第9話

文字数 1,391文字

「成功だ」
 突然、視界が白い天井に切り替わり、聞こえてきたのは逸見の声だった。
 俺はベッドに寝ている。つい今まで山中でジジイとやりあっていたはずだ。首を持ち上げて周囲を見回すと、そこは病室のような狭い部屋だった。正面の大きな窓からは青空が見え、日が差し込んでいる。ベッドの脇にはの電子機器がいくつか載ったラックが置いてあり、俺の剥き出しになった胸部には様々な色の管の先端がテープで貼り付けられていた。
 機材のとなりに置いてある椅子に逸見が座っていた。
 数年ぶりに会った逸見はタートルネックに白衣を羽織っており、清潔感のある相変わらずの美青年だった。
「……どういうことだ」俺は逸見に尋ねた。
 逸見はため息をついた。「俺が聞きたいね。何があったんだ?」
「いつから俺は眠っていたんだ?」
「眠っていた?」逸見は眉間に皺を寄せた。「お前は死んでたんだよ」

 逸見が言うには、連絡を受けた後何時間経っても俺が到着せず、電話をしても一向に繋がらないので何かがあったのだと確信したのだそうだ。
 山の麓にたどり着いていることは聞いていたので、俺を探しに山の中を車で走っていると、ドアが空いてエンジンがかかったままの不審な車が停まっていた。直感的に俺の車だと思い、しばらくその周りを探していると、死体が二つあるのを発見した。
 一体は俺の死体だ。
 そしてもう一体はそれに覆いかぶさるように倒れている、女の死体だった。俺の妻だ。
 すぐに死体を回収して、<AER>を使って俺を生き返らせてくれたのだという。つまりここは逸見の自宅だった。
 俺は眠っていたのではなく、死んでいたのだ。当然、死んでいる間は記憶はない。
「二人とも頭に大きな傷があって、それが死因だとすぐわかった」
 どういうことだ。
 つまり、俺は妻を溺死させたと思っていたが、実は生きていたということか? 殺したときは確かに心拍は停止していたし、息もしていなかった。確実に息の根を止めたと思っていた。
「……その状態から息を吹き返した例はないわけじゃない。お前は車で煙草を吸っていたか?」
 俺は吸っていないが、あのジジイは吸っていた。だが、それがどうしたというのか。
「おそらく、ニコチンの影響で副腎から分泌されたアドレナリンが心臓を活性化させたんだろう。それと、山道を車に乗せて長時間走っていたことも影響しているかもしれない。車が揺れる度に腹が圧迫されて奇跡的に肺の活動を促したのかもな」
「そんなことはありえないだろう!」
「だが、そうとしか考えられない」
 俺は閉口した。まさかそんな嘘のような話が俺の身に降りかかるとは。
「なあ、一体何があったんだ? 説明してくれよ」逸見がしびれを切らして口を開いた。
 俺は妻を殺したわけではなかった。車中で目覚めた妻は、俺とジジイのやりとりを聞いていたのか否か、俺たちを追いかけた。そしてジジイを手にかけようとしている俺を発見し、ジジイを救うべく俺を石で殴って殺したのだ。いや、もしかすると怨恨から俺に復讐がしたかっただけかもしれない。
 いずれにしても俺を殺した妻は、何を思ったのか、自ら頭に石を打ち付けて自殺したのだと考えられる。
「死体を見つけたとき……そこにじいさんはいなかったか?」
「じいさん? いや、いなかった」
 逃げられてしまったか。
 ふと部屋を見回した。妻がいない。
「妻はどこだ? 生き返らせてくれたのか?」
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