第19話 終末ラプソディー

文字数 8,606文字

 そこへ高柳がノックもせずに入って来た。
「その盗聴器をよこせ。違法捜査だぞ」偉い剣幕である。岩田が落ち着いて答える。
「いや、違法じゃないようで。それより、なぜ署内を監視しているのですか?」
「監視だと?そんなことは、してない」徐々に音量が下がった。
「例えば取調室とか、よく調べてみましょうか?」岩田が問い詰める。
「いやいい。分かった。じつは上からの命令でしたことだ」高柳が降参した。
「湯浅氏、というのは湯浅剛之介警視監ですよね。矢野のリストにG・Y58歳とある。珍しいイニシャルで58歳というのも一致します。警視監が合意痴漢グループのメンバーでは都合が悪いんでしょうね」野津が追い打ちを掛ける。
「そ、そんなことまでは知らない。本当だ。ただ、合意痴漢なんて単なる理想で、実際はサインの誤認で一般人に迷惑をかけているだろう。だからバイオレットなんたらのメンバーに警察内部の人間がいたら、それはマズいに決まっている」
「迷惑?確かにそうですね。でも、あらゆる趣味趣向は、厳密に誰にも迷惑でないものはありませんよ。そもそも、『需要があるものは供給されるべきだ』という梶谷光のスローガンがある。警察だって、犯罪抑止や犯罪解決という需要があるから民間人に迷惑がられても供給されていますよね。痴漢行為も、需要の存在は明らかなんです。一概に『犯罪です』と言い切るのはおかしい。それだけは覚えておいてください」野津は一気に理屈を言い切った。
「まあ、もちろん強姦や痴漢は女性の心の傷になる場合もありますから、他の趣味趣向と同一視はできませんが。でも痴漢させて示談金を狙う悪辣な事案も起きていますからね。女性専用車両程度の対応で解決できない複雑な問題です」

 三鷹北署に来ている滝口警視に岩田が相談すると、
「監視カメラ?そんなもの、すぐに取り外せ。高柳が全部知っているだろう?」と答えた。署長室に行くと落ち込んだ高柳にカメラの場所をすべて聞き、人員を手配して取り外した。
 滝口に湯浅警視監のことも話すと、
「それは一警視がどうにかできることではないが、SNSに流せば、上層部も反応せざるを得ないだろうな」と慎重に言葉を選んだ。
 試しに野津の個人的アカウントで湯浅の名は伏せて呟くと、一気に噂が広まり、「警察に合意痴漢がいるなんて」という非難に対して、少数ではあるが「誰でも変わった趣向があっていいじゃないか」との擁護もあった。午後には5000以上リツイートされて、コメントが莫大な量になっていた。
 夕方、警視庁に動きがあった。緊急記者会見とのことで、テレビで放送されるという。捜査本部の多数の捜査員がテレビの前に集まり、記者会見が始まった。警視総監と見慣れない人物が現われ、マイクの前に座る。警視総監が話し出した。
「このたびは、連続殺人事件と合意痴漢、ならびに麻薬取締の件で、皆様に大変ご迷惑をおかけしました」と立ち上がってお辞儀をした。隣の人物も同様にした。着席した総監は、
「警察上層部に合意痴漢グループのメンバーがいるとのことで、早速調査しましたところ、わたしの秘書である、この池吉幹夫であることが判明いたしましたので、池吉秘書官を辞任させる運びとなりました」
 「身代わりだ、こんなの!」と野津が声高に叫んだ。捜査員たちにざわめきが起きた。池吉と言われた人物が、
「このたびは警察官として大変お恥ずかしい事態を招きまして申し訳ございません。わたしの辞任をもって、捜査に収拾をつけたい所存です」と述べた。
「まだウィクトーリアとかいう架空の人物が特定されてないじゃないですか」
「主犯格を捕まえずに事件は終わりませんよ」
記者たちが口々に叫んだ。総監は動揺した様子もなく、
「ですから、この池吉がウィクトーリアです。彼を一連の事件主犯格として逮捕し、厳重に処罰いたします」とむしろ重々しく言った。
 取材記者たちの怒号は続いたが、
「それではこれで会見を終わります」と司会役の者が言い、二人は退室してしまった。

