もはや頼れる者は居ない

文字数 1,299文字

予告の日の朝。
田村はすでに昨晩より、内閣調査室の手引きによりSPと共に安田総理の身辺警護の一員に加わっている。
真奈美は山科警部補たちと共に、行動することになっていた。

夕刻より始まる東心悟による因縁切りの儀式まではまだ間がある。
真奈美は御影純一が入院する、**総合病院を見舞った。

御影はベッドに居てまだ意識をとり戻していなかった。

「検査の結果、脳に大きな損傷はないようです。時間はかかるかもしれませんが、やがて意識も戻るでしょう」

担当医師は真奈美にそう告げた。
真奈美は御影の心を読もうと試みたが、御影の意識は混とんとしていて読むことができない。

真奈美は御影から、なんらかの情報を引き出すことを諦め、ため息をついた。

・・・いったいどうすればいいのだろう。

そう思うと目に涙が浮かんできた。

・・・お願い、御影さん。私を助けて・・私に出来ることを教えて。。

祈るようにそう念じたが、御影の目は閉じたままだった。

「山科警部補、T大学に連れて行ってください。残りの時間、もう少し訓練したいんです」

それからの2時間ほど、真奈美はT大の脳量子力学研究所で頭部模型に挑戦した。
革のカバーを通して、松果体を透視しサイコキネシスで圧力をかける。
松果体は柔らかい組織なので、真奈美の出せる小さな力でも十分だが、周辺部もやはり柔らかいので、同時に傷つけない自信はとても持てない。

・・・しかし、いざとなればやらなければならない。相手は慈悲も情けも持たない怪物なのだ。止めなければどれほどの犠牲者が出るかわからない。

真奈美は悲壮な決意をした。

もはや頼れる者は居ない。指示を仰ぐことも出来ない。
ここから先は、真奈美自身の責任と判断で行動するのだ。

すべては真奈美ひとりで、極秘裏に終わらせるのだ。

・・・きっと御影さんはそうするつもりだったのだろう。

もしかしたら、一生かけても拭えない罪を犯すことになるだろう。
しかし、もう後戻りはできないのだ。

T大の学生食堂で簡単な昼食を摂り、真奈美は山科たち刑事と共にコスモエナジー救世会本部に向かった。
刑事のひとりが運転する車内で山科が真奈美に問い掛けた。

「なあ正直なところ、田村さんで大丈夫かね?御影君じゃなくても東心悟の力を止められるのか?」

「大丈夫ですよ。止めるのは難しいですが、総理の心臓に異変が起これば、所長がすぐに総理の冠動脈を元に戻すでしょう。所長にもそのくらいの力はあります」

真奈美はそう答えたが、心の中では別の事を考えていた。

・・・私の考えが正しければ、総理には何も起こらない。あれはただのミスディレクションだから。

真奈美たちを乗せた車が、コスモエナジー救世会本部前に到着した。
いつもは固く閉ざされている門は解放されており、数百名の信者らしい人々で溢れていた。
ウェブサイトでの予告当日ということもあり、報道陣の姿も見える。

・・・何か起きるならここだわ。だって怪物はここに居るのだから。。

果たして真奈美の考え通り『怪物』はここに居て、何事かを企んでいたのだった。
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登場人物紹介

宮下真奈美(みやしたまなみ)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所員。他人の思考が読める「サトリ」の能力を持つサイキック。

ドラマ「科捜研の女」の沢口靖子に憧れて科学捜査研究所の求人に応募するも、この能力ゆえに不本意にもS.S.R.Iなる秘密部署に配属されてしまった。

男性の下心まで見えてしまうため恋愛が出来ないのが密かな悩み。

田村貴仁(たむらたかひと)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所長。現在は閑職に甘んじているが、かつて某宗教団体による毒ガステロ事件の際、サイキックチームを率いて事件を解決に導いた実績を持つ。S.S.R.Iは警察の通常捜査や科捜研の科学捜査技術では手に負えない特殊な事件を秘密裡に捜査・解決する表向きは存在しない組織である。

