第18話 G・Y

文字数 7,986文字

 加古は自分のアパートで慶菜と一緒に、ゴールデンウィークの予定を立てていた。
最近の慶菜は、服装の露出度が控え目になっている。コンタクトも外してメガネをかけていた。もう誰の目を惹く必要もないからだろう。普通のロンTにデニムだ。加古も着古した服装でリラックスしている。
「ディズニーランドは行きたいでしょ?」
「うん、そうだね。ただ混みそうだから、いっそその直前の平日に行かない?」
「それもそうね。じゃあ旅行とか」
「旅行は、まずケイちゃんのご両親に挨拶してからだよ。あ、それで、僕の和歌山の実家に来る?何もないけど海はキレイだよ。食べ物は絶対東京よりおいしいしね」笑顔で加古は言う。
「行きたい。行くっ!ねえ、ウチの両親に会ってよ。おとうさん怖くないわよ」と微笑む。
「じゃあ、ご両親の都合を聞いておいてね」
「うん。お姉ちゃんはヤキモチ焼きそうだけど」と声を上げて笑った。加古もつられて笑う。
 そのとき、つけっ放しのテレビにニュース速報が出た。
『岸村健一さん殺害容疑で逮捕されていた水巻崇が、証拠不十分で釈放されました』
「ええっ!」二人同時に驚いた。
「だったら」
「犯人は誰なのよ。まだ捕まってないってこと?」
 すぐにネット検索をすると、もうニュース動画が上がっていた。どうやら他の容疑者を確保している様子だが、詳細は警察が発表しないらしい。『別の容疑者を調べている模様』というのは、そう解釈していいと思った。
「結局さ、いろいろ動画を見て、怪しいのは警察内部の人間だよね」
「そうね。だけどその場合、うやむやになるか、誰かが辞任して終わりじゃない?」
「うーん、まあね・・・」大人の事情は嫌いな加古だった。
 加古が実家に電話すると母親が出た。
「かあさん、ゴールデンウィークに帰るかもしれない」
「珍しいわね。正月や夏休みもロクに帰省しないあんたが。そういえば勉さんもあんたも怪我したんでしょ。大丈夫なの?」
「野津さんは腹を切られて大変だったけど軽症で済んだ。オレは古傷の左肩を亜脱臼しただけだよ。でね、もし帰るとしたら、彼女が一緒なんだ」
「へえ。大学になって初めての彼女かい。ぜひ連れて来なさいな」
「まだ向こうのご両親に挨拶してないから、承諾を得られたら、だけどね」
「分かった。2日前までに連絡頂戴ね。準備の都合があるから。そう言えば言ってなかったけど、とうさん今度校長になるのよ」
「へえ、ついにか。よかったね。何をプレゼントしようかな」
 慶菜は実家に電話して、今度の日曜ならと話が決まった。
「じゃあその前の金曜日にディズニーランドは行こうか」
「うん、いいわね。どんな服着て欲しい?」
「ええ?エッチな服」加古は笑う。
「またあ、アトラクションでパンチラとかやだ。じゃあ外国製のピチピチホットパンツ穿いたげる。ヨシくん、興奮しないでよ」慶菜も笑っている。
「日曜日はどんな服装がいいのかな。学生らしい格好で清潔感があればいい?」
「そうね。当日、わたしが迎えに来るから、そのときチェックしてあげる。吉祥寺から中央線で八王子からタクシーが一番ラクだからさ。タクシー代は気にしなくていいわよ、わたしに任せて」
何かと加古の財布を気にしてくれる優しい慶菜だった。まあ、小遣いも慶菜は多く貰っているので加古はありがたくお世話になっている。

