悪魔の罪状、それは人間の性にも紐づく……

文字数 4,191文字

第十六話 悪魔の罪状
 例の十字路、悪魔を召喚する。出て来た悪魔の名を聞いてさすがの夏樹も驚いた。取引の内容をあらかじめ知ってるのではないかと思うほどだ。まぁ、悪魔なのだから当然のことかも知れないが。
 アバドン――
 地獄の王、番人とも言われる。大天使の力を持つ堕天使。あの魔王ルシフェルを千年間、幽閉したとされる。悪魔に千年はほんのわずかな時かもしれない。けれど魔王を閉じ込めるほどの力を持っていることは確かだ。
「リトリート(眷属)はそれぞれの立場を主張しながらも常に拮抗を保って来た。この星を壊したりはしない。地球が無くなれば我々の存在する多次元も失くなってしまう。『腐者弱食』という概念を識らねばならない。強き者もやがて衰える。その身だけではなく、強き者が造った利までをも弱者が喰らう。知らず知らずにな。それも世の習い。『弱肉強食』だけが全てではない。
 リトリートは人間の縋る気持ち(信仰)によって形作られている。しかしこの縋る気持ちは一筋縄には行かない。人間たらしめる欲と裏腹の関係にある。故に恨み、憎しみなどドス黒いものまである。
 それでも、リトリートは常に信仰に従って来た。主(しゅ)しかり、ルシフェルしかり。信仰を塞ぐ訳にはいかぬ。
 今回の魔王はいささか度を超した。しかし阻止する天使は現れなかったようだ。だから辺境の太古の神が立ち上がった。
 実は、主をはじめ大天使たちは信仰渦巻く新たな星に行っている。信仰は我々の生きるよすがなり。故にこの星のリトリート(眷属)の数は減っている。
 エノク語を操る人間よ。魔王は私が阻止しようぞ! 」

 アバドンは掻き消えた。
 車の中で夏樹は考える。これでよかったのか? アバドンはルシフェルを塞ぐと誓った。
 魔王の罪状――
 貧困、格差差別、暴力、食糧難、気候変動、悪魔が好む環境に世界を替える。そこに未知の疾病コロナウィルスを撒き散らす。フェイクニュースと陰謀論をSNSで拡散し人心を混乱させる。サイバー攻撃で国同士を疑心暗鬼の状態にする。そこで始まったのが中国、ロシア、北朝鮮による侵攻。第三次世界大戦勃発寸前。
 ここまでは悪魔の魂胆通りに進んだ。ところがだ。日本の太古の神が一瞬にしてたわわに実ろうとした果実をもぎ取ってしまった。 
 世界は一旦、黙示録で予言された四つの厄災(疾病、飢餓、戦争、支配)から救われたかに見える。しかしながら貧困、格差など暗躍する環境には変化はない。それどころか魔手は果てしなく伸びてゆく。魔王は米軍をアフガンをはじめ中東から撤退させ再び不安定化させた。たぶん、次の恐慌の幕が上がったのだろう。課程で時空マジックを使った神を確実に封じにかかる。
 夏樹は家の中を騒ぎ回る子供たちの将来を考えていた。
 そう、これで良かったんだ! BMWのアクセルを全開にした。
 夏樹は夜明けが迫る見慣れた街並みを自衛隊基地に向って疾走する。
 いまはアバドンとの取引の内容を考えまい。世界が救われてからジックリ考える、それで佳いではないか。敵の主力基地を殲滅し帰路に着く兵士。気分は晴れやかだ。まさか敵戦闘機にロックオンされてるなんて、夢にも思わないだろうよ。
 夏樹はBMWのエクゾーストシステムから発せられる軽やかなサウンドにいっとき身を委ねた。

