真奈美の朝
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そして冷蔵庫からミルクを取り出すと、リビングのテーブルでシリアルフードの朝食を手早く取った。
マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れて湯を注ぐ。
ちびちびと熱いコーヒーを啜るうちに、頭がすっきりと冴え始めてきた。
真奈美は昨日の御影純一と東心悟の息が詰まりそうな会談を思い出していた。
はたして御影純一は東心悟を止めることが出来るのだろうか?
・・・いや他人事では無い。私も御影さんと一緒に戦わなければならないんだ。。
東心悟は御影と同等か、もしかするとそれ以上のサイキック能力を持っている。
その上、他人の思考と行動を操ることもできるらしい。
・・・勝てるのだろうか?でも勝たなければならない。。
真奈美はキッチンのシンクに食器とマグカップを放り込むと、歯ブラシを咥えてそのまま浴室に向かう。
パジャマを脱いで浴室に入り、熱いシャワーを浴びた。
シャワーで寝汗を洗い流し、体を拭く。
乾いたバスタオルの感触が心地よい。
真奈美は浴室の外に置かれている姿見で自らの裸体を眺めた。
そこには若い娘の瑞々しい肢体が映っている。
なかなに均整のとれた体形、滑らかな白い肌。
形の良いふたつの乳房の先端に見える桜色の乳首はつんと上を向いている。
引き締まった腹部と細くて長い両足の付け根の間には、控えめだが黒い茂みがある。
・・・たぶん、今が私の人生でいちばん女性として美しい時なんだろうな。。
黒目勝ちな大きな目、高くはないが鼻筋が通り、薄くて小さめの唇を持つ顔は常に男たちの関心を引いた。
中学生のころから、真奈美の顔を見た男たちの第一印象は『かわいい』だった。
口頭で言われるのではなく、心の声が聞こえるのだ。
本来ならこれは喜ぶべきことなのかもしれないが、ほぼ例外なくその後にはいやらしい想像が始まるのが真奈美には苦痛だった。
真奈美は自らの女性としての美しさを認めながらも、気持ちは深く沈んでいた。
真奈美は24歳にして、まだ処女であった。
もちろん、健康な若い女性である真奈美は異性に興味が無いわけではないし、年齢相応の性欲だってある。
(女には性欲が無いと思い込んでいる男が多いことにも、真奈美はあきれていた)
しかしどんなに素敵に見える男性と出会っても、彼の心の奥底の薄汚い感情が見えてしまう。
だから真奈美は男性に対して恋愛感情というものが芽生えたことが無かった。
・・・私はこのまま、誰の目に触れることもなく、処女のまま年老いてしまうのかな。。
自らの若く美しい裸体を見ても、それを想うと絶望的な気持ちになる。
ふと御影純一のことを想った。
心の見えない男性なら、『同類』となら恋愛ができるのだろうか?
・・・でも御影さんて若く見えても父親ほどの年齢だわ。
真奈美は頭を振ってその考えを追い払った。
・・・これから大変な戦いに臨むというのに何を考えてんだろう、この馬鹿娘は。しっかりしろ真奈美!
真奈美は下着を着けると、いつものように地味なスーツを身に纏った。
顔には日焼け防止のためのクリームと、色の薄いリップだけを付けて、軽く髪をとかし黒縁のメガネをかける。
御影の言う変装の出来上がりだ。
午前8時にはS.S.R.I本部に出勤した。
「おはようございます」
所長の田村はすでに出勤していた。
「おはよう、昨日はご苦労様。さて、今日も頑張ってくれたまえ。そうそう、御影君が観たがっていた映像が警察から届いているよ」
「牧野さんの死亡時の映像ですね。先にちょっと見せてもらいます」
田村からフラッシュメモリースティックを受け取ると、真奈美はノートパソコンに差し込んだ。
液晶ディスプレイに映像が映し出される。
デパート店内の映像だ。
婦人洋品売り場で、店内には10数名ほどの人々が映っている。
「これが牧野とその家族だ」
田村が指さしたのは、50代くらいの立派なスーツ姿の男性と、その妻らしい着飾った女性。それと中学生くらいの男の子だ。
3人とも手にはデパートの紙袋を持っている。
画面の中央部を横切るように歩いている牧野が、床に紙袋を置くと胸のあたりを両手で押さえた。
妻が心配そうに背中をさすっている。
間もなく牧野は床に膝を着くと、ゆっくりと横向きに倒れた。
妻が何か叫んでいる。
店員が数名駆け寄ってきた。
「これは決定的瞬間ですね。問題は周辺の人物の中に東心悟が居るかどうか・・」
ガラガラと引き戸の開く音がした。
「おはよう。ああ、みんな早いね」
御影の声だ。
「おはようございます」
「ああ、早速映像を確認しているんだね?どう映っている?」
「画像が荒いのでよくわかりません」
御影も画面をしばらく見つめた。
「女性と子供は除外して、男性全員を調べたいな。一人づつクローズアップして解像度を上げてくれ」
御影の言葉に真奈美は申し訳なさそうに答えた。
「すみません、私のパソコンではそれは出来ないんです」
「なんだって?ここには他にパソコンは無いのか?おいおい田村君、ここは仮にも科捜研なんだろ?」
呆れ声の御影に田村が答えた。
「本格的な画像解析は本物の科捜研に持ち込まなきゃならないんだよね」
まるでここはニセモノであるかのような田村の言い回しである。
「うーん・・そんな悠長な事じゃだめだ。その映像は僕の事務所で解析しよう。そのくらいのソフトならウチにあるから」
「御影君、これは部外秘の捜査資料だぞ」
「固い事を言ってる場合じゃないよ、田村君。これは借りて行く。宮下君、行くぞ」
「はい」
早足で玄関に向かって歩きだす御影の後に真奈美はつづいた。
このとき真奈美は、S.S.R.Iに勤務して初めての充実感を味わっていることに気づいた。