第10話 無為からの手紙

文字数 972文字

神威、僕はきみのことが好きだった。
本気できみに恋をしていた。
僕が同性愛者であることは、きみも薄々勘づいていたと思う。僕はそのことを他人に打ち明けたことは、一度もない。これ以上奇人変人扱いされることに、耐えられなかったから。

神威、きみは素敵だ。いまのままのきみでいい。あの日の晩、希望を持って生きてほしいと僕は言ったね。きみが自殺を考えていることが、僕にはわかったから。

神威、人生はわからない。人智では計り知れないことがたくさんある。人間にはわからない未知の世界というものが、あるんだよ。

きみがこの手紙を読んでいるということは、僕はもうきみの世界にはいないということだ。僕は自分の運命を受け容れる。マタイは祈った。「私の意のままではなく、御心(みこころ)のままになさってください」と。僕もそうする。

神威、人は死なない。「死んだらそこでもう終わり」という人がいるが、そうではない。肉体は必ず朽ちて滅びるが、魂は生き続ける。別の世界に行くだけなんだ。

人を傷つけたり、死や病、窮地に追いやったりするような行為は、絶対にしてはならない。魂が永遠に罪の重荷を背負い、代償を支払って生きることになるためだ。

僕はこれからも別の世界できみを見守り続ける。何か辛いことがあったら、僕を思いだしてほしい。この手紙を御守り代わりに大切に持っていてほしい。





手紙は意外に短く、達筆な文字で書かれた恋文のような内容だった。俺は無為の願いどおり、自室デスクの鍵がかかる引き出しの中に手紙を大切に保管した。

程なくして、やはり車の名前と似ているということで俺は『豊田神威』から『豊田無為』に改名した。すると出演した舞台が話題を呼び、それを観たテレビ局のプロデューサーがドラマ出演の話を持ちかけてくれた。そのドラマが当たり、それを機に大手芸能事務所に所属し、ラジオ番組やCMにも出演が決まった。

仕事が安定して入るようになり、バーテンダーのバイトを辞め俳優業だけで生活出来るようになった。奇跡のようだった。仕事である霊能力者の女性と知り合った時、
「あなたの現在の活躍は実力からではなく、守護霊の力に()るところが大きいから勘違いしないように」
と釘を刺された。

安定した生活を送れるようになった俺は、二年の交際期間を経た後、無己と結婚した。

無為の言っていた『兄弟の絆』とは、つまりはそういうことだった。




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