 ところ替わって、教団えにしの内部。藤野真奈は布教本部長室に来るように呼ばれた。こんなことは初めてだ。目立たない女子なのになんで? ふと、この前受付の女の子に両親からだと受け取った手紙のこを思い浮かべた。
 修行中は面会謝絶が原則。教団に入る時に今からは山奥での修行だと思って欲しいと言われた。それを咎められるのか? でも、受付の子は秘密ね! と渡してくれた。何かの企みにはめられたのかな。そんなことを考えているうちに部長室のドアが開いた。
 真奈はとにかく信心深い。お守りだと言われたものは必ず身に付ける。例の黒石も首から下げている。念のため急いで見えないように上着の下に入れた。
 ヨカッタ! 真奈は胸を撫でおろす。話しの内容は全く別物だった。
 あなたは大変よく修行をしている。教団内から成績上位三人だけを選んだ。違う宗教との交流会に参加して貰いたい。日時は追って知らせるというものだった。
 真奈は素直に嬉しかった。昨年のはじめ、教団が前身の「霊感占いエニシ」だった頃から信者になった。高校を出て津軽の信用金庫に就職したが馴染めない。そんな時に「霊感占い」を週刊誌で見た。
 散々に迷い躊躇った挙句に電話をする。最初の十分は無料だが次の十分からは五千円ずつ課金されるシステム。真奈は占い師の巧みな話術と口下手なのも手伝って、時間も忘れ一時間も話し込んでしまった。それでも、自分の気持ちに納得が行った。悩んでいたこともスッキリし何故か自分に正直になれた。
 真奈は一週間に一度は電話するようになった。霊感占い師は指名制。最初からカズマだった。若い男性で透き通る聲にウットリした。そのカズマの誘いで上京し「教団えにし」に発足当時から参加した。両親には臨床心理士の資格を取りたいと嘘を言った。あとで殆ど連絡を寄こさない娘を心配したのだろう。徹底的に調べ新興宗教に入信したことに気付いたようだ。
 一般教団員は☆五つで評価される。真奈は電話占いの時からグッズも購入していたし、正式に入会にあたって二百万円を寄進していたこともあって三つ星だった。☆☆☆マークのバッジを貰える。ほとんどが☆一つの中でそれだけが自慢だった。
 でも四つ星、五つ星の人も居る中でなんで自分なのか? きっと真面目なだけが取り柄の私を評価してくれたのだ。皆勤賞のようなものだ。信用金庫にもあった。嬉しくて、そのことを同室のウーパさんに話した。
 ウーパさんはパキスタンの人で留学生だった。外国人は案外といるので気にはならない。髪色も黒だし日本語も流暢だった。
「真奈さん、出掛ける時は言ってね。黙って行かないで」微笑みながらも寂しそうな顔付をする。ウーパさんとは一番気が合う。お姉さんで何でも相談できる。的確なアドバイスをくれる。
 学んでいる仏教についても釈迦のことも話してくれる。釈迦とは教団の教祖様、教祖様が属する〇宗の宗祖様、そのまた先の始まりの人だ。どえらい昔だ。なのにちょっと前に会ったような話しをする。なんとも不思議。
 真奈の中でのお釈迦様とは瀟洒な大きな宮殿に住んで、豪華な衣装で美しい華が咲く大樹の下で、集まって来た人々に優雅に説法を説く、そんな印象だ。でもウーパは笑いながら、釈迦には住まいなんてない。いつも大きな岩の下とか、洞穴、大きな樹の下で寝ていた。衣装はワッパと呼ばれる一枚布を被るだけもの。しかもいつも同じもの。だから薄汚れて傍によると臭かった、と言う。
 大講堂で「般若心経」の大合唱をするけれど、その中で特に有名な「空即是色、色即是空」の一説については、釈迦はそんな難しい言葉は決して言わない、と断言する。だって、奴隷は文字も読めないし書けない。難しい話しは分からない。欲しいのは食糧飲水薬草だけ。あとは幸せに暮らせて死んで行ける言葉かな。例えば、
 シャーンティ・サーダカ 平穏を得られる
 シャーンティ・サンカルバ・アハンカーラ 安寧を決意する
 じゃ、「般若心経」をはじめとするお経は誰が造ったの?
 ウーパはちょっと首を傾げて、それで儲けたい人が考えたんじゃない。釈迦の廻りには弟子になって何とか利を得たいと思っている人間がたくさん集まっていた。そんな輩が「釈迦のありがたいお話」として経典を造って販売した。それはきっと尊敬されたし儲かったでしょうね。またクスクス笑う。変な人だ。でも優しい。
 ウーパは自分と違って美貌の持ち主だ。きっとモテたに違いない。そんなことを訊くと人の幸不幸は容姿では決まらない。私はずっと夫のDVに悩んで来ました。真奈も気を付けてと言われた。
 真奈は男性と付き合ったことがない。中学高校と好きな男性も居なかった。劇的な変化は霊感占いの電話を握った時からだ。カズマに心が動いた。まだ顔も知らないなのに。でも絶対にジャニーズ系の端正な顔立ちの若者に違いない。
 真奈の直感は当たっていた。カズマは憧れ、オシの存在。教団では霊感占いを手ほどき出来る中師の立場で一般信者とは一線を画される。それでも団体行動があると必ずカズマの居るグループに入った。彼も占いの電話のことを覚えていてくれて、いつも手を挙げて挨拶してくれる。心は躍る。
 ある時ウーパから「カズマはやめときなさい! 」とハッキリ言われた。彼の心は我欲に蝕まれている。ウーパはいつもと違って厳しい眼差しだ。やがてそれを裏付ける事件が起きた。教団内のスキャンダルとしてマスコミが一斉に報じた。強制猥褻事件の参考人として教祖様をはじめ数名が警察に呼ばれた。カズマもそのうちのひとり。
 教団広報はでっち上げ、貶める誹謗中傷と反論し、信者にはマスコミの取材には一切応じないようにと緘口令が敷かれた。真奈はどう考えて良いのか分からない。カズマはそんなに悪い人間には思えなかった。きっと何かの間違いだ。
 信者の間でも動揺が走った。それでも思いは真奈と一緒だ。出て行く先がないのだ。自分の居場所はここと決めて入信した人たちがほとんど。世の中には、生き方を自分では決められない人だっているんだ。
 ウーパは違った見方をする。所詮人間が成すこと。必ず欲得が付き纏う。男たちが束ねる集団で、その中に若い女子が居るならば当たり前に起こるとだろう。釈迦だって三人の妻、子持ちだった。
 えぇ、じゃ、どうすればいいの?
 しばらく様子をみればいい。ダメな教団ならば自然に消えてい行く。真奈が本当に霊感占い師になりたいならば、仏教の宗派に入門すればいい。僧侶になれば他者を援ける機会も増える。物事は考えようだ。その時になれば真奈は選ばなければならない。必ず道は見えるだろう。そうか、ヨカッタ!
 さてさてある日、真奈は玄関口に来るよう呼ばれた。急いで行くと、若い女性信者が二人と真野裕子、アラブ人の女性が居た。真奈は他の四人と共に教団の車に載せられた。行く先は分からない。真奈のポケットにはウッパ―から渡されたお守り袋(超小型GPS)が入っている。

第十七話に続く
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