第11話 ほどけないもつれ

文字数 8,385文字

 外出こそできないが、同棲状態でどちらの両親にもバレないのは最高だ。慶菜も同じ気分らしい。ただ、警察の寮なので、音量は控え目にしないと迷惑になる。幸い雨音が大きいが、慶菜は達するときの声が大きいので、それは必死に我慢させた。
 「僕さ、卒業したら塾講師しながらミステリー書こうと思ってるんだ」加古は正直な気持ちを言う。慶菜も賛成した。
「私は目先OLだろうけど、贅沢言わなければ生活できるわよね」と嬉しそうだ。
「ケイちゃんのご両親が許してくれるかだけど、一生懸命説得するから」
「うん。私も協力するわよ」

 野津の腹部の痛みが再発したので、岩田は一人で色川を訪ねた。仕事の服装だったが3階の自室に招き入れてくれた。
 東京人とは言え、貧しい育ちの岩田には居心地が悪いような洗練された空間だ。
「そこにお座りになって」とソファを勧められ、そっと座る。
「マスコミには発表していないんですが、品田風美が自殺未遂でまだ意識が無いんです。あと、あなたが捕まえた梶谷さん以外の類似二件は男性のMEA顧問弁護士が関わっていて、たまたまだと言っていますがどう思いますか」
 色川はキッチンでコーヒーを豆から挽いて淹れている。専門店のような芳香が広がる。
「そうですね。品田さん以外も偽被害者だった可能性はありますよね。MEAは痴漢を見張るほど暇でもないです。近場ならタクシーか自家用車ですしね。品田さんは実行犯ではないと思いますが、集団の中間管理職立場で精神的に参っていたのではありませんか?」
「最近、殺人事件が続いた後、辞めようとしたメンバーの引き留めにも心を砕いていたようです」
「実行犯はアイグレーの平メンバー複数で、怪しいのはアスリート系の体格のひとでは?」
「やはりそう思われますか。ただ、実行犯より先に殺人指令を出した人物を捕まえるほうが優先なので難儀していますよ。命令系統が分からない」
「篠崎さやかの心の鍵を開けるにはどうしたらいいでしょうね。彼女は結構傷ついていると思いますよ。いえ、だからこそ怪しむべきかも。警察が推理することですけどね」
 色川はいい香りのコーヒーを持ってきて「どうぞ」と勧める。「失礼」と言い口をブラックでも美味しいのは本格的なコーヒーだからだ。
「岩田さん、ウチの加圧ジムで鍛えながら情報収集しませんか?身元は私が適当に登録しますから大丈夫ですよ。もちろん料金など不要です」と微笑む。
 42と言えどもラグビーで鍛えた筋肉の貯金はなくもない。最近やや中年太ってきたが。
「いいんですかね、そんなに協力していただいて」
「捜査協力ならもうずいぶんしてます。岩田さん一人増えても負担にはなりません」笑顔だ。
そういえばきょうの色川は仕事着だがシャンパンゴールドのブラウスの胸元が開いていて、タイトスカートの丈も膝上15センチくらいだ。引き締まった身体を強調するような服装である。黒いパンストの脚が艶めかしい。
「きょうはこれからデートですか」岩田は恐る恐る言う。
「え?違いますよ、相手もいないし」でも、と小声で色川は言う。
「岩田さん、この後空けられます?荻窪に安くて美味しいレストランパブがあるので付き合ってくれません?」と目を輝かせて彼を誘った。岩田一人と聞いて着替えた可能性もある。

