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 それから僕は、タクミ君の仕事が終わるのを待って、タクミ君の自宅に案内してもらった。
 自宅は、図書館から車で十分ほどの海を見下ろす閑静な住宅地にある。
 かなり広い敷地で、レンガ造りの歯科医院を兼ねた瀟洒な家だ。
 タクミ君の両親は、都会の品の良い老人だった。
 老人といっても、五十代後半といったところで、僕の両親なんかとはくらべものにならないくらい上品な感じ。
 驚いたことに、タクミ君は結婚していた。
「女房です」
 紹介された女性は、小柄でとても美人の素敵な人だ。  
 五、六歳のタクミ君似の可愛い女の子が傍に立ち、まだ一歳にならないくらいの乳飲み子を抱っこしている。
 案内された客間には、ギブソンのアコースティックギターが無造作に立てかけてあり、本棚には「自治六法」とか「図書館概論」とか、タクミ君のイメージに合わない本が整然と並んでいる。
 しばらく二人の来し方をしゃべった後、どちらからともなく正子の話題に触れていった。
「タクミさんは、マサちゃんとは会ってないんですか?」
 このことが、僕にとっては、最大の関心事だった。
「そうだね、大学を中退して、二年くらいは、手紙のやり取りもしてたけど、彼女の仕事が忙しくなって、段々と疎遠になってしまい……。このところ、手紙のやり取りもしていないね」
 タクミ君は僕に、正子の写真を見せてくれた。
 そこにはさらに進化した正子が、楽しそうに笑っている。
「イチロウ君、すごい写真見せてやろうか?」
 タクミ君が、アルバムの中をめくっている。
 差し出されたページには、何と正子がポール・マッカートニーと並んで写っている。
「ロンドンの録音スタジオで撮ったらしいよ、マサちゃんも夢がかなったといってずいぶん喜んでいたよ」
 ポール・マッカ―トニーに肩を抱かれ、まるで少女のようにはにかんで笑う正子を、別人のように感じたほどだ。
 僕は、以前弾いてもらって、あまりの上手さに痺れた「ブラックバード」を弾いて欲しいとお願いした。
 タクミ君は、
「最近弾いてないからな」
 と言いながら、相当に弾きこんでいるためにピックガードに無数の傷があるギブソンのアコースティックギターで、「ブラックバード」を弾いてくれた。
 楽譜を見ないで弾いている。
 ところどころつまりながらも、やはり相当のテクニックである。
 その後、タクミ君が高そうなオーディオでビートルズのLPをかけてくれた。
 僕が中学時代に、ビートルズにはまっていたことを、覚えていてくれたことが嬉しい。
 大きなスピーカーから流れてくる、ビートルズナンバーを聴きながら、タクミ君の現在の状況を聞く。
 今はバンド活動をすっかりやめ、たまに市民歌謡祭などで声がかかると、バックバンドとして参加しているらしい。
「もうKに来ることはないですか?」
 僕は、タクミ君に敬語でしか話せなくなった、時間の距離を感じている。
「妻が、K市の出身だから、何回か行っているよ」
 タクミ君が、あっさり言う。
 ビールを飲みながら話している間に、可愛い娘さんが奥さんの手作りのつまみを持って来たり、何度か客間にやって来ては「パパ、パパ」と言ってタクミ君に甘える姿を微笑ましく眺めながら、大学時代とはまるで別人になったようなタクミ君の姿が不思議に思える。
 しばらく二人でビートルズナンバーを聴いている時、タクミ君が天井を見上げて、眼を閉じた。
 僕は、タクミ君の整った顔から目を離さずにいる。
 するとタクミ君の眼から、一筋の涙が頬を静かに伝って落ちた。
「僕に責任があるんだよ……」
 タクミ君は、眼を閉じたまま、小さな声でそう言った。
 
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