文字数 1,048文字

 正子が、高校二年生に進級する前の春休みに田舎に帰ってきた時、始めてビートルズのレコードを彼女の部屋で聴いた。
 正子の部屋には大きなステレオがあった。
 オジのお古らしい。
「この曲、いいやろ?」
 僕が始めて聞いたビートルズは、「涙の乗車券」だった。
 それまで、外国の曲なんて聞いたことも、ましてや歌ったことなど無かったから、とにかく新鮮に思えた。
「今ワタシ、友達とバンド組んでるの。でねェ、ビートルズの曲コピーしてるんだけど、なかなか難しくってね」
 と正子が言ったが、僕には内容が英語を聞くのとほぼ同じくらいにわからない。
「バンドって、なんのこと?」
 僕は、馴染みのない言葉の意味を聞いた。
「友達四人で、ビートルズみたいに楽器弾いて、歌ったりするのよ」
 それは田舎では、不良と呼ばれる人種がする行為だと、僕は思った。
「そんなことして、オジさん達に怒られないの?」
「いや、親には、このことはまだ話していないから、イチロウも内緒にしていてね」
 正子は、悪戯っぽく笑った。
 正子に教えてもらったものは、数多くある。
 漫画ばかり読んでいる僕に、小説を読むことをすすめてくれたのも正子だ。
 始めて紹介された小説がヘミングウェイの「武器よさらば」だった。
 しかしこれは、最後までよう読まなかったので、感想きかれたときに困ったものだ。
 父親の影響で、邦画、しかも仁侠映画や戦争映画ばかりを観ていた僕に、「禁じられた遊び」を観るようすすめてくれたのも、正子だ。
 この映画を観た後、しばらくラストで母親を捜す少女のことが気になってしかたなかった。
 正子は、スポーツ万能、頭脳明晰だけでなく、芸術全般にもくわしい。
 このへんは、多分ハイカラなオジの影響だろうが。
 僕には、四歳年上の兄がいたらしいが、兄が二歳の時、心臓の病気で死んだらしい。
 生きていれば正子と同級生だったわけだ。
 正子には、もともと兄弟がいない。
 結果的に二人は、一人っ子だった。
 この頃の、一人っ子は結構めずらしかった。
 まだまだ子沢山の家庭が多かったから。
 僕と正子は、小さい頃からよく遊んだ。
 しかしそれは、正子が小学校までのこと。それ以後は、少し距離を置きながらも、姉弟のように仲良くした。
 僕は、活発で、負けず嫌いで、男勝りな正子の性格が好きだった。
 僕は、大人しく気弱だったから、よく父親から、
「マサコが男で、イチロウが女だったら良かったな」
 と言われる度に、少々傷ついたものだ。
 正子は男勝りで活発だったが、意地悪をすることがなかった。

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