 2時間後ほろ酔いの二人は雑談していた。
「わたし、子供産みたいんですけど、もう40だからぎりぎりですよ、もう」
「いや見た目はお若いからまだ全然大丈夫でしょう?」
「でも相手がいないんですよ。同業者はあまり好みの性格がいなくて、かと言ってクライアントといい仲にもなれないですからね。性欲はちゃんとあるんですけど」と語尾は小声だった。
 鈍い岩田でも、さすがに気付いた。色川に好意を持たれているかもと。
「わたしは体格こそいいですが、顔や性格に自信ないし、叩き上げの警部風情でまったくモテませんよ」苦笑して見せた。
「岩田さんの顔、私好きですよ。刑事っていうかひとを疑う職業の割には優しい顔です」
「いやいや、嫌味っぽいことを言ったり、余計なお世話みたいなこともすぐ言う。わかってるのにもう癖ですかね。警察官病ですよ」
「じゃあ、私の欠点をズバリ言ってください」真面目だ。
「うーん。あえて言えば気が強いことと、身体が強靭過ぎることですかね」と頭を掻いて見せた。
「気が強いのは職業病で、普段は寂しがり屋ですよ。身体は外見が老化するのが嫌で始めたんですけど、ちょっとやり過ぎたかしら」と下を向いてクスクス笑う。珍しく女らしい仕草だ。
 落ち着いてよく見れば、美形の部類の若作り顔だ。そう岩田は思った。自分には高嶺の花だ。収入面も考慮すれば余計に。しかし色川は岩田の内心を見透かすように、
「私も現役の弁護士を辞めて、部下に任せてゆっくりしたいなあ」と呟いた。
「あなただったら、社長業でも成り立ちますね。いま社員何人ですか?」
「私を除いて弁護士が三人とサポートが六人、あと秘書と経理と事務員で合計十二人ですね」
「それは凄い。MEAの顧問なんて、あなたにはボランティアですね。その辺のフリー弁護士とは格が違う。クライアントも個人じゃないのが多いですか?」
「まあそうですね。個人もいますが、高収入の方ですね。30歳で独立して、ここまでにするのに結構頑張りましたよ」と微笑み「だからここ10年恋愛してないんですよ」と苦笑する。
「その前に結婚しなかったんですね」と岩田はちょっと不思議に思って訊いた。
「ええ。付き合っている相手はいたんですけど、彼は私が弁護士を辞めるのが結婚の条件だったので、ずいぶん考えて、仕事のほうを取りました」
「そうですか。あなたの仕事にご理解がなかったんですね」
「いえ、じつは同業者で、そのときは彼のほうが格上の弁護士でした。だから、『喰わせるのには十分な収入があるから、家庭に入って欲しい』と言われてしまって。同業者と付き合わないのはそれも理由のひとつでしょうかしら。それが28歳になる直前だったんですけど、それから仕事にのめり込んで、30歳で個人事務所を開いて、ここができたのは5年前ですね。女だから枕営業とかしてるんだろなんて言われたこともありますよ。でもそんなことはしてないし、ひたすら営業をしていました。黙っていても依頼が来るようになるまで辛い時期もありました」
「苦労されたんですね。それを顔に出さないのはお人柄ですね。あ、失礼、お育ちがいいのを忘れていました」
「あはは。育ちなんて。父が一代で築いただけの実家ですよ。元を辿れば長野出身らしいです」
 話が弾んでいるうちに、かなり時間が経っていた。岩田は署に戻って、待っているはずの野津と相談することが山ほどある。もっと話していたかったが事情を言うと、
「お引止めしてすみません、本当に。楽しい食事ができました」
と会計の伝票を持って立ち上がった。岩田が口を開く前に、
「お誘いしたのは私ですから、ここは持ちますよ。気にしないでくださいね」とにこやかに笑った。岩田は申し訳ないと思ったが、
「ではお言葉に甘えてご馳走になります」と頭を下げた。