 野津は岩田に、
「矢野も陽晴もすでに殺人犯確定ですから、湯浅のことを証言させて罪状を少しでも軽くなるようにしたらどうでしょう」と提案した。
「だよな。あの池吉という秘書が可哀そうだし、合意痴漢グループと殺人を同一視されるのは納得がいかない」岩田は賛成する。
 まずは矢野を呼ぶ。岩田は、
「湯浅剛之介、もちろん知ってますよね?」と訊く。
「ええ、メンバーの一人でした」
「せがれの湯浅賢太郎は、あなたの後輩准教授ですよね」
「はい。それが何か?」矢野はきょとんとしている。
「すべての根源は湯浅剛之介で、ウィクトーリアはそいつだ。メール送信は主に賢太郎が代理でしていたと思われる」
「ええっ!あの大人しそうな湯浅が?」
「賢太郎自体には大して罪はない。父親がバイオレットピープルもジ・アンダーテイカーもアイグレーも操作していたんだよ」
「そ、そんな・・・」矢野は放心している。
「藤中組とも関係があっただろうな。水巻が陽晴の身代わりだったことで分かる」
「つまりは、麻薬にも関与していたと?」矢野はゆっくり呟いた。
「そうだ。あんたには湯浅が合意痴漢のメンバーだったことを証言して欲しい。少しは罪状が軽くなるのを祈っている」
 呆けたようになった矢野を連れ出させ、今度は陽晴を呼んだ。
「きみはジ・アンダーテイカーのヘッドは湯浅准教授ではと言ったよね。でも、その父剛之介がバイオレットピープルのメンバーだったんだ。どう思う?」野津が尋ねた。
「そうなんですか?」と陽晴は驚きながら「でもあり得ますね。対抗分子を作り、却ってグループの結束を強める。心理学的には理に叶っています。フェミニスト集団の操作も、一見肯定しているようで品田や多和田などを利用していますよね。バイオレットピープルメンバーに問題が起きたら、自分の保身のためにはどうとでもできるようにしていたと感じます。僕は指示が自分の都合に合致していたから犯罪を犯した。でも矢野さんは騙されたのでは?」
「矢野はね、言いにくいんだが、お姉さんさやかのトリックに騙されたんだよ」岩田が顔をしかめて言う。
「姉のトリック?」陽晴は目を見開いた。野津が宥めるように言葉を繋いだ。
「『揉み消してくれ』の『揉み』を京くんのいたずらで削除されて転送してしまったら殺人が起きた。二件目と三件目は敢えて『揉み』を削除して転送したそうだ。あ、三件目はきみか。さやかさんも、まさか実行犯が弟になるとは予測不可能だったよね。お姉さんは未必の故意だが、殺人教唆に準じる罪になると思う。あと麻薬の流通にも一役買ってしまったし」
「それにはまったく気付かなかった。気付きようがないですが。『1000万払うから消してくれ』とメールが来たので、まさか揉み消しの資金とは思わなかった。岸村のケースは3人で1500万と来たので、明白に殺人依頼ですが」
 そのとき部屋にデータ班の女性刑事が入って来た。
「世田谷の発信場所が細かく特定できました。千堂家ではありません。もう少し東の、その」
と言い淀んだ。
「湯浅警視監宅なんだろう?」と岩田が声を掛ける。
「あ、はい。湯浅邸も広いので、隣と間違えているとは思えません」
「ありがとう。重要な証拠になります」野津も労った。

 岩田と野津は改めて陽晴と話し合う。定時は過ぎているが今夜はまだ帰れない。警視庁の処分を覆すには早さも必要だ。
「さて、証拠も揃ったし、岸村殺しとアイグレー関係、麻薬、つまり藤中組だが、湯浅絡みだと証言してくれるね?矢野にも頼んだが、罪状が幾分軽くなると思うから」岩田が説得する。
「僕なんか死刑で結構ですけど、姉や千堂の役に少しでも立つなら喜んで。警察上層部の罪だって絶対許せませんしね」陽晴はきっぱりとそう言った。
「矢野ときみの供述書に湯浅剛之介の名前を記述するので、殺人実行犯といえどもうまく行けば実刑ですらないかも知れない。何しろ主犯格は湯浅だから。一件目の殺人のときに『違うだろ』と言って来なかったのも、殺しでもいいと湯浅が思ったからだろう」野津はそう説明した。

