第4話
文字数 1,303文字
その日は車が少なかった。快調に市街地を走らせる。
高速に乗ってからも、明るい日差しの中でぽかぽかと身体が暖まり、エアコンもつけずに快適に運転することができた。FMをつけると「イパネマの娘」が流れてきた。ボサノバの優しいサウンドに徐々に気が弛んできた。
逸見の家がある県に入り、高速を降りると舗装された広い道路の両側に田園風景が広がった。
さすがに少し疲れてきた。三時間ぶっ続けで運転していたことになる。一本道をしばらく走っていると、前方に何台か車が停められているのが見えてきた。白いヘルメットに青い制服の男たちが四人がかりで一台ずつ運転手と何やら会話をしている。検問だ。
平日のこんな時間に、とは思ったが、ありえなくもないのだろう。何もなさそうなこの土地唯一の飲み屋が近くにあるのかもしれない。俺は飲んではいないが、後ろ暗いことがなくはない。何しろトランクには死体が積んであるのだ。
前の車を通した後、白ヘルメットの一人が窓のそばに近づいてきた。
落ち着かなければ。まさかトランクまでチェックされることはあるまい。俺は窓を開けた。
「検問やってまーす。息を吹きかけてください」
白ヘルメットは顔の前に感知器を差し出してきた。機械的に多数の車をさばいているのか、明るい声とは裏腹に、男は死んだような目をしていた。
口を近づける。顔がこわばっているのを自覚する。
「おや? それはなんですか?」
俺はぎょっとした。男が指差しているのは助手席に置いてある紙袋だった。聡美からもらった酒瓶が見えている。
「ああ、それですか。もらったんですよ。飲んでませんよ」
俺は紙袋を抱えて、中を見せながら言った。
「ふーん、そうですか」
男は車内を覗き込んできた。その無表情さが異様な不気味さを演出していた。何も置いていない後部座席まで見回している。
「トランク、何か積んでいますか?」
なぜそんなことを聞くのだ。
何か俺に不審な点があっただろうか。そんなことより早く息を吹きかけさせてほしい。
潔白を証明したい。――潔白ではないのだが。
「たぶんキャンプに行ったときのテントが入ってると思います」
「見てもいいですか?」
「いいですよ。どうぞ」
祈るような思いで運転席からトランクのロックを外すと、男は車の後ろにまわってトランクを開けた。後部座席と天井の間に白ヘルメットの頭部が覗いている。相変わらず無表情でトランク内を見回している。
もし袋のファスナーを開けるようなことがあれば、急発進して逃走するしかない。前方には白ヘルメットが一人立っているが、いざとなれば轢いてしまうしかあるまいか。
「はい、結構です」
男はそう言い、トランクを閉めてゆっくりと窓の側に戻ってきた。そして「では、あらためて、こちらに息を吹きかけてください」と言い、感知器を俺の顔に向けてきた。
ここまでこの男は表情を何一つとして変えていない。息を吹きかけると男は「はい、ご協力ありがとうございました」と言い、窓から離れた。
俺は車を発進した。
助かった。
もしかすると何か近くで事件があったのかもしれない。しばらくはあの白ヘルメットの顔が頭に焼き付いて離れなかった。
高速に乗ってからも、明るい日差しの中でぽかぽかと身体が暖まり、エアコンもつけずに快適に運転することができた。FMをつけると「イパネマの娘」が流れてきた。ボサノバの優しいサウンドに徐々に気が弛んできた。
逸見の家がある県に入り、高速を降りると舗装された広い道路の両側に田園風景が広がった。
さすがに少し疲れてきた。三時間ぶっ続けで運転していたことになる。一本道をしばらく走っていると、前方に何台か車が停められているのが見えてきた。白いヘルメットに青い制服の男たちが四人がかりで一台ずつ運転手と何やら会話をしている。検問だ。
平日のこんな時間に、とは思ったが、ありえなくもないのだろう。何もなさそうなこの土地唯一の飲み屋が近くにあるのかもしれない。俺は飲んではいないが、後ろ暗いことがなくはない。何しろトランクには死体が積んであるのだ。
前の車を通した後、白ヘルメットの一人が窓のそばに近づいてきた。
落ち着かなければ。まさかトランクまでチェックされることはあるまい。俺は窓を開けた。
「検問やってまーす。息を吹きかけてください」
白ヘルメットは顔の前に感知器を差し出してきた。機械的に多数の車をさばいているのか、明るい声とは裏腹に、男は死んだような目をしていた。
口を近づける。顔がこわばっているのを自覚する。
「おや? それはなんですか?」
俺はぎょっとした。男が指差しているのは助手席に置いてある紙袋だった。聡美からもらった酒瓶が見えている。
「ああ、それですか。もらったんですよ。飲んでませんよ」
俺は紙袋を抱えて、中を見せながら言った。
「ふーん、そうですか」
男は車内を覗き込んできた。その無表情さが異様な不気味さを演出していた。何も置いていない後部座席まで見回している。
「トランク、何か積んでいますか?」
なぜそんなことを聞くのだ。
何か俺に不審な点があっただろうか。そんなことより早く息を吹きかけさせてほしい。
潔白を証明したい。――潔白ではないのだが。
「たぶんキャンプに行ったときのテントが入ってると思います」
「見てもいいですか?」
「いいですよ。どうぞ」
祈るような思いで運転席からトランクのロックを外すと、男は車の後ろにまわってトランクを開けた。後部座席と天井の間に白ヘルメットの頭部が覗いている。相変わらず無表情でトランク内を見回している。
もし袋のファスナーを開けるようなことがあれば、急発進して逃走するしかない。前方には白ヘルメットが一人立っているが、いざとなれば轢いてしまうしかあるまいか。
「はい、結構です」
男はそう言い、トランクを閉めてゆっくりと窓の側に戻ってきた。そして「では、あらためて、こちらに息を吹きかけてください」と言い、感知器を俺の顔に向けてきた。
ここまでこの男は表情を何一つとして変えていない。息を吹きかけると男は「はい、ご協力ありがとうございました」と言い、窓から離れた。
俺は車を発進した。
助かった。
もしかすると何か近くで事件があったのかもしれない。しばらくはあの白ヘルメットの顔が頭に焼き付いて離れなかった。