文字数 1,330文字

 タクミ君たちのバンドが、大学の学園祭で、コンサートをやるから、聴きに来ないかと正子に誘われた。
 オジと一緒に県庁所在地のある街まで、オジの車で行った。
 朝早くに家を出た。
 もちろん僕の父親も母親も行かない。
 正子の母親であるオバさえも、
「あんな不良のすることをして、親戚に顔向けが出来ない」
 と言って、嘆くありさまだから、行くわけがない。
 正子の性格は、まるっきりオジの性格だった。
 タクミ君たちのバンドは、六組出たバンドの最後をかざった。
 ビートルズやローリン・グストーンズの曲をやった後、タクミ君が作ったオリジナルの曲も披露した。
 タクミ君たちのバンドが群を抜いて上手い。
 タクミ君は、地元のロックバンドでは有名らしく、女の子たちがキャーキャー叫んでいる。
 確かにタクミ君は、誰よりもギターが抜群に巧いし、渋い。
 正子のボーカルもノリノリで、中々カッコいい。
 オジも正子の姿を嬉しそうに眺め、自らリズムを取って聴いていた。


 タクミ君は、学園祭を最後に、バンド活動をやめた。
 教員試験の準備や、教育実習などで忙しくなったかららしい。
 正子は、秋の学園祭以後、たった一度だけ帰省したが、そそくさとまた戻ってしまった。
 そのわずかの帰省時間に、正子から聞いたところによると、
「タクミ君とは、ここのところずっと会っていない」
 らしい。
 正子は何かふっきれたような顔をしていた。
 

 それから暫くしてのことである。
 正子が突然学校をやめると言い出した。
 オバや僕の両親は、突然の話しに狂ったように騒ぎ立て、普段冷静なオジまでもが、頭を抱えてしまう始末である。
 僕は、正子が学校を中退して、タクミ君の故郷であるY市に一緒に行くものだと思っていたら、イギリスに行くとのこと。
 イギリスに行って、英語を本格的に勉強するとのことである。
「何も、イギリスに行かなくても、英語は勉強できるじゃない?」
 と、オバ達が諭しても、
「本場で英語を学びたい」
 と、正子の決意は変わらない。
 僕は以前正子が、
「イギリスに行って、ビートルズを原語で理解できるよう、英語を学びたい」
 と言っていたことを思い出した。
 まさかそれが、こんなに突然やってくるとは思わなかった。
 僕がそのことを正子から聞いていたと、オバたちに言ったら、
「どうして早く言わなかったのよ」
 と、まるで自分も共犯者のように攻められると思い、黙っていた。
 オバや僕の両親にしてみたら、バンド活動をしていることも気に入らないのに、そのうえ、せっかく県庁所在地の名門女子高に行きながら、それを退学して、ビートルズの理解のための英語の勉強にイギリスに行くなど、もってのほかだったから。
 正子の意思の強さは、オジが一番知っているため、オジが弱るのもわかるような気がする。
 ものわかりのよい、進取の気性にとんだオジにとっても、その当時海外に行かすことは、相当に覚悟のいることだ。
 オジの疲労困憊した顔を見ることが、僕にはつらかった。
 しかし、正子は家族の反対を押し切って、年明け早々にイギリスに飛び立ってしまった。
 オジやオバには「二年だけ」という条件のもと、許可を得たのであるが、僕には、正子はこのまま日本には帰ってこない気がした。 

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