いよいよ魔王との闘いがはじまる――

文字数 2,599文字

第十八話 魔王との闘い
「ほお、我が{漆黒の瞳}から逃れるとは褒めてつかわす。ゴータ、イエスとムハンマド、そなたが四人目かもしれぬな。では、いよいよ、この神剣を使う時だな」
 魔王は「天羽々斬」を頭上に擡(もた)げようとしている。
 瞬間、髪の毛に付いているチガヤが光った。空は眼をつぶってカミさん(ヒカワヒメ)のことを深く念じた。そして、
「剣よ、こっちへ来い! 」と命じた。
 するとどうだろう。「天羽々斬」は素早く魔王の手から離れ、空の前、宙に浮いている。モモが不思議そうに吠える。
 魔王が言っていた「誓いの詞」とはこのことだった。「天羽々斬」は契った主(あるじ)にのみ従属する。
 次に、
「ヤクサノイカツチよ、こっちに来い! 」
 雷の神は立て続けに迅雷を落とし強力な磁場の籠を造り呆然と立ち尽くすネフィリムのスハイブを閉じ込めた。イカツチは空に軽く手を振り、眩く輝く光の籠を何処にか持ち去った。
 空はさらに、
「ウケモチよ、こっちに来い! 」
 食物の神は大量のお餅を魔王ハッカニに投げつけた。時間を稼いでくれている。
 ヒメさんからは、どうしても困った時にはこのカミさんを呼び出すように言われていた。けれど難しい名前で思い出せない。スマホのメモ帳には記してある。空は急いでスマホを操作する。だけど慌ててるせいでなかなか上手く行かない。
 ハッカニはこれは何だとばかりに身体をくねらせ、何とか餅から抜け出そうともがいている。
 「空ちゃん、落ち着いて! 」
 梨恵の淡い柔らかな瞳の輝きがカミさんの世界にも入って来て焦る気持ちを落ち着かせてくれた。あった。見つけた!
「タケミカヅチ(建御雷神)よ、こっちに来い! 」
 しかし僅かの差で、魔王は憑依したハッカニを棄て、肉体から抜け出して宙に大きく羽搏いた。
 と、その時だった。
 空の襟元から飛び立った{天魔の椿}が、宙空で大きな真っ赤な華を咲かせ魔王を包み込むように閉じた。
 この一瞬。
 空が呼び出した神は天界の「番人」と呼ばれている。
 三つ編みの白衣の神は両手で空間を鷲掴み押し広げ、魔王の背後に煉獄(三途の川を渡らない手前の地獄世界)への裂け目を創った。
「魔王よ、煉獄にある幽閉の檻に入るがよい! 」
 魔王は{天魔の花篭}(椿の花)から抜け出そうともがく。手には銀色に輝くミツマタの鉾。花びらを切り裂こうとするがそう容易くはゆかない。女の子(大六天・天魔)の笑顔が見える。愉しそう。
「いまだアメノハバキリを使え! 」タケミカヅチが叫ぶ。
 空はアメノハバキリを手に取り持ち上げようとするが重くてムリだ。太古の剣。両刃(もろは)で二メートル近くある。
「梨恵さん、お願い、私では持ち上がらない」
 梨恵は象牙に深緑の勾玉が組み込まれた束を両手に取った。瞬間、剣の重さを凌駕する漲る底知れぬパワーを感じた。この高揚感と得体のしれない征圧感は確かに魔剣と呼ばれるに相応しい。
 梨恵は真横に一閃する。バキバキと辺りの気が蠢く。火花も散る。滞留していた渦巻く赤い気流は燃え盛る炎に姿を変える。
 次に上から下に大きく振り下ろす。釈迦、イエスに受け継がれた信仰の印。
 「正十字」
 気炎は増大し宙を駆け上り八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と変化(へんげ)し魔王に襲い掛かる。
 そして八龍は魔王・ルシフェルを飲み込む様に煉獄への裂け目に突き進む……
 やがて消えた。
(魔王・ルシフェルは姿を消す寸前に僅かに笑みを浮かべ胸元の{〇〇〇}を投げ捨てる。梨恵たちは全くそのことに気付かない)
 ―
 しばらく辺りに吹き荒れていた神風(カムカゼ)は鎮まり裂け目は静かに閉じられた。
 五次元の世界は鎮まった。
 裂け目の在った方角に三つに並んだ(三連)の太陽が顔をのぞかせる。周囲が少しずつ明るくなり出す。
 その時、真野裕子が悪魔の指輪を外し太陽の方角に歩き出した。
 永遠の休息(死)を決意したのだ。マノーダラーは淡い陽光のもとゆっくりと歳を重ねた老女へ姿を変え妖怪へと移り行く。
 そして最後には崩れるように白煙と化し風に流され消滅した。
 モモが大粒の血色の指輪の元へ。匂いを嗅いでいる。危険はないと前足で触ろうとした途端、大地へと潜り込み姿を消した。不思議そうに小首を傾げている。
 静寂の小手指っ原を空は歩む。重い「天羽々斬」を引きずり異次元の花々が咲き乱れる大地に置いた。それから、
「梨恵さん、ゴータさんからの贈り物を持って来て下さい。あと梨恵さんの救けも要ります」
 梨恵は十字が記された如意(棒)を持って「天羽々斬」の前に立つ。
「梨恵さん、ゴータさんのことを想ってその棒を地面に突き立てて下さい」
その時、空の腕にある「菩提樹のブレスレット」の紐が断ち切れ、無数の粒が四方に弾け飛んだ。
 一粒(菩提樹の実)が神剣の傍らに落ちる。
 梨恵が突き立てた如意は翡翠の瞳に呼応し激しく瞬いたのち、グングンと伸びやがて枝葉を四方に大きく拡げ、何百年を経た巨樹(菩提樹)に姿を替えた。
 藤野真奈はまた胸が熱くなるのを感じた。これで三度目だ。まだ悪魔が居るのか。灼熱の黒小石を胸から引っ張り出す。
 すると小石は鎖を離れみるみる巨大化し風化浸食される前の大きな黒曜石に変じ菩提樹の隣に鎮座する。高さは空ほどもある。中央には横線だけではなく正十字がハッキリと刻み込まれている。
 空、梨恵、真奈、マーハ、ウーパは瑞々しい葉を広げる大木と艶光りする黒曜石を並び見た。
 太い幹の中央部分には{十字の印}がクッキリと残っている。信仰の「正十字」が二つ。神剣(魔剣)を守護する。聖剣は今まで通りこの地に鎮座し永遠の安寧を護ってゆくことだろう。
 ゴータ(釈迦)はこのことを予測していたのだろうか?
 翡翠の瞳ユン・アンバパーリーを追慕して十字を記した木杭は何千年の時を超えて、「仏具・如意」に生まれ変わり日本にやって来た。そして梨恵の生家の境内に隠されていた。
 梨恵は因果の不思議を改めて思った。夫の不倫で荒んでいた頃に児玉日秀老師から「因果の法」を知らされた。戸惑いながらもそんなことがあるのかとその時は考えていた。でもいま目の当たりにした。「因果の法」に援けられ悪魔の謀略を阻止出来た。
 「弱き者を救う」というもう一つの希いが木杭には宿っていた。
 ゴータは十字痣の私に託したのだ。救済の道行(みちゆき)を。

最終話 闘いのあと に続きます
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