アメノハバキリの隠し場所が、それは異界

文字数 3,035文字

第十五話 魔剣への途 
 八龍大社とは――
 梨恵は生まれも育ちも〇市だがこの神社のことは知らない。寺の僧侶や古参の寺務の人に訊いてみても分からない。スマホナビでも市役所配布の住宅地図にも記載がない。
 あの鬼たちは、確かに八つの龍の大きな社と言った。そこに大地に眠れば全ての厄災を封じ込め、揮えば天下の覇権をもたらす魔剣が収められている。いつもは力ある神さんが護っているが今は神さんの力が弱まっている。その隙を狙う悪いもんが居る。夜ごと鬼たちに穴を掘らせてる。手伝えば少しだけ米をくれる。腹を空かせた鬼たちは挙って参加していると云う。
 困った。神社のことはやはり幼馴染の仙波清人だろう。彼は隣の〇市の白鷺神社の宮司で、信仰を失った神を見つけ出し、その神は第三次世界大戦を未然に防いだ。その神とはどうやら魔剣を護っている神と同じらしいのだ。
 すぐさまこれまでの経緯を話し調べてもらった。今日はその報告の日。造営した緋河神社に集った。清人の妻の陽菜も一緒。彼女もご祭神の成したことを知っているひとり。白木の綺麗な社のことはSNSでアッという間に拡がり、コロナ禍での散歩目的で毎日結構な参拝者が来る。この日も外では二拍手と大鈴、賽銭の音が響いている。
「神社本庁に問い合わせたけど八龍大社はやはりなかった」
 清人はアッサリと否定した。
「えっ?でも」そう云う梨恵を遮って話しを続ける。
「神社本庁は明治神宮を本宗として全国の神社を統括する宗教法人のこと。属さない神社も多いんだよ。靖国さんとか伏見稲荷さんとか独自で法人を作っている。お寺で云うと宗派に属さない単立寺院ってとこかな? でもそれじゃ、今回は説明がつかない。だから端から存在を隠したかったんじゃないかな? 八龍さんの縁起を聞くと、人が来て拝んで貰う必要がないよね。それどころか、なるべく人から隠しておきたかった」
 梨恵にもだいぶ事情が読めて来た。同い年の陽菜も頷いている。
「うちの神社もかなり古い。だから古文書(「仙波家文書」)を調べてみた。そしたら出て来たんだよ。幻の社の存在が」
 清人は買って来たスタバのアイスラテを手に取った。どうやら熱くなる喉を潤したかったよう。梨恵は、第三次世界大戦が終わりを知らせる清人の震える声を思い出していた。どうやら大発見をしたよう。
 ラテのプラケースから大粒の汗が床上に滴り落ちた。
 「十四世紀に新田義貞という武家の棟梁が鎌倉幕府を滅ぼした。そこまでは良かったんだけど政権抗争に敗れて、後に室町幕府を創った足利尊氏に攻め込まれた。この地に逃げ帰った義貞は起死回生を狙った。
 それが『天羽々斬(アメノハバキリ)』だよ。古からの言い伝えがあったようだね。手にすれば天下を治められる魔剣。早速、義貞は陰陽師(政府公認の占い師)に在処を調べさせた。仙波家が召し抱えていた陰陽師は優秀だった。占いだけに頼らず近在の寺社や名家に残る文書類を足で調べ歩いた。
 その結果、いまは多摩湖の底に沈んでいる庚申塚(かのえさるの年月日に大厄災から護る仏神塚)から表に猿田彦と記された木札を見つけた。猿田彦とは日本神道の塞神(ふさぎがみ)。
 裏には何も書かれていなかった。そんな筈はない、と陰陽師は睨んだ。だって塞神だからね。普通は塞いだものが記されている。彼はピンと来た。ここには知られたくない秘密が隠されていると。
 陰陽師だからね、隠し事の探索に関してはプロだ。蠟燭の火で少しずつ炙ってゆくと文字が浮かび上がって来た」(柑橘類の汁で描いたものは炙ると黒く浮き出る)
 「ハクさんはなんだか、いま流行の講談師みたいだね。
        ♪さてさて、皆の衆、これからが本題だよ♪ 」
 陽菜が扇子を叩く真似をした。梨恵は陽菜と顔を合わせて笑った。
 清人は揶揄われていると思い拗ねた顔付をする。
「清人は相変わらずだね。一生懸命な清人を見ると女子たちは可愛く思うんだよ。それは小学生の時と一緒。話しはいよいよ核心だね。それで……」
 梨恵が清人を促す。
「うん、ああ、どこまで話したっけ、あ、そうそう、『天羽々斬(アメノハバキリ)』と聞いて合点の行くことがある。この近くの神社の大木、樹齢何百年の大楠とか大銀杏とかが背丈の半分ほどで真横に断ち切られているんだよ。見るたびに何でかなと不思議に思ってた。雷だったら縦に切られるよね。だからこの魔剣を塞ぐには相当苦労したんじゃないかな、ヒカワヒメは。大暴れする魔剣を押し込めた。ふぅ」

