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「マサちゃん、ビートルズってそんなにすごいの?」
 LP「ヘルプ」を聴きながら、楽しそうにリズムを刻んでいる正子に聞いた。
「すごいなんてもんじゃないわ、世界で一番人気があるんだから」
 田舎でくすぼっている僕の耳には、ビートルズの情報が入って来ない。
 月刊「明星」や「平凡」は結構読んでいたが、日本の芸能人にしか興味がなかった。
 僕は、当時の新御三家と言われていた、野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹が一番かっこいいと思っていた。
 正子はLP「ヘルプ」を聴いた後、僕に彼女のガットギターで「イエスタデイ」を弾いて聴かせた。
(なんとかっこいい)
 と思いながら、「イエスタデイ」を弾く正子の白く細い指を眺めた。
「ワタシはこの曲が、好きなの」
 と正子は、歌い終えて気持ち良さそうに笑った。
「イエスタデイ」が昨日という意味ぐらいは、僕にもわかった。

  
 正子は、月に一回程度は帰省していた。
 その当時田舎では、まだまだ車を持っている家は、少なかった。
 正子の父親は、車を早く購入していたため、月に一度の正子の帰省の為に、県庁所在地の街まで、片道四時間かけて正子を迎えに行った。
 行動的なオジは、そういうことが少しも苦にならないらしい。
 僕の両親が一度、県庁所在地の街までオジの車に便乗していったが、父も母も車と街の人に酔って、帰宅するなり二日ほど寝込んでしまったことがあり、それ以来、遠出をしなくなってしまった。
 全く、何から何まで情けない親である。


 僕も、正子の帰省に合わせるように、段々とビートルズの曲を覚えていった。
「『イッツ・オンリー・ラ ヴ』ってええねぇ」
 と先月言ったかと思えば、
「やっぱり、『ディジー・ミス・リジー』がええかもしれん」
 とか、かなりでたらめに覚えた曲名を言っていた。
 正子のバンドも徐々にではあったが、活動しているらしい。
 当時、学生がバンドを組んで演奏することは、人口五十万人余りの県庁所在地の街においても、まだ市民権を得ていなかった。
 ましてや、女子高校生がロックバンドのボーカルをしているとなれば、なおさら偏見の目で見られた。
 日本では、グループサウンズが盛んではあったが、まだ、ロックバンドを組む学生が地方では珍しかったから。
 僕と正子が聴くLPが「ヘルプ」から「ラバーソウル」へと変わった頃に、僕に取っての中学生初の夏休みが来た。
 僕は、正子が帰るのを、首を長くして待った。
 しかし正子は補習があるからと、すぐには帰らなかった。
 僕は、夏休み中も毎日ある野球部の練習にうんざりしていた。
 この頃、井上陽水と共にフォークソングのブームを起こしたのが、よしだたくろうだった。
「ビートルズもいいけど、よしだたくろうもいいね」
 といつか正子に話したことがある。
「そうねぇ、フォークソングもいいけど、やっぱりワタシはロックが好き」
 と正子は、僕の意見を一応尊重しながらも自分の意見をはっきり言う。
 いつも正子は、自分の意見を持っていた。他人の意見に惑わされることがない。
 そこのところも、優柔不断で他人の意見に流されやすい僕とは全然違う。


 盆前になって正子が帰省した。
 しかし、そこには思いがけないパートナーがいた。

 
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