コスモエナジー救世会事件

文字数 1,644文字

ことの発端は、「コスモエナジー救世会」というタイトルの付いたウェブサイトだった。
無数に存在する新興宗教団体のページのひとつで、特に珍しくもないサイトだ。

ある日このサイトのトップページに以下の告知文が掲載された。

「私たちの教主・東心悟の予知夢によると、マキエス商事株式会社の代表者・牧野聡(まきのさとし)は過去の行いの因縁による健康上の危機が迫っていると思われます。1週間以内に私たちにご連絡いただくことをおすすめいたします。私たちの教主は因縁を取り除く力を持っています」

マキエス商事社長の牧野聡は大規模な金融詐欺事件の疑いで逮捕されたものの、先年不起訴が確定していた男だ。
この不起訴確定により、被害を訴えた中には自殺する者もいた。

そのため、この新興宗教団体は義憤を感じて、ちょっとした脅しをかけてみたのだろう・・このサイトの告知文を見た人はそう思ったに違いない。
もっともそう気にされるほどアクセスの高いサイトではなかったのだが。

しかし告知文が掲載されてちょうど1週間後、家族と百貨店でショッピング中の牧野が、急性心不全で死亡したのだ。

牧野の死に事件性は無い。
警察もいちおうは検証したが、これはあくまでも病死として処理された。

しかし、告知文の期限きっちりの死は、SNSなどで拡散され「コスモエナジー救世会」は一部の注目を集めはじめる。

それから数日後「コスモエナジー救世会」は新しい告知文をアップした。

「私たちの教主・東心悟の予知夢によると、ビエブロホールディングスカンパニーの代表者・家山実(いえやまみのる)は過去の行いの因縁による健康上の危機が迫っていると思われます。1週間以内に私たちにご連絡いただくことをおすすめいたします。私たちの教主は因縁を取り除く力を持っています」

そしてやはり1週間後、大規模なリストラ劇で世間を騒がせたビエブロホールディングスカンパニー社長の家山も、市営公園で日課のランニング中に牧野と同じく急性心不全で死亡したのだ。
これにより「コスモエナジー救世会」は一気に世間の話題を集めた。

3回目の告知文がアップされたのは、それからさらに数日後。
健康上の危機を告知されたのは、IT産業の寵児として若くして日本屈指の資産家に登り詰めた、ハッピーヘブン株式会社の社長、福成欣也だった。

先の2件と違うのは、福成は死ななかったことだ。
福成は告知の翌日には「コスモエナジー救世会」にコンタクトを取っていた。
そして教主の東心悟による『因縁の除去』の儀式を受けたという。
福成は「コスモエナジー救世会」に億単位の寄付金を支払ったらしい。


「これな、犯罪の形式としてはごくシンプルなんだよな。ようするに犯行予告して、期限までに金を払わなければ殺すと脅しているわけだ」
山科は胸糞悪いといった口調でそう言った。

「だからさすがに家山の時には警察も本気出して動いたさ。検視解剖も行われた。家山の心臓は冠動脈が左右とも奇妙な具合に捻じ曲がっていたそうだ。しかし・・・」

「手口がわからない・・ですね?」田村の言葉に山科は眉間に皺を寄せた。

「そのとおりだ。医者もこんな症例は見たことないという。しかし、薬物などは一切検出されなかった。つまりこれは病死というしかないんだ。告知は単なる偶然だと」

「山科さん、あなたはその結論を信じてないんですね?」

「あたりまえだろ。こんな都合のいい偶然があるもんか。これはコスモエナジー救世会による計画的殺人だよ。しかしいったどうやって他人の心臓の血管を捻じ曲げることができるってんだ?」

その言葉を聞いて田村は少し思案顔になった。

「それとな、田村さん。あんたたちを呼んだのは事件の解決が急を要するからだ。今朝、コスモエナジー救世会のページに新しい告知文が掲載されたんだよ」

山科は少し間を置いてから話を続けた。

「こんどの標的(ターゲット)は内閣総理大臣の安田平八だ」
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登場人物紹介

宮下真奈美(みやしたまなみ)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所員。他人の思考が読める「サトリ」の能力を持つサイキック。