 矢野と陽晴の取り調べ中、高柳は警視庁の辻に指示を仰いでいた。
「実行犯が明らかになる模様ですが、麻薬や要人の供述が出たらどうしましょう」
「麻薬はマトリの担当だから情報を流すしかないが、要人の話しが出たらさりげなくストップさせろ。それ以上の調査は警視庁の分担になると言え」
「分かりました。いま陽晴がヤバい供述をし始めたので、止めに入ります」
 野津と岩田が署長室に入ると、
「矢野と篠崎の取り調べは進んでいるか?」と高柳が岩田に訊く。
「はい、ここへ来て急転直下気味に進捗しています」
野津は横を向いて笑いを堪えた。
「どこまで分かった?」
「藤中組のヤクの在処は陽晴が知っています。梶谷と岸村は陽晴、あとの二件は矢野が実行犯というのも確定でしょう。すぐにマトリに報告しますか?あと一連の殺人の主犯格も分かりそうですが」
「主犯格?ウィクトーリアとかいう架空の名義のことか?」
「そうです。陽晴は見当がついているようで」
「待て。見当程度で動くな。それは警視庁案件かも知れない」
「そうですね」と岩田が言ったとき、野津が高柳のデスクに近寄り、
「この部屋に盗聴器があるのでは?」と言った。
「そんなバカな。ここには掃除婦も入れていないし」高柳が怪訝な顔をする。
「ちょっと失礼します」と野津はデスクの下を覗く。何かを取り出した。
「署長、盗聴録音機が仕掛けられていましたよ」
「なんだと?それができるのは・・・」
「この部屋に出入りできる人間だけですよね」野津は不敵に微笑む。
「お前だな!仕掛けたのはっ!」
「いえ、わたしはいま発見しただけですよ。これはかなり長時間タイプの録音機が付いていますね。早速分析させていただきます」としれっと答えた。
「それをこっちに渡せ」と高柳は慌てている。
「重要なことが盗聴されているかも知れません。極秘に調べさせてください」野津は冷静だ。
「お前はわたしに盾突くつもりか?」声高な高柳は野津を睨む。
「盾突く?どういうことでしょうか。署内のことは署内で解決したいではないですか。だから単純に聴いてみるだけですよ。何か都合の悪いことがあるのですか?」
 高柳はぎくりとして諦めた様子になった。
「野津、本当に署内で処理するつもりだな」
「内容にもよりますが。どなたと話していたかは重要ですから」
「ふざけるなっ」また高柳を怒らせた。岩田が間に入る。
「まあ、署長に隠したいことがないのでしたら、分析させてください。内容は必ずご報告しますから。勝手に署の外へ漏洩したりしませんよ」と取り成した。
「マトリへの報告は署長にお願いします。具体的な場所は篠崎に詳しく聞きますので」
「分かった。勝手にしろ。ただ、お前らに無理な案件には手を出すなよ」辛うじて虚勢を張る。
 
 野津と岩田は笑顔で廊下を歩いていた。
「いつ仕掛けたんだ」と岩田。
「女性二人を仮釈放するお願いをしに行ったときに、書類を受け取りながら付けたんですよ」
「ノリベンもなかなかしたたかになってきたな」岩田は野津を小突く。
「あれ?提案したのは誰でしたっけ?」と野津は笑う。
 捜査本部に行って、世田谷のメール発信地点をもっと詳細に調べて欲しいと頼み、二人は取調室に戻る。
 4月下旬だというのに東京はバカ陽気だ。最高気温は30度を超えていると天気予報が告げた。太り気味の岩田は、上着を脱いでもシャツに汗染みができている。元々代謝が高く汗っかきなのもあった。野津は筋肉があるが加古と同じ痩せ型なので、そう汗は出ない。
「ガンさん、替えのシャツ持ってます?」
「いや、着替えは持ってないよ」
「そのままじゃ色川さんに嫌われますよ」野津は笑いながら言う。
「きょうはデートじゃないって」岩田が照れている。
 陽晴に出前を取ってやり、二人はコンビニ弁当で済ませた。午後に少し取り調べをすれば、きょうは時間が余りそうだ。
「ガンさん、色川さんは忙しいんですか?」
「さあ、きょうはどうだかな」
「定時で帰れそうですよ。たまにはガンさんから誘ったらどうですか?」
「そう言われるとこっちから誘ってないなあ」
「ほら、電話してみたらどうですか?」
「うん」と岩田は席を外して電話を掛けに立った。すぐに戻って来て、
「空けられるってさ。ただし、きょうは彼女のお家デートだ。晩飯作ってくれるって」嬉しそうに話す。
「よかったじゃないですか。わたしも妻に電話します」野津も立った。しばらくして、
「定時で帰ると言ったら、吉祥寺のお好み焼き屋に行きたいそうです」と笑顔だ。
「あ、普通の家みたいな店だろ。あそこは安くて美味しいからな」
「ガンさんとも行ったことありますね」野津の声も弾んでいる。
「さっきコンビニで替えのシャツとトランクス買えばよかった。夕方に行くか」と岩田。
「だったら、着替えの前に宿直室でシャワー浴びて行けばいいじゃないですか」
「ああ、そうだな。私用で借りるのは気が引けるけどさ」と頭を掻く。

