文字数 1,141文字

「イチロウ、タクミ君のことどう思う?」
 タクミ君が帰った後、正子の部屋で「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という、やたら長くおぼえにくいタイトルのLPを聞いていた時、正子は何時になく塞いだ顔で僕に聞いた。
「どうって、優しいし、カッコいいし、うまく言えないけど、いいんじゃない」
 と、まるでタクミ君を正子の彼として、推すような感じで言った自分が可笑しくて少し照れて笑う。
「……」
 正子がその言葉に、反応を示さない。
 普段なら、照れ隠しに気のきいたジョークの一つでも言うはずなのにと、いつもと違う様子の正子に、
「どうかしたん?」
「んんん……、べつに……」
 正子の態度が明らかに違うことがわかる。
 僕は、それから黙っていた。
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という舌を噛みそうな長いタイトルのLPを暫く聞いた後、思い出したように、
「エリック・クラプトンのLPはないの?」
 と、僕は言った。
 タクミ君が自分に似ているといってほしかった人の、曲が聴きたかった。
 洋楽好きの正子は、一通りのものは何でも揃えている。
 これも、本当のところは、オジの趣味のおこぼれかもしれないが。
 正子はデレク・アンド・ザ・ドミノスのLPをかけた。
 始めて聴いた「愛しのレイラ」に痺れていたら、正子がシクシク泣き始めた。
 おそらく僕が見た、いや、僕の記憶の中で始めて見る正子の涙だ。
「愛しのレイラ」が終わっても、正子は泣き続けた。


 二学期に入り、野球部の練習がきつくなっていくことに、僕は閉口していた。
 まだスポ根が主流の時代だったから、一年生はやたらダッシュをさせられる。
 おまけにタイヤを引っ張りながらのダッシュや、守備練習でエラーを連発するものなら千本ノック(実際は百本にも満たないけど)と称するしごきが待っている。
 やる気のないふてくされた態度でも取ったものなら、愛の鞭のケツバットが待っている。
 練習の最後には、薄暗くなったグラウンドでうさぎ跳びを全員でする。
 まるで「巨人の星」の感じだね。
 帰宅後は、正子からもらった古いプレーヤーで、ビートルズを聴くことが日課になっていた。
 もちろん勉強はそっちのけで。
 英語の曲を聴いていれば、いつかは英語も解るようになるかもしれないなんて言う甘い考えを持っていたけど、そんな訳ないよね。
 夏休み中に借りた「ザ・ビートルズ」というタイトルで、通称「ホワイト・アルバム」と呼ばれるLPが、僕にとってのベスト盤になった。
 もう休みの日には、何回も何回も母親から雷が落ちるまで聴いていた。
 僕はその中でも「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」という、私のギターがどうたらこうたらという曲が一番好きだった。
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