 20時を回っていたのでさすがに野津と岩田は帰ることにした。
「明日朝、二人同時に調書を作ろう。オレは矢野に付くから、ノリベンは陽晴を頼む」
「今晩は気合が入って眠れないかも知れません」
「そういうときは」
「β-エンドルフィン」二人の声が重なった。思わず笑う。
 野津は帰宅すると、
「明日は勝負の日になりそうだ。ちょっと肩に力が入ってる」と史代に言う。
「じゃあ、まず夕飯をしっかり食べてくださいな」そういう史代をそっと抱き締める。
「え?今夜も、もしかして?二日続けてなんて新婚以来よ」
「リラックスして眠りたいから協力してくれよ」と野津は史代の顔を覗き込む。
「いいわよ、もちろん。ふふふ」史代は嬉しそうに笑った。

 翌朝8時半には野津も岩田も出勤していた。
「ノリベン、よく寝たか?」
「ええ、7時間ぐっすり。β-エンドルフィンでね」もうギャグになっている。
「9時になったらすぐ始めるぞ。コーヒー飲むか?」
「ええ。あ、すいません」岩田が二人分のコーヒーを持って来た。
「珍しくオレが淹れたんだ。気合入ってるからかな」苦笑している。
 そこへ捜査本部の男がやって来て、
「篠崎が言ったゼッケンから、彼と岸村殺害をした二人が特定できました」と言う。
「お、早いね、さすがだ。どうやって?」と岩田。
「ジ・アンダーテイカーの闇サイトに侵入したらゼッケンでやり取りしていたので、あとは簡単でした。一人は貧乏学生。もう一人はブラック企業の社員でした。500万なんて言ったら喉から手が出るほど欲しい人間が、いまの日本には多いってことですね」
「出頭は?」
「それぞれの自宅で身柄確保済みです。岸村は警視庁案件なのでそっちの留置になってます」
「あ、そうか。陽晴は連続殺人もあるからウチで預かられているわけだね」岩田は納得する。
 8時55分、岩田と平岡、野津と江頭の二組に分かれて別室で矢野、陽晴を待つ。9時ちょうどに供述書作りが始まった。
 矢野は理路整然と話すので、書記が打ち込むのが間に合わないほどの速度で供述書ができていった。彼の場合、間違った指令で犯した殺人だけなので余計に早い。11時過ぎには完了した。陽晴のほうへ岩田が行くと、彼も頭がいいが事情が複雑なので少し手間取っていた。
「岸村殺害の経緯を書いたら終わります」と野津が言う。
「12時に終わらなかったら飯食えよ」と言って岩田は自席に戻る。
12時半頃になって野津は自席に戻って来た。
「終わりましたよ、ガンさん」笑顔で言う。
「一緒に蕎麦屋行こうと思ってたのに、コンビニ弁当にしちゃったよ」
「ああ、すいません。もう少しで終わりそうだったので、仕上げてしまいました」
「データは保管して、印刷したものを警視庁に持って行こう」
「いまの時代、コピーも不要だからいいですね。証拠隠滅もできない」

 伊集院警視正、滝口警視を伴って、野津と岩田は車で警視庁に乗り込んだ。伊集院は最初渋ったが、これが事実と押し、なんとか説得した。
「捜査一課に来ました。三鷹北署の野津と岩田です」岩田が受付で言う。
受付の婦人警官は内線で確認を取った。
「どうぞ。乃木一課長がお待ちです」
 四人は捜査一課の部屋に入り、奥の課長個室をノックした。
「ようこそ、みなさん、というか三鷹北署のお二人」と一課長は軽んじたように言い放つ。
「篠崎陽晴と矢野和親の供述書です。二人の供述には警視庁が伏せたい事実が書いてあります。端的に申し上げると、ウィクトーリアの正体、湯浅剛之介氏のことです。これをご覧になっても真相を隠されるのでしたら、供述書のデータもございますし、現代は便利なことにネット社会ですので」と岩田は堂々と述べた。
「きみたち、身分がどうなってもいいのかね?」と一課長がずしりとした声で言う。
「こんなことで身分がどうかなるのでしたら、それはまた問題ですし、クビでも左遷でもしてください。どうせしがない所轄の刑事です。惜しむような肩書もございません」野津は凛として言い返した。
「分かったよ。湯浅は定年間近の警視監だ。天下りが早まるのと再就職がしょぼくなるだけだ」
「再就職?殺人指令を出していた人物は実刑確定の犯罪者です。課長のご認識を改めていただきたい。指令を発信した地点も特定できているのです。単なる合意痴漢グループのメンバーではございません」岩田の語気も荒くなっている。
 捜査一課長乃木大輔は、『え?』という表情で、腕組みをする。メガネを外しデスクに投げ出す。苦渋の顔をして、しばしの沈黙のあと、
「うーん、捜査一課の威信に賭けて、湯浅剛之介を主犯として逮捕せざるを得ないな。当面、警察の信用はまた落ちるだろうが、事実なら仕方ない。今回はきみたちに負けた。わたしだって潔くないのは嫌いだ。思えば、昨日の記者会見は三文芝居だったな。もう一度、本当の記者会見をお願いしようじゃないか」と渋く微笑む。幾多の経験で、むしろ人柄が丸くなっていると伺える。
二人は、もっと手間取ると思っていたが、乃木の英断であっさり決着した。
「ありがとうございます」野津と岩田は同時にそう言って最敬礼をする。

