ」
取り乱すヒビロに、メイラはしれっと受け流す。呆然と二人の様子を見ていた[家族]は、一斉に笑い出した。
――――
時刻は進み、昼に差しかかる。ノレインは相変わらず外で修理作業を続けている。何もすることがない[家族]は、リビングで待ちくたびれていた。
「これからどうしましょ……」
「どうするって、何がっすか?」
「決まってるじゃない。お金の問題よ!」
メイラはモレノの問いに、声を荒げる。今回はラウロのおかげで助かったものの、今後同じ手は通用しない。フィードが待ち構えている可能性があるのだ。
逃亡生活は避けられないが、そうなるとやはり、まとまった資金が必要だ。今は特定の仕事を持たない彼らが、生き延びる術はあるのか。
それぞれがひたすら悩んでいると、外から話し声が聞こえた。ノレインが誰かと会話しているようだ。不思議に思ったメイラが玄関まで駆け寄り、ドアを開ける。
「あぁっ、やっぱり!」
玄関の先には、キャスケットを被った女性がいた。彼女はメイラを見ると目を輝かせ、近寄ってくる。褐色の肌にくすんだ緑色の髪。その女性は、クィン人だった。
ミルド島の南に位置する[島]、クィン島。その[島]で生きる人々は、髪と瞳の色が多彩なミルド人、カルク人と異なり、似たような見た目を持つという。[家族]全員、クィン人に会うのは初めてだった。
「あのっ、あなたは……メイラ・グロウさん、ですよね⁉」
その女性は、興奮した様子でメイラに話しかけた。メイラは困惑しながら、返答する。
「今は名前が変わってるけど、確かにそうよ。あなたは?」
「私、カームマインド出版社のケイティ・マドレーです!」
その女性ケイティは、明るい笑顔で全員に挨拶する。一方、メイラは彼女の所属先を聞き、にっこり笑った。
「そうなのね! せっかくだからあがって、ゆっくりしていってちょうだい!」
急に歓迎し出したメイラに皆混乱する。ノレインは室内に入りながら、[家族]にそっと耳打ちした。
「カームマインド出版社は、メイラが昔写真家として勤めていた会社なんだ」
ケイティはメイラに勧められ、テーブルの前の座席につく。
毛先のはねたショートカットの髪型に、チェック柄のサロペット。とても動き易そうな格好をしている。そのカジュアルな姿から年齢は、ラウロよりも年下か。彼女は座席に着いても、内装を楽しげに眺めていた。
「ケイティ、だったわね? あたしのこと、何で知ってたの?」
メイラが訊ねると、ケイティは肩にかけていたバッグから一枚の写真を取り出した。全員が覗きこむ。そこには、赤と黄色のテントと銀色のキャンピングカーが写っていた。
「昔、[オリヂナル]の公演を見たことがあるんです!」
皆一斉にどよめく。ケイティはその写真を懐かしそうに眺めながら、話を続けた。
「私はクィン島出身ですけど、一人前の記者になりたくてミルド島に来たんです。でも、どこの出版社もクィン人の私を雇ってくれなくて。諦めかけた時、[オリヂナル]に出会いました」
夫婦に向かって、明るく笑いかける。その笑顔は、希望に溢れていた。
「あの公演を見て、もう一度頑張ろうって思ったんです。それからすぐに、今いる出版社で働けることになって……メイラさんが昔いたことは最近知ったんですけど、とっても驚きました! たまたま今日、同僚からこのキャンピングカーを近くで見たって聞いて、もういてもたってもいられなくて来ちゃいました!」
アースは思わず言葉を失う。偶然という偶然が重なりすぎて、信じられないような話だ。ケイティは立ち上がると、全員に向かって深々と礼をした。
「私がこうしてここにいられるのは、皆さんのおかげなんです。いつか会ってお礼をしたいと思ってました。本当に、ありがとうございましたっ!」
ノレインとメイラは顔を見合わせ、にっこりと笑い合う。その当時[家族]ではなかったアース達も、嬉しい気持ちになった。
「見たところ、新しいメンバーが増えてますよね? 次の公演の予定って、もう決まってるんですか?」
ケイティはアース、ナタル、ラウロ、そして彼らと同列に座るヒビロを順番に見ながら質問した。[家族]揃って複雑な表情になる。ノレインは、とても言いにくそうに返答した。
「いや、今はちょっと色々取りこんでて、公演が出来る状況じゃないんだ」
「公演どころか、明日食える金もないっすからね」
「モレノ!」
モレノの余計な一言に、メイラが鋭い視線を向ける。しかしそれが耳に入ったらしく、ケイティは興奮した様子でテーブルを叩いた。
「ひょっとして、仕事を探しているんですか? だったらメイラさん、私の出版社でまた働いてくださいっ!」
突然の提案に、メイラはうろたえる。
「えっ、ぁ、あたし一度辞めた身なのよ? とても今更……」
「うちの編集長は今でもメイラさんの写真、お気に入りなんですよ。それに! 私、[オリヂナル]のために何か恩返しがしたいんです!」
メイラはすがるようにノレインを見る。
「メイラなら大丈夫だ。昔みたいに活躍出来るに決まってる」
「そうです! 編集長には私が何とか言いますから!」
ノレインとケイティに後押しされ、メイラは頬を赤らめながら小さく頷いた。
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