山科一郎(やましないちろう)

捜査一課の中年警部補。昔気質の地道な捜査で多くの事件を解決してきたベテラン刑事。怪力乱神を語らずが信条だが「コスモエナジー救世会事件」が通常捜査では手に負えない不可能犯罪であると判断すると、S.S.R.Iに捜査協力を依頼するあたり、けっして石頭ではない。

御影純一(みかげじゅんいち)

かつて驚異の超能力少年としてマスコミの寵児となった稀代のサイキック。その能力は底が知れない。表の職業は私立探偵であるがそちらの実入りが少ないためパチンコとマージャンで稼いでいる。

異常に若く見えるが田村と同年齢。

牧野聡(まきのさとし)

「コスモエナジー救世会事件」最初の被害者。マキエス商事株式会社の代表者。


家山実(いえやまみのる)

「コスモエナジー救世会事件」二人目の被害者。ビエブロホールディングスカンパニーの代表者。

福成欣也(ふくなりきんや)

「コスモエナジー救世会事件」において、死を予告されながらも生き延びた初めての人物。IT産業の寵児として若くして日本屈指の資産家に登り詰めた、ハッピーヘブン株式会社の社長。

安田平八(やすだへいはち)

内閣総理大臣。コスモエナジー救世会より死の予言を受けている。彼の命を守ることがS.S.R.Iの目下の任務である。

東心悟(とうしんさとる)

コスモエナジー救世会・教主。元証券会社の社員だが、40歳を過ぎて突然「宇宙の声」が聞こえるようになり、投資で巨額の資産を築き上げる。その資産を元にコスモエナジー救世会を立ち上げた。真奈美の能力をもってしても思考を読むことができない底知れぬ人物であるが、息子の学に対しては非常に子煩悩な一面を見せる。

東心学(とうしんまなぶ)

東心悟と別れた妻である植山千里の間に生まれた8歳の長男。親権は悟が取得した。ゲームとアニメに夢中なごく普通の小学生だが、いつも一人で遊んでいるあたり孤独な影がうかがえる。

植山千里(うえやまちさと)

東心悟の元妻で学の母親。40歳を過ぎて「怪物」と化した悟を恐れ離婚したが、親権を奪われた学が悟とともにいるのは危険であるため、悟が逮捕されることを望んでいると真奈美たちに訴える。

穂積恵子(ほづみけいこ)

御影純一の探偵秘書。5年前のある事件で御影純一に命を救われたことがきっかけで秘書になった。純一に密かに思いを寄せている。


鮫島亮(さめじまりょう)

内閣調査室の調査員。上司に命じられS.S.R.Iと御影純一にある依頼をするが、本人はサイキックの存在に懐疑的である。

真壁俊太郎(まかべしゅんたろう)

T大学の研究者で医学と物理学と心理学の博士号を持つ。1970年代には「超心理学研究室」に所属し、御影や田村たち超能力少年を研究していた。現在はかなりの高齢者だが「脳量子力学研究所」という名称で研究を継続している。日本における超能力研究の第一人者。

冨井春義(とみいはるよし)

作者。幕間に度々登場する。この小説を執筆したのは身の程知らずにもエラリー・クイーンを真似て「読者への挑戦」付きのミステリイを書きたい!と思い立ったからなのだが、案の定緻密で論理的なトリックなどまったく思いつかず、メイントリックが超能力という身も蓋もなくアンフェアな物語を書いてしまった。それを作者得意のハッタリと卑怯と詭弁でいかに本格推理風に仕上げるかが本作品のすべてであると言って過言ではない。

雨宮信一郎(あまみやしんいちろう)

コスモエナジー救世会事務長。元プロボクサーであり、鋭いパンチを持つ。

谷本伸二(たにもとしんじ)

刑事。山科警部補の部下として登場する刑事は他にも居るが、入院中の御影純一の警護役を言いつけられたおかげでザコキャラ刑事の中では唯一名前とアイコンが貰えた。

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