 和歌山の加古の実家に刑事が着くと、預かっているスマホが鳴った。刑事は迷ったが出た。
「加古さんですか」若い女の声だ。
「あ、いえ、あの、僕は兄です。芳也はちょっと海に行っていて」と咄嗟に嘘をつく。
「にゃあこです。あ、黒猫にゃあこから電話があったと伝えてください」
「わかりました」母親の美津子が心配そうに見ている。父親の達也は美海とテレビの前で談笑していた。刑事は美津子に、
「早速、探りの電話のようですね。もうこれは放置して出なくていいです」と言った。
「おとうさん、刑事さんよ」美津子が玄関から呼ぶと、達也が立って来た。
「これは、わざわざ遠路すみません。事情は県警から聞きましたが、芳也が何かしでかしましたか?」
「いえ。詳しいことは知りませんが、芳也さんの親しい方が亡くなられて、捜査に参加していたとは聞いています」
「十文字光って、お兄ちゃんの師匠だったんですか?」いつの間にか美海もいた。
「そうですね。芳也さんは梶谷さんの家に定期的に通っていたとか」
「だから推理を始めたのか」と達也は複雑な心境で納得した。
「捜査本部の判断で、実際に帰省しても安全ではないと、このような方法を取りました」
 刑事は更に言葉を続ける。
「芳也さん目当てで誰かが訪ねて来ても、いまは外出中と言ってください。表面上は帰省した形になっていますので」
「わかりました」と達也は答える。
「かあさんも美海も、あとおばあちゃんもわかったな」三人が頷く。
「芳也がなんやら悪いことしたん?」とおばあちゃんは心配する。
「いや、むしろ被害者側なんだけど危ないから保護されているんだよ」
「ふうん」と孫の安否を気遣う祖母は、半分ほどは理解したらしい。
 達也は新年度から校長に昇進である。おめでたい時期に長男が危険な目に遭っている。詳しい経緯は芳也からも聞いていないが、心配させたくないから言わなかったのだろう。本当は帰省させて詳しい話を聞きたいが、それすらいまは止められている。達也は、
「どの程度の期間でしょうか。芳也も新年度があるので」
「さあ、犯人の目星がつかないと保護は解けないので、大学も休まざるを得ないでしょう。目安として2週間と聞いていますが」と刑事。
「そうですか。一日でも早い解決を祈ります」
刑事は丁寧に挨拶をして帰って行った。残された家族三人は茶の間で溜息をついてしばらく無言だった。明るいはずの美海ですら軽口が出ない。

 岩田が署に帰ると、案の定野津は帰宅しておらず、
「ガンさん遅かったですね。色川さんとデートでも?」と笑顔で茶化すように言う。
「いやいや、誘われて一緒に食事しただけだよ」と岩田は赤面しそうになった。
「品田の意識が戻ったそうです。でも思考が鈍っているので聴取は無理です。ただ」
「うん?」
「会社の防犯カメラに、黒いパーカーでフード被ってマスクの人物が映っていました。品田は脅迫でもされたのか、その人物のほうを見ながらモルヒネを服用しています。10カプセル程度ですね。ただ、痛みを抱えていなくて耐性もできていない人には危険な量だった」
「痛み?」
「痛みを抱えている人が飲んでも依存性が出ないそうです」
「梶谷光が手を付けていなかったのは、それを知らなかったんだな」
「それと、1日のモルヒネ服用にはMAXがありますから、ワントラムに足すのがためらわれたのではと」
「明日まず呼ぶべきは多和田茜だろうな」
「ガンさん、篠崎さやかも同意の上で任意が必要ですよ」
「まあな」
 野津は多和田に連絡して明日の任意出頭を承諾させる。その電話を切るとすぐ、加古からの着信があった。
「捜査状況はどうですか」と低いトーンで加古の声が。
「下手人の目星はつきかけているが、動機と主犯がまったくわかっていない」
「ちょっと気になるのは、黒猫みゃあこの存在なんです。彼女が何者か分かりませんか?」囁くような声だ。もしかして慶菜に聞かせたくないのか、と野津は思った。
「いや、気にしていなかったんで調べていない。調べれば何でも分かるとは限らないけど」
「そうですか。にゃあこから僕宛てに電話があったようで、刑事さんがごまかしてくれたそうですが、家族は気にしていて」
「なるほど。一応発信元は分かると思うが、いわゆる飛ばし携帯だったらお手上げだよ」
 ここで野津は重大なミスに気付いた。なぜ黒猫にゃあこに加古の携帯番号を教えたのか。
「彼女にきみの電話番号を教えたのは、刑事として迂闊だった。申し訳ない」
「とにかく早く解決お願いします。僕ら二人共学生で、新学期始まりますから」
「それは十分理解しているよ。きみの家族にはわたしが連絡して安心させる。美津子さんは叔母さんだから、話を聞いてくれると思う」
「よろしくお願いします」