 清人は思いついたように、持参の地図を拡げた。地図とは言っても見慣れた地形図ではなく地名と地名を線で結んだ、清人自らが描いた簡単なもの。そこには、次のように書き込まれていた。(〇大学の古文書の専門家に解読を依頼した)
 そうし―りくいつき―散らかしのかみ―とお〃の途―てんみや―子失し乃お〃もん―あらふたのかみ―ふさぎし御て―やつ多津のやしろ―天津大刀 
「ええ? なんのこっちゃ。さっぱり分からん」
 梨恵と陽菜は首を傾げる。清人は用意していたもう一枚の地図を並べた。
「いいかい」なんだか偉そうだ。揶揄われたお返しのつもりか。
 そこには次のように見慣れた清人の字で書き換えられていた。
 誓詞橋―六斎堂―大六天―十王塚―星の宮―梨子の木戸―荒幡―小手指が原―八龍大社―天羽々斬
「ああ、なるほど、この辺の地名ばかりだね」
 陽菜が二枚の地図を食い入る様に見つめている。と、梨恵が、
「六斎は八、十四、十五、二十三、二十九、あと三十日のこと。悪鬼が人命を奪う不吉な日。大六天とは天魔だ。仏の道を妨げる。あと十王は仏さまの十尊。この前仏教の勉強をした。あとは分からない」
「うん、仏教関係で云うと幡も旗のことで仏の印だから荒ぶる仏で不動明王って感じだね。(実際は荒ぶ五色旗(仏)との意だった)小手指はうちの神社の縁起にも「御手押し」とあってスサノオノミコトが悪鬼を大地に塞いだ土地とある。星の宮は神々の故郷のこと。木戸は門、入口で梨子とは子を失くす意味だから不吉な門だね」
 清人は二人が納得するのを見てから続けた。
「八龍大社が実際に無いのはこの世のものじゃないからだよ。あと八龍とは八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した『天羽々斬』に由来している。これは僕の推測だけど、この地図の通りに辿れば異世界の八龍大社に辿り着ける。ただ問題は最初の誓詞橋。ここで何かの誓いの詞を述べる必要がある。挑戦権を得られる訳だ」
「誓いの詞は分からないの? ハクさん」
「分からない。簡単に分かっては困るだろうし、端から無くて最初に資格を神仏に試されるということかもしれない。つまり言葉を発する者の資質に掛かるのかも」
 三人はしばらく沈黙した。この三人は神のみ業を識っている者たち。八龍大社に纏わる伝説もきっと本当のことだろう。
 アイスラテの氷がスッカリ溶けた時、梨恵が、
「神や天使、悪魔だったら誓詞橋を通れるかな? 」
「新田義貞もムリだった。たぶん太古の昔から数えきれない人間が魔剣を手にしようと企んだけど誰も成し得ていない。『天羽々斬』は神の剣。土台、人間には扱えないのかもしれないね」
 清人は本音を漏らした。すなわち、このままでは悪魔の手に落ちる。いや、もう落ちているかもしれない。夫妻はまだ地図を覗き込んでいる。
 梨恵は祭壇の前に立ち、ご祭神を覗き込んだ。
「ヒカワヒメさん、急がなくちゃね! 」
 キラリ、翡翠の瞳が輝いた。

第十六話に続く
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