第17話 晩春の嵐光

文字数 8,175文字

 『ああ、加古くん。なんか久し振りな感じだね。何か新情報があるの?』
「豊里村のことですが、地図を調べたら、篠崎家と千堂家が隣り合わせなんですよ」
『昭和30年から40年くらいの地図?』
「そうです。まさにその時期ですね」
『さやかと千堂はそれを知っているよな、普通』
「ええ。売却のときに地図を見たはずです。ということは千堂と篠崎さやかは、完全な他人ではない可能性がありますね」
『だよね。戸籍がいい加減だから調べようがないが、ある程度近親かも知れないな』
「その二人がいま出会っているのは偶然でしょうか?矢野さんも含めてどうですか?」
『豊里村にはまだ解明できていないことが多いんだ。いま言った三人がバイオレットピープルメンバーだから、妙な想像もしそうになる』
「え?千堂もバイオレットピープルメンバーだったんですか?」
『うん。だから、矢野が身を引いて千堂にさやかを譲ったそうだよ』
「なるほど、そういうわけですか。にしても妙なご縁ですね、二つの意味で」
『豊里村で隣家、そしてバイオレットピープルメンバー、だろ?じつはちょっと深谷市の現場に聞き込みに行こうとしていたんだ。情報をありがとう』

 野津は延々と車を走らせ、深谷市に向かった。篠崎姉弟が通った小学校の元教師に話を聞くためだった。森脇善夫という老人は、深谷市内に隠居していた。幾分のどかな風景の中を走ると、元は農家だったような広い庭の家に着く。表札を森脇と確かめ、門内の庭に車を停めた。
 インターホンがないので「ごめんください」と声を張って言うと、森脇老人が迎えに出てきた。
奥さんはもう他界していて、一人暮らしと聞いている。森脇は、
「遠い所をわざわざ来させてすみません」と謝る。年齢の割にはお元気な様子だ。
「いえいえ、こちらの勝手なので、お話が聞けるだけでもありがたいです」と野津は言って、老人の後ろを追い土間に入ると上り口があり、
「どうぞ、上がってください」と言われ、いかにもリフォームした感じの応接間に通された。
「お邪魔します」と言いながらソファに座ると、老人は一度姿を消し、緑茶を持って戻った。
「あ、おかまいなく」と言ったが、
「いやあ、わたしも喉が渇くからね」と笑った。人柄が良さそうな人物だ。
「早速ですが、篠崎姉弟のことを伺いたいのですが」そう野津は切り出した。
「よく覚えていますよ、あのきょうだいは」森脇は苦笑した。
「5年生のときに『自分の先祖を調べよう』というカリキュラムがあったのですがね。姉のさやかさんの担任がわたしで、両親に訊いたら『よくわからない』と言われたと、あの子が悲しそうに相談してきて、そうか豊里裸族だったっけと思い『みんなが先祖をわかるわけじゃないから大丈夫だよ』と慰めました。そのときには弟の陽晴くんは何も知らなかったようでしたが、5年後に、わたしが教頭になってから迂闊にもまだ同じカリキュラムが残っていて、彼は姉のさやかさんにもしつこく訊いたらしくてね」ここで老人はお茶をそっと飲む。野津も失礼してお茶を飲んだ。高齢にしては記憶もハッキリしていて話し方にも活気があった。
「わたしは陽晴くんの担任に『篠崎くんには、わからないと言ってくるだろうから落ち着いて対処してね』と言いましたが、彼は家庭内でちょっと荒れたと聞き、教頭として訪問指導しましたが、それ以来暗い子になってしまってねえ」と思い出すように遠い目をした。
「彼は両親からある程度の事情は聞いたそうで、卑屈になって、隣の千堂家の同級生女子を好きだったはずが、まったく見向きもしなくなったと当時の担任が言ってましたよ」
「そんなことがあったのですね」野津は認識を改めなくてはと考える。あの姉弟は思春期手前で心に傷を負っている。とりわけ陽晴のほうが深手のようだ。
 初夏のような日差しの庭で小鳥が囀っている。大きな欅が植わっていて、この家の歴史を感じる。
「ただ、さやかさんは立派な看護師になりましたし、陽晴くんも高校時代にはバンドを結成して明るくなったようですが」そう野津は言ってみた。森脇は、