 久我山の自宅に帰ると、野津は史代の愚痴に付き合わされた。
「休みは返上ばかりだし、定時で帰って来ないじゃないの」
「何しろ殺人事件を抱えているからなあ」
「そんなことは百も承知よ。でも、夫婦生活全般がまったく成り立っていないもの。私はあなたのホームキーパーじゃありません」とむくれた。
「ホントにごめん。時間と体力を注ぎ込んで捜査しているから。夜の体力はあるんだが、そういう気分にならないんだ。事件が一段落するまで勘弁してくれ」と心から詫びた。
「事件、事件て、何でもないときのほうが少ないじゃない」史代はこぼす。
「そうだね。だけど、今回は殺人だけに、どうしても気合が入ってしまう。従弟も絡んでいるし。本当に悪いとは思っているよ。一段落したら、温泉旅行にでも行こう」となだめる。
 史代に岩田と色川の話を振ると、
「それって恋の始まりかもね。二人共結婚最終便の歳だもの」
「やっぱりそう思うか。色川から食事に誘ったんだって」
「あら、それ、異性として意識してますっていう意志表示じゃないの?」と小首を傾げる。
「え、オレはきみを聞き込み相手として一目惚れしちゃって、こっちから『今度お食事でも奢らせてください』って言ったけどな」笑って照れをごまかす。
「どっちが誘っても同じよ。男女差別しないの」と史代も笑った。
晩飯を食べて風呂に入ると、脱衣場に着替えが用意してある。いつものことだ。ひとつ違っていたのは、速攻で効く精力剤が下着の上に置いてあった。史代の妊娠願望はかなり強まっているんだな、と野津は考えさせられた。確かに自分もそろそろ子供が欲しい。

 党本部で昼食休憩中の千堂のスマホが鳴った。情報屋の水巻だった。
「何か分かったか?」
『加古とかいう学生とその彼女、実家に帰っていないかも知れません』
「どういうことだ」
『最後に目撃されたのは二人共、警察の車に乗るところだったんです』
「だとしたら、どこにいるのか分からないのか」
『そこまではオレの情報では』
「そうか。また何かあったら連絡くれ」
 千堂はにゃあこつまり瑞穂に電話した。
「探偵ごっこの学生はどこに行ったか分かるか?」
『ドローン追跡の映像だと、三鷹辺りのマンションの一室のようです。でも、完全な特定はできません。最後に付き添っていたのは警察のひとに見えますが』
「警察がかくまっていると思える、ということか?」
『その可能性は高いです。警護を付けるには限界と思ったかも』
「分かった。明日また小遣いを渡しに行くから」
 電話を切ると秘書の根尾が、
「明京大の十文字の弟子みたいな学生ですか?」と訊く。
「ああ、ミステリー好きのようだが、探偵気取りもたいがいにして欲しい」
根尾は言葉を飲み込むように、黙って千堂の顔色を窺う。