 午後の日射しが眩しい取調室で、野津と岩田は篠崎陽晴と対峙した。
「まず、ブツの在処を教えて貰おうか。マトリがいまだに探している物だ」岩田が訊く。
「紙ください。青山のほうなんですけど」と陽晴は手書きで地図を描いた。
「これは神宮球場の近くだね」と野津。
「そうです。この交差点の近くに、貸しトランクルームがあります。鍵は僕の所持品の中にありますよ」
彼の所持品を持ってくると、キーホルダーにナンバーが刻印された変わった鍵があった。
「これか?」野津が尋ねると、陽晴は、
「それです。僕は留置されますよね。でないと確実に藤中組に殺されます」言う内容に反して冷静だ。書記に吉永を呼ばせて、鍵と地図を渡して署長へ届けさせた。
「当然殺人容疑だけでも留置だよ。で、岸村のときに一緒だった二人は?」
「名前も何も知りません。ゼッケンがあって、みんなメールで支持されて集まり、ゼッケンで仲間と確認しただけです。後で会ったりもしていません」
「そのゼッケンを教えて貰おうか」
「僕は2025、仲間の二人はえーと、1948と3352ですね。うん、間違いない」
「年恰好は?」
「一人は学生ぽかったです。もう一人は僕と同世代くらいかな」
「ジ・アンダーテイカーの頭は誰だと思う?」ここが重要と思い岩田が訊く。
「だから明京大准教授に警視監の息子がいると言ったでしょ。それが正体ですよ。アイグレーも彼に操られているはず。ウィクトーリア自身の代理でメールを送り付ける暇があるんですから、世田谷の実家から発信していたのはその准教授ですよね」陽晴は事も無げな口調で答えた。
「で、MEAという団体を知っていると思うがあそこはどうなんだ」
「ああ、痴漢撲滅同盟ってやつですか。あれは独立組織ですが、活動資金は賛同している弁護士や政治家、一般人からの寄付で運営されているようです」
「それほど潤沢な資金はない様子だがね」と岩田は葛城を想像しながら言う。
「幹部が高齢で、寄付金から月給を出しているから活動資金が乏しくなるんですよ、おそらく」
「なるほどな。これは秘密だが、明京の准教授というのは英文科の湯浅賢太郎だよな」と岩田は小声で囁くように訊く。
「ええ、そうですよ。さすが警察、特定が早いですね」
 湯浅の父は剛之介という警視監で、親子とも世田谷の豪邸に住んでいる。その程度はデータ班が簡単に上げて来る時代だ。
 陽晴を留置に切り替え、野津と岩田は盗聴の内容を聞くことにした。小さな部屋を特別に貸し切りにして貰う。事由は極秘作戦会議としておいた。