「表面的にはそうなんですが、地元の人間は彼らの両親の死に疑惑を抱いているんですよ」と慎重な面持ちで答えた。
「家に青酸カリがあったのと、さやかさんが医療方面の人だったからの噂では?」
「まあねえ、そう言えばそうなんだけど、あの子たちは土地を売り払ってバカにできないお金を手にしたからね。わたしもあながち噂だけとは思えないところがあります」
「死亡診断書には父親は急性心不全、母親は脳卒中と記述されていますよ」
「そうですか。わたしは素人だから分からんけど、ごくごく微量の薬物を混入させた食事を続けた場合、どうなんですかねえ」老人の疑いは晴れない。
「まあ、いまとなっては調べようがないですね」野津はそう答えるしかなかった。
「どうも貴重なお話をありがとうございました」と野津は礼を言い、ソファから立ち上がった。
「門を出て右のほうへ走ると、昔の千堂家と篠崎家の敷地です。千堂家の土地は千堂聡介が建てたマンション、篠崎家だった土地には何件か建売住宅があります。よろしかったら見ていったらどうですか」と森脇が説明した。
「そうですか。ちょっと行ってみます。興味本位ですが、ありがとうございます」

 老人がにこやかに野津を送り出し、車は門を出た。教えられた通りに野津が車を走らせると、すでに古び始めた同型の建売住宅が6件並んでいる。ここが旧篠崎家跡だ。その西側には5階建てのマンションが建っていた。こちらはまだ新しい。最近、更地に千堂が建てたものだろう。一番近くの不動産屋に車を走らせた。相場が知りたかったからだ。
 店内に入り警察手帳を出し、
「豊里村だった地区の実勢価格を教えてください」と言うと、若い男に代わって奥から中年女性が出て来て、
「ああ、豊里部落でしょ?あそこは周囲より2割ほど安い値段ですよ。それでも10年前で坪10万、いまは12万くらいですね。建売が建ったときは格安ですぐ売れたし、千堂のマンションも安く分譲したので買い手は多く、一部抽選になったんですよ」と流れるように言う。
「でも、アクセス的には最寄駅から多少遠いので、この辺りは車前提の生活ですけど」
「なるほど。篠崎家が土地を売却したときでジャスト坪10万ですかね」
「ええと、それウチで扱ったんですが、約310坪が3180万で売れていますね」とファイルを見て即答した。「そこからウチの手数料約100万を引いたのが、売主の収入です」
「いや、どうもありがとう。参考になります。千堂のマンションの売却益は?」
「それは想像ですが、4億円前後では?確か20戸程度で1戸が2000万くらいのはずだから」
「そうですか。ここでは扱わなかった?」
「いえ、この辺の不動産屋はみんな絡んでますけど、発表価格と実際の売値は違う場合もあるんです。買い手が多かったから、高めに売れた区画もあるでしょうね」
「4億円は凄い。でも建てるのに1億くらいは出費してますよね」
「そうでしょうね。低層マンションですが、耐震設計で防音もしっかりした仕様なので」
「詳しい話を聞けてよかった。それでは」と野津は店を出た。
 三鷹北署に戻る道中、野津は篠崎姉弟が約3000万、千堂家は約3億の利益を出したことを反芻していた。陽晴は察するに2000万円くらいの資産を手にしただろう。千堂は、ただでさえ世田谷の代々の家土地があるのに、マンションで3億か。え?と野津は気が付いた。世田谷の『代々の土地』?豊里裸族がそんなもの持っていないはずだった。いったい誰の財産なのか。あっ、と思う。橋爪家の財産を千堂の妻が譲り受けたものではないのか。おそらく、現在の名義は千堂聡介になっているだろうが。橋爪家は旧家で、財閥とまでは言えないが資産家だ。広尾の家土地も持っていて、現金資産も4億ほどある。大手広告会社の大株主なのも調べ済みだ。世田谷の家1件くらい不倫相手に渡しても、正妻も文句を言わなかったと考えて不思議はない。
 持ってる人には叶わないなあ、とハンドルを握りながら溜息をついた。

