鉛管と頭部模型

文字数 1,488文字

「御影君、要望の品だ」

真壁博士が研究室の棚から持ち出した木箱を、部屋の中央にある大きなテーブルの上に置いた。
御影が早速、中身を取り出す。

それは人間の頭部の模型だった。
透明な材質で出来ていて、頭骨や歯や眼球、そして脳や血管が透けて見える。

「博士、これは素晴らしい!宮下君も見たまえ。そして記憶するんだ。人間の脳の構造をね」

御影は模型を指さして、真奈美に向かって説明を始めた。

「これは内部はラテックスで出来ていて、脳も半透明に作ってある。左右の大脳の中央に小さな赤い豆粒のような物が見えるだろう?これが松果体だ」

「はい、これが松果体ですね。赤いのは分かりやすくするために着色しているんですか?」

「うん、実際は赤いわけではないが、この位置をよく覚えるんだ。本番では相手の頭部を透視するわけだが、素早く松果体を探さなければならないからね」

真奈美は模型をよく観察して松果体の位置を記憶した。
しかしよく考えてみると問題がある。

「あの~御影さん、私、透視って出来ないんですよね」

御影はいつものように笑みを浮かべた。

「大丈夫、出来るよ。『サトリ』の能力と透視は近しい能力なんだ。博士、例の鉛管を用意していただけますか?」

「ああ、鉛管ね。ちょっと待ってくれ」

真壁博士はデスクの引き出しをごそごそと掻きまわし、クッキーの缶箱を取り出した。
その間箱をテーブルに置き、蓋を開け、中から5~6cmほどにカットされた金属の板のような物を数枚取り出した。
それをひとつづつテーブルに並べながら説明する。

「これは1910年(明治43年)、この大学で最初の超能力実験に使用された物を復元したものだ。鉛で出来た管の中に文字を記した紙が入っている。鉛だからX線でも透視できないのだが、当時の被験者はことごとく透視して見せたんだ」

真壁博士の説明を聞きながら、真奈美は鉛管を凝視してみた。
しかし、何も見えてはこない。

「1974年の実験では御影君にも透視できなかったんだ。でも20年前だっけ?あの時には見事に成功したな。君のように成人してから能力が高まる者は珍しい」

・・・それはスリランカのお寺での修行の成果なのかしら。。

真奈美は思った。

御影は鉛管のひとつを手に取ると、まるで眉間にあるもう一つの目で見つめるように顔の前にかざした。

「・・・ああ、これは文字が書かれた紙じゃない。仮面ライダー・カードだ。それも仮面ライダーXか。懐かしいな」

鉛管の端を金切りばさみで切ると、果たして中からは仮面ライダー・カードが出てきた。

「すごい!」真奈美は驚きの声を上げた。

「宮下君、驚いてもらっちゃ困るよ。まずは君もこれが出来るように訓練するんだ。僕はそっちの生首に挑戦する」

そういうと御影は、頭部模型に革のカバーを被せた。

「この状態で透視して、正確に松果体だけを潰さなきゃいけないんだ。他の組織や神経・血管を傷つけないように慎重にやらねば」

御影はサイキック能力を悪用した連続殺人犯である東心悟に対しても可能な限り傷つけず、サイキック能力だけを奪おうとしている。
真奈美は、御影が過去に人を殺したことがあるのではないかと疑っていたことを恥じた。

「予告の日まであと3日しかない。これから毎日ここに来て訓練するからそのつもりで」

御影は真奈美にそう言い放った。

「これがすぐに上手くできるようになれば、予告の日に総理の警護は必要なくなるんだけどね。当日までに間に合わない場合は僕が全力で総理を守り、後日これを実行する」
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登場人物紹介

宮下真奈美(みやしたまなみ)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所員。他人の思考が読める「サトリ」の能力を持つサイキック。

ドラマ「科捜研の女」の沢口靖子に憧れて科学捜査研究所の求人に応募するも、この能力ゆえに不本意にもS.S.R.Iなる秘密部署に配属されてしまった。

男性の下心まで見えてしまうため恋愛が出来ないのが密かな悩み。

田村貴仁(たむらたかひと)