 しばらく沈静化していたSNSと憶測報道が再燃した。
「水巻釈放って、じゃあ誰が容疑者?矢野とか篠崎きょうだいとか?」
「決め付けるにはまだ早くない?矢野が犯人だったら仲間殺しで草」
「矢野と篠崎陽晴は留置されているらしいよ。少なくとも彼らが実行犯じゃないの?」
「反社より怖いのは民間人かwwww」
「麻薬の件は陽晴がゲロッたみたいだよ。限りなく怪しいね」
「反社がマトリに捜査を受けてもブツが見つからなかったのは、陽晴が隠してるとか?」
「殺人容疑者から外れる代わりにヤクを預かった可能性もあるしね」
「ウィクトーリアって勝利の女神でしょ。そんな偽名で犯罪とはwww」
SNSの情報には高柳のリークも含まれていた。
 テレビのワイドショーでは犯罪心理学者などが持論を展開して大騒ぎだ。
「陽晴容疑者は、姉の罪を隠すために実行犯になったとも考えられます」
司会者はボードの命令系統想像図を指して言う。
「矢野も陽晴も、このウィクトーリアからのメール指示で動いていた様子です。ですが、たまたま二人の利害に合致していたので犯行に及んだのではと」弁護士の一人がフォローする。
「結局ウィクトーリアの正体が分かれば事件は一件落着ではないですか」と司会者がまとめる。
「さて、正体が露見されるでしょうか。警察官僚が絡んでいれば部下の辞任で幕引きもある。そういう事件は過去にも山ほどありますよ」と元警視の老人が言った。
弁護士はちょっと憤慨して、
「それでは警察の闇は、闇のままで終わってしまう。それには不快感を禁じ得ないです」
「まあ、世の中、きれいごとだけで構成されているわけではないでしょ」と元警視。
「そりゃそうですが、今回は四人も殺されて麻薬まで流通してます。清濁併せ呑むには濁りが多過ぎますよ」
司会は「まあ、憶測の部分が多いのでこの辺でCM行きます」と遮った。

 野津と岩田は長時間録音を聞くのに、会話以外の部分は早送りしていた。警視庁の辻という警視と千堂との会話はすでに少し聞き取れた。48時間の録音中に高柳の秘密の会話が多く含まれていると推察される。定時で上がる予定なので、きょう中に全部は無理だ。野津も岩田も約束を反故にできないので、岩田がコンビニに行きシャワーを浴びる間を除き、ギリギリまで二人で録音を聞いてメモし、野津は吉祥寺、岩田は荻窪に急ぐことになった。
「仕事以外で、例え一駅でも一緒に電車に乗るのは初めてじゃないか?」
「そうですね。ガンさんは武蔵小金井だから方向が逆ですもんね」
「さて、スイッチをOFFにするか。ノリベンもそうしないと蓄積疲労になるぞ」
「β-エンドルフィンが出ることをすればいいんですよ」野津が小声で言って笑った。
「脳内麻薬か。ははは、最近そういえば疲れが残らなくなった」岩田が微笑む。

 その頃、高柳は辻警視と電話していた。
「盗聴器だと?なぜ気が付かなかったんだ、バカ者が。違法捜査だと言って取り返せ」
「本当に申し訳ありません。ただ、外部に漏らす気はないようでして」
「問題はそこじゃない。お前が内通者だということと、警察上層部の人間が危ない」
「はい、本当にすみません」と相手に見えないのに頭を下げた。
「とにかく、ある警視正に相談する。状況によってはお前の昇進は見送りだ」辻のほうから電話を切られた。
 高柳は椅子の背もたれにガックリと身体を預けた。部下に暴かれるとは思っていなかった。自分の油断に腹が立った。下手をすれば昇進どころか左遷である。妻子を抱えて地方に飛ばされてはたまったものではない。そもそも、家族になんと説明したらいいのか。高柳本人も家族も東京と神奈川にしか住んだことがない。遠くに飛ばされたら、子供も苦労するだろう。

