第1話 陽の当たらない場所

文字数 1,456文字

世の中には、陽の当たる場所で生きている人とそうでない人がいるんだよ。

それは生まれた時からたぶん運命づけられている。陽の当たる場所で生きている人たちは同じ仲間同士、チイチイパッパ仲良くやってりゃいいんだと思う。こちとら一生陽の当らない暗いトンネルの中、とぼとぼ俯いて歩く人生さ。しかもそのトンネルは、年を重ねるたびますます暗く細く、歩きにくくなってゆく。

運と才能に恵まれて生まれてきた人間が、本当に羨ましくて仕方がない。

「トヨタカムリくうん」
団長の梶原(かじわら)が、カウンターの中にいた俺を呼んだ。相変わらずわざと名前を間違えている。俺は慌てて梶原のいるテーブル席まで走って行き、
「団長、俺の名前豊田神威(とよた かむい)っす。いい加減覚えてくださいよ」
「ああ、そうだった。ごめんごめん。だって車の名前と似てるんだもん。いいから早くビール持ってきて」
苦笑いし弁明する俺の言葉を遮るように、梶原は命令した。取り巻きの女性団員たちが、「ひどぉい」「かわいそうだよ」と表向き(かば)ってくれるが、半笑いで一緒に面白がっているのがわかる。

俺は、売れない俳優だった。年齢は劇団の団長である梶原と同じ三十一歳だが、地方のドラマや舞台、しかも端役しか仕事が回ってこない。劇団に所属して間もない下っ端ということもあるのだが。なので生活のため、普段は関内(かんない)駅近くのこのバーでバーテンダーとして働いている。梶原はそれを知っていて、横浜で公演があった後の飲み会にはよくこの店を利用してくれる。しかしそれも好意からではなく、下僕(げぼく)の領域で殿様気分に浸りやすいからだと思う。

「やっぱり、モデル上がりの役者ってのは駄目だね。演技の基本、基礎を学んでいなくて見た目の良さだけで出てきちゃってるから。子役モデルから俳優になった奴なんて、ほとんど消えていなくなっちゃうからね」
梶原は聞こえよがしに言った。子役モデル上がりの役者とは、俺のことだった。梶原は大学で演劇を学び在学中に映画デビューし、卒業後劇団を起ち上げてからは舞台に映画、ドラマやナレーションなど仕事が途切れることのない日々を送っていた。
「梶原さん、今度朝ドラ決まったんですよね。すごぉい。これで三回連続出演じゃないですか? 大河の話も出てきてるんですよね」
四人席に座り梶原を囲んでいた女性団員の一人が言った。俺がグラスに入ったビールをテーブルの上に置くと、梶原は礼も言わず顎を上げてそれを飲んだ。
「あそこのプロデューサーが、俺のこと気に入ってくれててさ。劇団の公演とかもほとんど全部観に来てくれてるんだよ。だからきみたちにも、ほら、チャンスがあるってわけだ」
「俺のおかげで」と付け加えるかのように言うと、女性団員たちは無邪気に声を上げ喜んだ。梶原は権力者には媚びへつらい取り繕うのがうまく、そうでない者は小馬鹿にするタイプの典型だった。俺はもちろん後者で、事あるごとに格好のターゲットにされていた。

こんな人間が世間では脚光を浴びて、陽の当たる場所でもてはやされているのか。梶原は背も低く、美男でもなんでもない。どこにでもいそうな容姿の男だが、それだけに幅広い役柄に対応しやすいのはわかる。しかし、なんだか釈然としない。人柄も良いとは言えず、演技力にしても特別抜きん出たものがあるとは思えない。

やはり、陽の当たる場所で生きられる人とそうでない人とは生まれながらに選別されているのだろうか。その運命を、変えることは出来ないのだろうか。そう思いながら陽の当らないカウンターの中、騒ぐ連中を前に俯いてフルーツカクテルを作っていた。

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