超科学捜査研究所=S.S.R.I所長。現在は閑職に甘んじているが、かつて某宗教団体による毒ガステロ事件の際、サイキックチームを率いて事件を解決に導いた実績を持つ。S.S.R.Iは警察の通常捜査や科捜研の科学捜査技術では手に負えない特殊な事件を秘密裡に捜査・解決する表向きは存在しない組織である。

山科一郎(やましないちろう)

捜査一課の中年警部補。昔気質の地道な捜査で多くの事件を解決してきたベテラン刑事。怪力乱神を語らずが信条だが「コスモエナジー救世会事件」が通常捜査では手に負えない不可能犯罪であると判断すると、S.S.R.Iに捜査協力を依頼するあたり、けっして石頭ではない。

御影純一(みかげじゅんいち)

かつて驚異の超能力少年としてマスコミの寵児となった稀代のサイキック。その能力は底が知れない。表の職業は私立探偵であるがそちらの実入りが少ないためパチンコとマージャンで稼いでいる。

異常に若く見えるが田村と同年齢。

牧野聡(まきのさとし)

「コスモエナジー救世会事件」最初の被害者。マキエス商事株式会社の代表者。


家山実(いえやまみのる)

「コスモエナジー救世会事件」二人目の被害者。ビエブロホールディングスカンパニーの代表者。

福成欣也(ふくなりきんや)

「コスモエナジー救世会事件」において、死を予告されながらも生き延びた初めての人物。IT産業の寵児として若くして日本屈指の資産家に登り詰めた、ハッピーヘブン株式会社の社長。

安田平八(やすだへいはち)

内閣総理大臣。コスモエナジー救世会より死の予言を受けている。彼の命を守ることがS.S.R.Iの目下の任務である。

東心悟(とうしんさとる)

コスモエナジー救世会・教主。元証券会社の社員だが、40歳を過ぎて突然「宇宙の声」が聞こえるようになり、投資で巨額の資産を築き上げる。その資産を元にコスモエナジー救世会を立ち上げた。真奈美の能力をもってしても思考を読むことができない底知れぬ人物であるが、息子の学に対しては非常に子煩悩な一面を見せる。

東心学(とうしんまなぶ)

東心悟と別れた妻である植山千里の間に生まれた8歳の長男。親権は悟が取得した。ゲームとアニメに夢中なごく普通の小学生だが、いつも一人で遊んでいるあたり孤独な影がうかがえる。

植山千里(うえやまちさと)

東心悟の元妻で学の母親。40歳を過ぎて「怪物」と化した悟を恐れ離婚したが、親権を奪われた学が悟とともにいるのは危険であるため、悟が逮捕されることを望んでいると真奈美たちに訴える。

穂積恵子(ほづみけいこ)

御影純一の探偵秘書。5年前のある事件で御影純一に命を救われたことがきっかけで秘書になった。純一に密かに思いを寄せている。


鮫島亮(さめじまりょう)

内閣調査室の調査員。上司に命じられS.S.R.Iと御影純一にある依頼をするが、本人はサイキックの存在に懐疑的である。

真壁俊太郎(まかべしゅんたろう)

T大学の研究者で医学と物理学と心理学の博士号を持つ。1970年代には「超心理学研究室」に所属し、御影や田村たち超能力少年を研究していた。現在はかなりの高齢者だが「脳量子力学研究所」という名称で研究を継続している。日本における超能力研究の第一人者。

冨井春義(とみいはるよし)

作者。幕間に度々登場する。この小説を執筆したのは身の程知らずにもエラリー・クイーンを真似て「読者への挑戦」付きのミステリイを書きたい!と思い立ったからなのだが、案の定緻密で論理的なトリックなどまったく思いつかず、メイントリックが超能力という身も蓋もなくアンフェアな物語を書いてしまった。それを作者得意のハッタリと卑怯と詭弁でいかに本格推理風に仕上げるかが本作品のすべてであると言って過言ではない。

雨宮信一郎(あまみやしんいちろう)

コスモエナジー救世会事務長。元プロボクサーであり、鋭いパンチを持つ。

谷本伸二(たにもとしんじ)

刑事。山科警部補の部下として登場する刑事は他にも居るが、入院中の御影純一の警護役を言いつけられたおかげでザコキャラ刑事の中では唯一名前とアイコンが貰えた。

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