 自宅にいる千堂に玉置警視正から電話があった。
「なんだ、夜分に」
「いや申し訳ありません。が、一刻を争う事態ですので」
「え?何があったんだ。水巻釈放で変だとは思ったがね」千堂の不安は的中した。
「篠崎陽晴が岸村殺害と、藤中組からヤクを預かっていることを自供したんです」
「なんだって!わたしとの関係はバレないだろうな、どうなんだ」つい声が大きくなる。
「限りなくマズいです。保管場所がわかったのでマトリが没収に行き、藤中組を堂々と捜査しています。今夜中にも先生のところにマトリが行くかも知れません。いずれ真相が解明されるとしても、当面は何も知らない、何のことだ、と白を切って時間稼ぎをしてください」玉置は緊急事態なので早口になっている。
「分かったよ。自宅にはまったく隠していないから、あとは別居している娘に処分させる」
「いえ、お嬢様のところには、もうマトリが行きました。ですから、お嬢様個人の問題と言い張ってください」
「マトリは動きが早いからな。娘がホントのことを話したら終わりだよ」
「いま、警察上層部に相談中です。とにかく1分でも時間を稼いでください」
「分かった」と言ったとき、インターホンが鳴った。
「もうおいでなすったようだ。そっちも早く対処してくれ」と電話を切る。
 使用人がインターホンに出て、
「麻薬取締官だと言ってます。強制家宅捜査だそうです」と慌てている。
「仕方がない。入れろ」と千堂は静かに言った。
 マトリはリビングにいる千堂のところに案内されて来て、
「瑞穂さんのお住まいから麻薬が発見されましたので、ここも捜査させていただきます」
「麻薬?娘がそんな物を?」と演技賞ものの驚き方を千堂はする。
10人ほどの捜査官が広い邸宅を一斉捜査し始めた。
「瑞穂個人が所有していた物だろう。わたしは関係ないし、ウチをいくら探しても何も出んぞ」と叫んだ。
「あなたに政治献金をしている人物や団体を調べたところ、あなたから薬を貰ったというウラは取れていますよ」代表の捜査官がピシャリと言った。眼光の鋭さは千堂を超えていた。
 千堂は身体の力が抜けるような感覚に襲われ、ソファに倒れ込んだ。もうダメだ。政治家としては終わったなと思った。人に対しての口止めは案外脆いと後悔もした。労民党には迷惑をかけることになる。が、議員辞職は免れない。
「誰に聞いたんだ」と声を絞り出した。
「国際商事という会社の社長を問い詰めたら吐いたんですよ」千堂には覚えがある。
「なるほどね」口が堅そうな人物と思っていたが、マトリの厳しい捜査に音を上げたか。

 翌朝、野津は朝のニュースで『労民党の千堂聡介党首が、突然の議員辞職です。千堂議員は麻薬取締法違反で逮捕され、今朝になって党首辞任と議員辞職が労民党から発表さました』
野津は特段驚きもせずにそれを聴いた。史代が言う。
「あなたが調べていたのはこの事件なのね。単なる連続殺人かと思ったら、ずいぶん入り組んだ事件だったのかあ」と感心している。
「まだ完全に事件が終わったわけじゃない。主犯格が誰かを突き止めるのがゴールだから」と野津は答える。
「そういう正義感は好きだけど、あんまり無茶しないでよ。いつもわたしの存在を忘れないでね」と懇願気味に言いながら朝食を口にした。
「いつでも美味しい物を食べられるように、か」野津は微笑んでいる。
「子供ができたらもっと大事な人になるのよ」史代の口調は柔和になった。
 
 野津が署に出勤すると、岩田はすでに出勤していて、
「おい、早く録音を聴かないと、何かが揉み消されそうだぞ」と立って来た。
「昨夜のお食事はどうでした?」と野津が訊く。
「いや常人の手料理の域じゃなかった。ネットで調べたと言っていたが、センスがなければあそこまで美味しい物は作れないと思ったよ」岩田は少し浮かれた様子だ。
「それはよかったですね。頭脳明晰でかつ家庭的とは」訊いてくれて嬉しいんだな。そう野津は心の中で笑った。
早速録音機を持って、昨日取った部屋に行き録音の続きを聴く。会話以外を早送りすると約2時間で聞き終えるはずだ。
「ガンさんこれって」野津がリピートする。玉置警視正の声で、
『湯浅氏』と言っている。不明瞭だが『ウィクトーリアは謎のままで』と続いている。
「陽晴の供述のウラが取れたな」岩田が納得する。
 急いで続きを聴くと、辻の声で『さやかを犯人としてリーク』『瑞穂の逮捕令状は出さない』『バイオレットピープルは摘発を控えろ』など続々とおもしろい発言が出て来た。
「これは警察内部の陰謀だよな」岩田が厳しい顔になる。
「あ、ガンさん、首の後ろ。キスマークが」と野津はひやかした。
「ホントか。マズいな。それより、これをどうするか、だよ。署長も曲者だったな。おそらく昇進を餌に、情報操作や我々の監視をしていた模様だな。署内の各所に隠しカメラがあると思う。この録音を違法と言われたら、署内監視も違法と言って対抗しよう」岩田が本気モードだ。
「わたしが調べた限りでは盗聴自体は違法ではありません。むしろ、無断で署内を監視してたほうが罪に問われる可能性があります」野津は予めネットで調べたことを述べた。
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