 多和田茜はまったく悪びれずに三鷹北署に現れた。それもそうだ。自分が飲んでいたのが違法薬物とは知らないからである。華奢な身体にフィットしたワンピース姿で、余計に細く見える。別の嫌疑もあるが、あまりにも清々しい表情に、まさかという要素も感じる野津たちだった。
「わざわざ来ていただいてご苦労様です」野津は一応常套句を言った。
「いえ、きょうは元々暇だったので」笑顔で茜が会釈する。
茜を取調室の椅子に座らせ、岩田が切り出した。
「あなたが服用していた薬物の件でお呼びしたのではないんです」
「はい?」
「あなたの唯一と言ってもいい趣味は?」
「ドローン操縦ですけど」何を聞かれているのか分からないという表情だ。
「いつも大学の庭で練習しているそうですね。で、3月20日はどうしていましたか?」
「えーと。春分の日ですよね。その日も昼頃から夕方前まで練習していました」
「それを証明できるひとは?」と野津が訊く。
「ああ、それなら教えてくれている先輩に聞けば大丈夫です」
「先輩?どなたですか?」岩田の目付きが怪しむ。
「ガーシュイン知郷と言います」
「ガーシュインチサト?」
「あ、チサトは知るに故郷のきょう、帰国子女の女子で英文科4年生になります。いま電話で聞いていただいてもいいですよ」とスマホを出して知郷の番号を教えた。
 野津が電話を掛けると元気のいい英語訛りの日本語で
「ハイ、ガーシュインですが」と出た。
「ガーシュイン知郷さんですね?多和田茜さんはもちろんご存知ですよね」他の二人にも聞こえるようにハンズフリーにしてある。
「オフコース。茜とはドローン友達」
「ちょっと前ですが、3月20日に大学の庭でドローンを教えていたそうですね。何時頃までだったか覚えていますか?」
「サンガツハツカ?オオイエス、茜と健斗の二人に操縦教えていた。時間は、そう、わたしがいたのは14時30分まで。健斗はその少し前に帰った」
「ずいぶん正確に覚えていますね」
「15時に渋谷の英会話塾のアルバイトあったから、30分前に大学から出ました」
「なるほど。茜さんのテクニックはどうですか?」野津はちょっとつられて英単語で聞いた。
「茜は、キャメラだけで遠くまで飛べるし、今度の学生コンテストは優勝候補と思う」
「そうですか、ありがとう」それで電話を切った。
 野津と岩田は茜を残して別室に行く。
「14時30分までのアリバイだと、直後に目黒から久我山まで直線で飛ばせばノリベンのマンションに着くかもな」と岩田が言う。野津も眉間に皺を寄せて、
「すごく微妙なアリバイですよね。確かわたしが一時帰宅したとき、ガンさん達は梶谷邸に入ろうとしていた。それが15時ちょっと回ったくらいですから」
「空中を線で結ぶと」と岩田は23区の地図を見て、
「10キロもないな。30分あれば、ノッポの住所を知っていたとして、十分着くな」
「え?わたしの具体的な住所は多和田が知るはずは」
「ないとも言えないよ。だって、アイグレーのメンバー濃厚だろ?」
「それもそうですね・・・」
 二人は取調室に戻った。岩田が茜に言う。
「健斗というのは?」
「本山健斗、2年生になる1コ下の経済学部の子です」
「うんなるほど。彼はあなたより先に帰ったから証人にならないと?」
「そうです。わたしは15時半まで練習していましたけど、最後の1時間は一人でしたから」
「具体的にドローンの何についての練習を?」
「主に上下動と回転です。今度の大会で優勝するためにコントロールタッチを調整しながら、練習用のコースを周回していました」
「誰か、目撃者はいないかな」野津が口を挟んだ。まだ少し腹部が痛いのか、椅子に座る。
「キャンパスの裏庭なので、ラウンジの隅から見える程度です。誰もいないんじゃ・・・」
茜はアリバイについて自信がないらしく俯いた。
「15時よりあとに、あなたのドローン練習を見た人がいればいいんだがね」と岩田。
「それは、わたしには分かりません」消え入るような声で茜は言う。
「まあ、それは捜査で分かると思いますがね」
 野津が、もっと重要な件に踏み込んだ。
「あなた、アイグレーという集団を知ってるでしょ?」
「え?さあ・・・」
「明京大のアイグレー代表でしょう?ある程度調べたところだけど」
「そんなこと言われ」ここで岩田が遮った。
「どうせわかることだ。いま正直に言ったほうがいい」
「・・・わかりました。そうです、わたしは『アイグレー』の明京大主幹です」
「日頃の活動はどんなことを?」
「本部からの連絡を受けて、必要な人員の手配とか確保とか」
「連絡?どのように?」
「いつもウィクトーリアという偽名でメールが来ます。毎回メルアドは違いますが、@の後は必ずvictoria.comですね」
「ここ最近ではどんなことがあった?」と野津。
「三人以上、立川に来れる人を用意しろ、という」
「立川?いつだか覚えてる?」
「3月上旬の、確か雨が降った日の前日に来た連絡でした」
「え?」岩田と野津が異口同音に驚きの声を上げた。
 岩田が冷静さをなんとか保ち、
「他にあなたの知っていることは何かある?」
「教授の中にフェミニストのアイグレー賛同者がいるらしいんですけど、誰だか正体は知りません」
「なるほど。では聞くが、あなたの推測でも推理でもいい。誰だか心当たりはいる?」
「わたしが個人的に思うのは、痴漢事件で大学を辞めた矢野教授では、と」
「ええっ!どうしてそう思う」さすがの岩田も声を荒げた。野津もびっくりしている。
「男性のフェミニストって、結局女性を下に見ていることが多いんです。対等には感じていなくて、守る対象みたいに考えているひとがほとんどで。矢野教授も言葉の端々にそういう雰囲気があって、それと、矢野教授が大学を辞めてから、指令連絡がまったく途絶えているのも気になります」
「あなたは矢野教授に就職の相談もしていたそうだが、かなり親密な関係なの?」
「もう、正直に言います。現在、わたしは矢野教授と男女交際してます」と開き直るように言った。少し怒った顔になっているが、恥ずかしさを隠すためだろう。
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