文字数 582文字

 僕は、深夜の海沿いにある公園にいた。
 公園には、真夜中にもかかわらず、何組かのアベックがいた。
 いつもなら深夜に一人で公園のベンチに座るなんてカッコ悪いと思い、そうしないはずだったが今日はちがった。
 頭の中は混乱したまま、何時までも興奮が冷めない。
 ベンチに座り、海からの潮風にあたりながら、頭を冷やした。
 正子と過ごした思い出が、暗い海面から映画のシーンのように浮かんでは消える。
 正子にはどんな形であれ幸せになって欲しい。
 レット・イット・ビー、自分らしく生きて欲しい。
 どうか無事でいてほしい。 
 闇に覆われた海面を暫く眺めていると、不意に涙がそっと頬を伝って落ちた。
 

 僕は今まで困難に出会うたびに、「レット・イット・ビー」を聴きながら、自分らしくやろうと、肩の力を抜き、壁を乗り越えてきた。
 それもこの歌のおかげだと思っている。
「レット・イット・ビー」は、僕にとってのおまじないだった。
 僕は、暗い闇の底で、静かに眠る海面を眺め、「レット・イット・ビー」のサビの部分を、  
「レルピィ、レルピィ、レルピィー、レルピィ、……」
 と何度も何度も口ずさみながら、正子の姿を想像した。
 すると正子が、LP「アビーロード」のジャケットで、ビートルズのメンバーが歩いていた横断歩道を颯爽と渡りながら、
「レット・イット・ビー!」
 と言って、片手を大きく振った。


(了)

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