ドラマ「科捜研の女」の沢口靖子に憧れて科学捜査研究所の求人に応募するも、この能力ゆえに不本意にもS.S.R.Iなる秘密部署に配属されてしまった。

男性の下心まで見えてしまうため恋愛が出来ないのが密かな悩み。

田村貴仁(たむらたかひと)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所長。現在は閑職に甘んじているが、かつて某宗教団体による毒ガステロ事件の際、サイキックチームを率いて事件を解決に導いた実績を持つ。S.S.R.Iは警察の通常捜査や科捜研の科学捜査技術では手に負えない特殊な事件を秘密裡に捜査・解決する表向きは存在しない組織である。

山科一郎(やましないちろう)

捜査一課の中年警部補。昔気質の地道な捜査で多くの事件を解決してきたベテラン刑事。怪力乱神を語らずが信条だが「コスモエナジー救世会事件」が通常捜査では手に負えない不可能犯罪であると判断すると、S.S.R.Iに捜査協力を依頼するあたり、けっして石頭ではない。

御影純一(みかげじゅんいち)

かつて驚異の超能力少年としてマスコミの寵児となった稀代のサイキック。その能力は底が知れない。表の職業は私立探偵であるがそちらの実入りが少ないためパチンコとマージャンで稼いでいる。

異常に若く見えるが田村と同年齢。

牧野聡(まきのさとし)

「コスモエナジー救世会事件」最初の被害者。マキエス商事株式会社の代表者。


家山実(いえやまみのる)

「コスモエナジー救世会事件」二人目の被害者。ビエブロホールディングスカンパニーの代表者。

福成欣也(ふくなりきんや)

「コスモエナジー救世会事件」において、死を予告されながらも生き延びた初めての人物。IT産業の寵児として若くして日本屈指の資産家に登り詰めた、ハッピーヘブン株式会社の社長。

安田平八(やすだへいはち)

内閣総理大臣。コスモエナジー救世会より死の予言を受けている。彼の命を守ることがS.S.R.Iの目下の任務である。

東心悟(とうしんさとる)

コスモエナジー救世会・教主。元証券会社の社員だが、40歳を過ぎて突然「宇宙の声」が聞こえるようになり、投資で巨額の資産を築き上げる。その資産を元にコスモエナジー救世会を立ち上げた。真奈美の能力をもってしても思考を読むことができない底知れぬ人物であるが、息子の学に対しては非常に子煩悩な一面を見せる。

東心学(とうしんまなぶ)

東心悟と別れた妻である植山千里の間に生まれた8歳の長男。親権は悟が取得した。ゲームとアニメに夢中なごく普通の小学生だが、いつも一人で遊んでいるあたり孤独な影がうかがえる。

植山千里(うえやまちさと)

東心悟の元妻で学の母親。40歳を過ぎて「怪物」と化した悟を恐れ離婚したが、親権を奪われた学が悟とともにいるのは危険であるため、悟が逮捕されることを望んでいると真奈美たちに訴える。

穂積恵子(ほづみけいこ)

御影純一の探偵秘書。5年前のある事件で御影純一に命を救われたことがきっかけで秘書になった。純一に密かに思いを寄せている。


鮫島亮(さめじまりょう)

内閣調査室の調査員。上司に命じられS.S.R.Iと御影純一にある依頼をするが、本人はサイキックの存在に懐疑的である。

真壁俊太郎(まかべしゅんたろう)

T大学の研究者で医学と物理学と心理学の博士号を持つ。1970年代には「超心理学研究室」に所属し、御影や田村たち超能力少年を研究していた。現在はかなりの高齢者だが「脳量子力学研究所」という名称で研究を継続している。日本における超能力研究の第一人者。

冨井春義(とみいはるよし)

作者。幕間に度々登場する。この小説を執筆したのは身の程知らずにもエラリー・クイーンを真似て「読者への挑戦」付きのミステリイを書きたい!と思い立ったからなのだが、案の定緻密で論理的なトリックなどまったく思いつかず、メイントリックが超能力という身も蓋もなくアンフェアな物語を書いてしまった。それを作者得意のハッタリと卑怯と詭弁でいかに本格推理風に仕上げるかが本作品のすべてであると言って過言ではない。

雨宮信一郎(あまみやしんいちろう)

コスモエナジー救世会事務長。元プロボクサーであり、鋭いパンチを持つ。

谷本伸二(たにもとしんじ)

刑事。山科警部補の部下として登場する刑事は他にも居るが、入院中の御影純一の警護役を言いつけられたおかげでザコキャラ刑事の中では唯一名前とアイコンが貰えた。

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