(十二)The Long And Winding Road

文字数 1,101文字

 あれから一年が過ぎた。
 日本も少しずつ復興へと向かっている。地震、津波は、勿論大きな衝撃だった。それは、俺にしても他の人とおんなじだ。しかし俺にはもうひとつ悲しみがあって、あのおっさんのことが忘れられない。
 俺のマンションは建物自体は無事だったんだが、三階から下がやられて、しばらくは住める状態ではないって話になった。そこで不動産屋に、坂の上だけど単身でも住める空き家があるからと勧められ、とりあえずそこに引っ越した。仕事の方は交通機関もままならず、で、会社自体が三ヶ月程休業となり、それを乗り越え、なんとか今は社会復帰を果たしたぜ、ってとこだな。

 なんとか落ち着いて、ちょうど一年が経過した今夜、俺は一年振りにここ、復活したヴェルニー公園に足を向けたというわけだ。一年って、津波が来たあの日じゃなくて、おっさんと初めて会った七月の方な。
 見上げれば空には満天の銀河が瞬き、海に目を向ければ、穏やかな波と潮風が押し寄せて来る。目を瞑れば、一年前となんにも変わっていない気がしてならない。
 けど、おっさんがいない。海の開店時間はもうとうに過ぎてるってのに。ちなみにショッパーズプラザ横須賀も今は全面改装中で、以前のダイエー色は完全に消し去られ、完璧にイオン化してしまうらしい。これも時代の流れか。いつの世も古きものは失われ、新しいものに取って代わられるってわけだ。ああ無常アンド無情。
 おっさんは来ない。来るわけないって分かってんだけど、今夜はいつまでも待っていたい。そんな気分の俺だった。
 おっさんが俺に残してくれたことは、ま、若いうちはいいけど、年取った時のこともちっとは考えとかにゃなんねえぞってこったな。今のままだと俺も、確実におっさんと同じ運命を辿りそうだからさ。かといってね、ま、いいか、俺のこた。
 あ、そうそう、あん時。あん時って、津波の時な。このヴェルニー公園に大津波が押し寄せ、おっさんを飲み込んだその時、おっさんが聴いていたビートルズのナンバーは、あのThe Long And Winding Roadであって欲しかった。そうだった、と祈りたい。そんな今夜の俺でした。
 おやすみ、おっさん。やっとぐっすり、眠れんじゃん。よかったね。
 名も知らぬおっさん、享年六十才。ここ、ヴェルニー公園に死すアンド涙の故郷に帰還す。ってやつでよろしくだ、な、おっさん。
(了)

※参考文献『老後に住める家がない!』太田垣章子著
※最後までお読み頂き、ありがとうございます。尚、低所得者、高齢者等入居資格を有していれば、都営住宅、県営住宅など公営住宅に応募し、入居するという解決策があるようです。参考まで。
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