第10話

文字数 761文字

 妻の遺体は隣の部屋のベッドの上に寝かせてあった。
 白い布団をかけられ、瞼が閉じられていた。額の少し上に痛々しい傷があり、東の魔女のように、今度こそこれ以上ありえないほど完全に死んでいた。
 妻を見る俺の背中に逸見が言った。
「<AER>は電力の問題で、一人しか同時に使えない。どちらか一人を選ぶしかなかった。そして俺は……お前を選んだ。すまない。勝手な真似をして」
 逸見は下を向いていた。
「いいんだ。ありがとう」と俺は力なく応じた。
 もしかすると逸見は、俺が妻を失って悲しんでいると受け取ったのかもしれなかった。
 しかし俺はただ、敗北感を味わっていただけだった。
「<AER>の人間での成功は初めてのことだ。つまり、人類で初めて生き返った人間はお前だ。大事に生きてくれ」
 逸見はそう言ったが、皮肉にしか聞こえなかった。

 俺は今、独居房にいる。
 殺人未遂罪で起訴され、あっという間に有罪になったからだ。
 逸見は俺の犯罪を聞いて驚いたようだったが、時々面会に来て、俺の肉体に異常が起きていないかを確認しにくる。
 <AER>の成功はまだ極秘のままだった。社会的に大きな混乱をもたらしかねないので、このまましばらくは黙っておくのだとという。
 逸見は、妻は実は自殺したのではなかったと教えてくれた。
 殺したのはあのジジイで、すでに逮捕もされているということだった。ジジイは妻が俺を殺したのを見て、恐怖で気が狂って妻から石を奪い、殴り殺したのだった。ちなみに、やはり思っていた通りジジイは危険な半グレ組織の下請けをやっていたようで、詐欺、横領、死体遺棄など、数え切れないほどの余罪があった。
 色々な話を聞いた。
 だが、俺は何も思わなかったし、どうでもよかった。

 小さなはめ殺しの窓からオレンジ色の陽光が差し込んでいた。
 眠くなってきた。

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