 野津が署に戻ると、科捜研の指原の姿があった。岩田に何やら説明している。側に行くと、
「一度に20ミリグラム程度ならちょうど中毒になる量ですね。さやかならそれは知っていたでしょう」指原は青酸カリのことを話しているらしい。
「青酸カリで、じわじわと死に至らしめるのは可能なんですか?」野津が訊く。指原は、
「正式にはシアン化カリウムと言います。作物の消毒にも使うので、じつは猛毒というわけではありません。ただ、長期間ヒトが微量を摂取すると臓器や中枢神経に故障を起こす可能性は高いですよ。その場合、毒物で死んだようには見えませんし、仮に解剖しても所見に毒素は許容量しか出ません」科学者口調ですらすらと言う。
「20ミリって0.02グラムか。キッチリ計る道具が必要では?」
「消毒に使う場合も分銅を使用した天秤計りがいるので、持っていて当然です」
野津と岩田は、なるほどと感心するしかなかった。
 指原と入れ違いに、矢野の住居を捜索した三角がやってきた。
「少なくとも西新宿のアジトにはコスチュームはありませんでした。どこかに処分したのか、それとも矢野は実行犯でないのかのどっちかですね。まさか本来の自宅に隠しているわけはないですし、他の容疑者も調べたほうがいいと思います」落ち着いた小声で言う。
「そうか。勾留中の陽晴も叩いてみたほうがいいな。彼が実行犯でなくても、何か知っているかも知れんしな」岩田は腕組みをしてそう返事をすると、
「ノリベン、陽晴の取り調べをしよう。でもちょっと休憩していいよ。深谷への往復で疲れてるだろ?」と野津を休憩室に誘った。
 野津は深谷市で仕入れた情報を岩田に話した。冷たい物が飲みたいので自販機のアイスコーヒーを飲んでいる。
「森脇老人の話は興味深いな。さやかも陽晴も豊里部落が出自と知っていたんだな。さやかと千堂は、近親かも知れないのを承知で交際しているわけか。あの姉弟が結託して両親を死なせたかも知れないな。それはつまり、遺産目当てだけじゃなく、恨みの感情もあってだが」
「そうなんですよね。特に陽晴は親に遺恨を抱いていた様子で。姉が千堂と付き合っているのも快く思っていないのでは、と。千堂の住まいが元は橋爪家の持ち物だったのは確認したいですね」
「それは簡単にできる。まあ、調べるまでもなくノリベンの言う通りだろうな。でさ、矢野と千堂も出自を知った上で関係ができた可能性はあるな。明日にでも矢野も叩いてみたい」

 陽晴の取り調べは難航した。彼が「分かりません」を連発したからだった。豊里裸族のことを聞いても答えない。
「じゃあね、三件の殺しの時間のアリバイはあるか?客観的な」岩田が訊く。
「三件目は光さんだから、前に話したでしょう?あとの二件は自宅で制作活動中だったから、メンバーに聞いてください」
「メンバーの証言では客観的アリバイとは言えないよ。他人でも身内じゃないか」
「そう言われたらないですよ。でも、そのスーパーなんとかのコスチュームなんか持ってないです。それでも僕を疑いますか?」と陽晴はやけに落ち着いて吐き捨てるように言う。
岩田はそれを聞いて微笑んだ。
「国立のマンションにもどこにもないだろうな。なぜなら三件目のときに捨てていればいいからだよ。四件目の事件が起こらないのもそのせいじゃないのか?」
「言い掛かりですよ、そんなの」と陽晴は一層不機嫌になる。
 そこへ平岡が入って来た。
「きょう、江頭と立川の現場付近を調べていたんですが、アンダーパスに住んでいるホームレスがスーパーハリケーンのコスチュームを着ていました。あ、覆面はしてなかったですが。で、理由を聞くと、『ああ、3月の雨の日に捨ててあって、ちょうどいいから着替えに貰った』と言いましたよ。四件目の同様の事件が起こらないのは、実行犯がコスチュームを捨てたからでは?」
「だってさ。きみはあの夜、現場に行ったんだよな?」と岩田が陽晴を睨む。
「だから、行ったら光さんが死んでいて、怖くなって帰ったと言ったじゃないですか」
