幻のように

文字数 1,315文字

御影純一はゆっくりと話し始めた。

「植山さん、あなたは学君とここに居る全員を人質に取っている。しかしいくらあなたの能力(ちから)でも、一度に攻撃できるのは一人だけだ。対してこちらにはサイキックがふたり居る。ふたりの攻撃を防ぎながら、他の人間を攻撃することは不可能でしょう。もう終わりです。あなたの負けですよ」

植山千里は険しかった顔を緩めて、力なく微笑んだ。

「どうやらそのようね。これから私はどうなるの?」

「まずあなたの能力(ちから)を奪わせてもらいます」

「お嬢さん・・宮下さんが学に試そうとしていた技ね。脳に何かするの?」

「成人であるあなたの場合、大きな後遺障害も残らないし、日常生活には支障ないでしょう。ただサイキックとしての力は二度と使えなくなる。あなたはその能力(ちから)のせいで、子供のころから苦しんだんじゃないですか?その苦しみからは解放されますよ」

「サイキック探偵のあなたに言われても、あまり感激はしないわね。その後は?」

ここで隣のテーブルで黙って話を聞いていた山科警部補が口を開いた。

「お前のしたことは非道な犯罪だが、法では裁けない犯罪だ。しかし放置はできない。超法規的な措置になるが、お前には入院してもらう。長い入院になるだろうな」

植山千里は黙って話を聞き、そして小さな声で言った。

「わかりました。その前に学を起こしてもいいかしら?」

「どうぞ」

御影が応えた。

「学、起きなさい」

植山千里がそう言うと、今まで固く閉じられていた学の瞼が開いた。
きょとんとした顔をして、となりに座っている植山千里を見つめる。

「おばさん、だあれ?」

宮下は少し寂し気な笑みを浮かべて言った。

「いいからこの喫茶室を出て行きなさい。そして大人の人に言って、お父さんの居る病院に連れて行ってもらいなさい」

「うん、わかった」

学は素直にそう答えると、喫茶室を小走りで出て行った。

「さて、もういいですか?今からあなたの能力(ちから)を取り除かせてもらいます。痛みは無いしすぐに終わります」

御影がそう言うと、植山千里は表情を一変させた。

・・・さきほどまでの怪物の顔に戻っている

その表情を見た宮下真奈美は、再び背筋が凍り付いた。

「御影さん、あなた嘘が下手ね。大きな後遺障害は残らないですって?あなたまだその技にそこまでの自信を持ってないでしょう?だからこんな長話している最中にそれを使うことをためらっていたのよ。さっさとやればよかったのに出来ないのがあなたの弱さね」

御影には返す言葉も無かった。

「御影さん、みなさん、推理小説みたいな事件の解明を楽しませてもらいましたわ。でも私、病院は嫌いですの。これで失礼させていただきますわ」

山科たち刑事が腰を上げる。

「逃げることはできんぞ。取り押さえろ!」

4人の刑事が植山千里の座っている席に飛びついた。
そのとき、この場に居たすべての者が信じられないものを見たのだ。

今の今まで、たしかに植山千里が座っていたはずの席は空っぽだった。

皆が見守る中で、植山千里の姿は幻のように消え去ったのである。
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登場人物紹介

宮下真奈美(みやしたまなみ)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所員。他人の思考が読める「サトリ」の能力を持つサイキック。

ドラマ「科捜研の女」の沢口靖子に憧れて科学捜査研究所の求人に応募するも、この能力ゆえに不本意にもS.S.R.Iなる秘密部署に配属されてしまった。

男性の下心まで見えてしまうため恋愛が出来ないのが密かな悩み。

田村貴仁(たむらたかひと)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所長。現在は閑職に甘んじているが、かつて某宗教団体による毒ガステロ事件の際、サイキックチームを率いて事件を解決に導いた実績を持つ。S.S.R.Iは警察の通常捜査や科捜研の科学捜査技術では手に負えない特殊な事件を秘密裡に捜査・解決する表向きは存在しない組織である。