平岡が口を挟む。
「鬼公園の近くに雨宿りができる場所がある。そこで隠し持ったコスチュームに手早く着替え、犯行後に脱ぎ捨てれば辻褄は合うんだけどね」
 ここで岩田に何やら耳打ちをする。
岩田は平然とした顔で机をバンと叩いた。
「これでどうだ?え?あんたもウィクトーリアからの指令で動いていたんだろ?スマホのメールは全部削除したんじゃないのか?しかも、矢野とあんたは千駄ヶ谷のレスリング道場に通っていたのが分かった」陽晴は俯いて沈黙している。この青年は場の重力を増すような存在感がある。10秒ほどの静けさが部屋を覆ったとき、
「僕ですよ。三件とも。やれば1000万くれるというメールで、実際に口座に振り込まれましたし。三件で3000万円貰いました」と呪縛から解き放たれたように、ゆっくりと言った。
「ウィクトーリアが誰なのか、疑いもしなかったのか?」
「以前からやり取りはしていて、小さな用事を頼まれては小遣いを貰っていたから、ジ・アンダーテイカーの上の方の人間だと思ってました」
 岩田は野津と顔を見合わせる。痴漢反対派ジ・アンダーテイカー、フェミニスト集団アイグレー、バイオレットピープル主宰矢野そして千堂瑞穂に共通してウィクトーリアからのメールが・・・どういうことだ。犯行に関わったすべての人物がその名前に操られているようだ。千堂か?いや警察の上層部?触れてはいけない真実に近付いているかも知れない。二人は同時にそう思った。
 滝口という警視が部屋に入って来た。
「どうですか?様子は?」
「篠崎陽晴が自供したところです。連続殺人の実行犯はこの男です。麻薬に関しては姉のさやかまでは分かるのですが、それ以上こちらで調べるのははばかられます」岩田が報告した。
「ウィクトーリアとかいう架空の名前の主は?」
「まだ全然分かりません。ただ、今回の連続殺人に関与した人物にはすべてその名義のメールが来ています」
「警視庁捜査一課と組対が協力して捜査しているが、岸村のこととヤクのルートが分からん。藤中組にはマトリ捜査の手も入っているが、いまだにブツが見つかっていないそうだ」

 翌日の午前、矢野を取調室に入れた。
「陽晴くんがそんなことを?」と矢野は驚いた。明らかに動揺している。
「なぜ驚くのですか?」と野津が尋ねる。
「彼はおそらく三件目の梶谷さんだけしかやってない」と言う。
「どうしてそう言えるんだ」と岩田。
「ああ・・・それは・・・他の二件はわたしの犯行ですから。『消してくれれば金は払う』とウィクトーリアのメールが来たので」矢野は肩を落とす。
「本当か?だったらコスチュームはどうした」岩田が問い詰める。
「二件目の後に、ウィクトーリアからのメールで、指定の住所に送るように指示があって、それが陽晴くんの住所だったんですよ。一応洗濯して送りました」
「一件いくらだったんだ?」
「500万円です。お金に目が眩んだだけではなく、岸村の強請りを受けていた人物だったので」
 岩田と野津はふっと溜息をつく。
「そのメールは消しての前に『揉み』があったのを削除したんですよ」野津が残念そうに言う。
「えっ!そうなんですか?そ、そんな・・・」
「岸村殺害についてはどうですか?」野津が訊く。
「陽晴を含むアンダーテイカーの仕業では?反社の水巻が逮捕されていますが、彼はダミーの実行犯だと思います。もう一度陽晴くんを取り調べたほうがいいのでは?」
「じゃあ、千堂とあんたの関係だが、豊里村出身だから懇意になったのでは?」岩田は続けた。
「よく調べましたね。千堂・篠崎・矢野は全部豊里部落の出身ですよ。まったくの他人ではなく、血が繋がっている可能性があります。それは彼らがバイオレットピープルメンバーになってから調べて気付いたことですけどね。千堂聡介もそれに気が付いて、わたしと普通のメンバーを超えた関係でした。ウィクトーリアが千堂だとすると、ジカに殺人依頼をしてもいいのに矛盾します。陽晴くんが余計な罪を被ろうとしなければ、わたしはこの話はしないと決めていましたから」
「念入りな身分隠しかも知れんよ」そう岩田は言い、壁の前に立って腕組みをした。
「だがな、確かに千堂がウィクトーリアだとするには不自然な点がある。多くの指示メールを送れるほど彼は暇人じゃないからな」
「ですよね。ウィクトーリア複数説を採用しても、千堂には都合のいい仲間がいません」矢野が分析する。もう殺人犯として扱われる覚悟ができた様子だ。
「とにかくあんたの供述書を作って、改めて殺人容疑で逮捕することになる」岩田は椅子に座り直してそう宣言した。

 矢野を勾留から留置に切り替え、早速陽晴を取調室に連れて来させた。
「矢野の供述ときみの供述が一致しない。正直に話してくれ」岩田は陽晴の向かいに立った。机に手をつき見下ろしている。怒っているときの彼の癖だ。
「本当のことを言います」陽晴は覚悟を決めた表情になった。
「光さんと岸村は僕の仕業です。岸村はアンダーテイカーの仲間二人と、夜に人気のない東京湾に呼び出して殺しました。『極秘の情報があるので』と言ったら、喜んで来ましたよ。どっちも指令があってやったことですが、僕としては姉のことを思うと都合がよかった」
「なるほどな」岩田の表情が少し緩む。
「で、金銭に関しては?」
「光さんは1000万、岸村は1500万の山分けで一人500万円です。それと、藤中組からの提案で、実行犯をこちらから出す代わりにブツを預かって欲しいと言われました」
「えっ、あんたがブツを預かっているのか?」さすがに岩田も驚いた。
「なぜか藤中組に岸村殺害がバレていて、スーツケースに一杯のブツを預かり、あるトランクルームに隠しています。倉庫代を含めて1000万貰いました」
「おいおい、二件の殺人に麻薬まで。どうしてそんなに罪を犯すんだ」岩田が呆れる。
 代わりに野津が、
「麻薬も、もしやお姉さんの保身のために?」と尋ねる。
「そうですよ。弟が犯罪者なのはよくないですけど、それでも放置していたら姉の身分が大丈夫か、どれほど心配したことか。僕は千堂聡介と無事に幸せになって欲しいです。僕らと千堂が豊里村出身の血統なのは知っています。それでも、いや、だからこそ、あの二人が結びつくのはいいと思いました」
「それもどうかな、とは思うけどね。お姉さんが罪を犯したのはもうわかっているんだ。詳しくは教えられないが」野津は少し可哀そうになって言った。
「きみたちのご両親の死については、もう調べようがないが、お姉さんの仕業ではないかと、現地ではいまも疑われているよ」
「僕も、姉ではないかと思っています。朝食は姉の担当でしたし、僕を音大まで行かせるにはウチは貧しかったので」陽晴は野津のほうを向き、
「僕、ウィクトーリアの正体が想像できるんですけど・・・」
「本当か?」と岩田。
「一連の動きを総合すれば、警察内部の人間で、資金は後ろに資産家がいるのでは、と」
「心当たりはあるのか?」
「先日亡くなった橋爪大使なんて怪しくないですか?あの人は政界にも警察にも顔が利く。ウィクトーリアからのメール発信場所は?」逆に質問して来た。
「西新宿・八王子・世田谷だ。矢野・さやかさん・千堂だと推測している」暑いので窓を開けながら岩田が言う。
「世田谷のはきっと千堂聡介じゃないですよ。千堂の自宅付近に住んでいる警察の上層部を当たったほうがいいです。ある警視監の息子が明京大の准教授で、矢野さんとも顔見知りですよ」陽晴は確信あり気に言う。
「だとしたら、警察内部を摘発するのは簡単ではないけどな」と岩田は思案顔になった。野津も岩田に向き合い、無言で目を合わす。世田谷に住む警察上層部の高官と言えば、口にするのも躊躇われる人物だからだ。
 そのとき、吉永が入って来て、
「あの、高柳署長がお呼びです」と告げた。
 岩田は内心『来たか』と思った。こちらの動向を監視しているのではないかと疑っていたから、陽晴の話が核心部分に触れたときに予測していた。
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