山科一郎(やましないちろう)

捜査一課の中年警部補。昔気質の地道な捜査で多くの事件を解決してきたベテラン刑事。怪力乱神を語らずが信条だが「コスモエナジー救世会事件」が通常捜査では手に負えない不可能犯罪であると判断すると、S.S.R.Iに捜査協力を依頼するあたり、けっして石頭ではない。

御影純一(みかげじゅんいち)

かつて驚異の超能力少年としてマスコミの寵児となった稀代のサイキック。その能力は底が知れない。表の職業は私立探偵であるがそちらの実入りが少ないためパチンコとマージャンで稼いでいる。

異常に若く見えるが田村と同年齢。

牧野聡(まきのさとし)

「コスモエナジー救世会事件」最初の被害者。マキエス商事株式会社の代表者。


家山実(いえやまみのる)

「コスモエナジー救世会事件」二人目の被害者。ビエブロホールディングスカンパニーの代表者。

福成欣也(ふくなりきんや)

「コスモエナジー救世会事件」において、死を予告されながらも生き延びた初めての人物。IT産業の寵児として若くして日本屈指の資産家に登り詰めた、ハッピーヘブン株式会社の社長。

安田平八(やすだへいはち)

内閣総理大臣。コスモエナジー救世会より死の予言を受けている。彼の命を守ることがS.S.R.Iの目下の任務である。

東心悟(とうしんさとる)

コスモエナジー救世会・教主。元証券会社の社員だが、40歳を過ぎて突然「宇宙の声」が聞こえるようになり、投資で巨額の資産を築き上げる。その資産を元にコスモエナジー救世会を立ち上げた。真奈美の能力をもってしても思考を読むことができない底知れぬ人物であるが、息子の学に対しては非常に子煩悩な一面を見せる。

東心学(とうしんまなぶ)

東心悟と別れた妻である植山千里の間に生まれた8歳の長男。親権は悟が取得した。ゲームとアニメに夢中なごく普通の小学生だが、いつも一人で遊んでいるあたり孤独な影がうかがえる。

植山千里(うえやまちさと)

東心悟の元妻で学の母親。40歳を過ぎて「怪物」と化した悟を恐れ離婚したが、親権を奪われた学が悟とともにいるのは危険であるため、悟が逮捕されることを望んでいると真奈美たちに訴える。

穂積恵子(ほづみけいこ)

御影純一の探偵秘書。5年前のある事件で御影純一に命を救われたことがきっかけで秘書になった。純一に密かに思いを寄せている。


鮫島亮(さめじまりょう)

内閣調査室の調査員。上司に命じられS.S.R.Iと御影純一にある依頼をするが、本人はサイキックの存在に懐疑的である。

真壁俊太郎(まかべしゅんたろう)

T大学の研究者で医学と物理学と心理学の博士号を持つ。1970年代には「超心理学研究室」に所属し、御影や田村たち超能力少年を研究していた。現在はかなりの高齢者だが「脳量子力学研究所」という名称で研究を継続している。日本における超能力研究の第一人者。

冨井春義(とみいはるよし)

作者。幕間に度々登場する。この小説を執筆したのは身の程知らずにもエラリー・クイーンを真似て「読者への挑戦」付きのミステリイを書きたい!と思い立ったからなのだが、案の定緻密で論理的なトリックなどまったく思いつかず、メイントリックが超能力という身も蓋もなくアンフェアな物語を書いてしまった。それを作者得意のハッタリと卑怯と詭弁でいかに本格推理風に仕上げるかが本作品のすべてであると言って過言ではない。

雨宮信一郎(あまみやしんいちろう)

コスモエナジー救世会事務長。元プロボクサーであり、鋭いパンチを持つ。

谷本伸二(たにもとしんじ)

刑事。山科警部補の部下として登場する刑事は他にも居るが、入院中の御影純一の警護役を言いつけられたおかげでザコキャラ刑事の中では唯一名前とアイコンが貰えた。

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