 二日連続の警視庁記者会見で、報道陣も慌てて駆け付けた様子だった。テレビも臨時ニュースを流したり、中継の用意に追われている。
 会見は警視庁捜査一課長の単独だった。
「昨日は事実誤認の会見をして誠に申し訳ございませんでした。情報が錯綜しておりまして、本日改めて記者会見の運びとなりました」座ったまま頭を下げた。野津たちは会見場に居残って、目の前で見ていた。
「これから申し上げることが真相です」と一度言葉を切る。
「痴漢加害者と岸村健一さん殺人の犯人が判明しました。また薬物の問題は報道の通りです。みなさんご存知の主犯格『ウィクトーリア』は警視庁警視監である湯浅剛之介と申します。警察上層部から主犯格が出たことは、いくらお詫びしてもし切れないほど重大なこととして受け止めております。殺人実行犯の矢野和親並びに篠崎陽晴ほかは、一部は篠崎さやかの責任もあり、しかしながら、指令を発信したのは間違いなく湯浅でございます。えー、殺人事件の詳細については囲み取材やニュース報道でお知らせできると思います。では失礼致します」とここで立ち上がって深々と礼をした。

 逮捕された湯浅剛之介警視監はすべてを供述した。「ウィクトーリア」を名乗ったのは「死に対する勝利」の意味が込められていたという。彼の述懐によれば、近年同世代が他界し始め、自分の「残り時間」に恐怖を感じていたらしい。合意痴漢グループに参加したのは、たまたま乗った電車で痴漢希望と思われる女性に遭遇して味を占めたと供述した。ただ、自分の性癖が世間にバレるのは手段を選ばず防ぐ覚悟だったとも言った。
 アイグレーの殺人幇助罪に問われる、現場で被害者を囲んでいた人物特定もでき、逮捕者は歴代の連続殺人事件でも屈指の人数に達した。自殺の強要、また加古を襲った多和田茜はもちろん、恢復した品田風美も偽の痴漢被害者として逮捕された。とはいえ、茜は全身の痛みを訴えて警察病院に入院した。やはり線維筋痛症だという。犯罪に病状悪化のストレスは付き物だ。
 ジ・アンダーテイカーのメンバーは、殺人罪の三人以外はマトリの捜査で数人の逮捕者が出た。千堂瑞穂も、すでに親の威光は利用できず、篠崎さやか、千堂聡介と一緒に書類送検である。
 さやかと千堂の罪状は非常に微妙な部分が多く、検察がどこまで事実に迫れるかが焦点になった。瑞穂は単純な傷害罪で済むだろう。さやかに関しては未必の故意がどの程度の罪になるか、おそらく執行猶予にはなると思われた。ナイフ運搬と麻薬に関しては不問かも知れない。千堂は藤中組との接点がどうかだが、麻薬取締法違反だけで済めば実刑にはならないはずだ。
 殺人実行犯の矢野と陽晴そしてアンダーテイカーの二人は湯浅の殺人教唆の罪状次第で、実刑か長い執行猶予付きになるか、裁判結果を待つしかない。 
 三鷹北署長高柳は、野津たちが盗聴を公開せず、かろうじて地位を保った。二人に大きな借りを作ったが。
 警察内部的には、三鷹北署をメインとして、捜査に参加した練馬西署、立川南署のメンバーの功績が認められた。とりわけ野津と岩田は一階級昇進した。野津は警部、岩田は警視となった。彼の勤務先は本店つまり警視庁になる。乃木捜査一課長が、ぜひウチに欲しいと言ったからだ。

 「何年一緒にやったっけ」と岩田が野津に話しかける。
署の庭に出てベンチに座っている。草いきれの匂いが初夏を思わせる陽気だ。
「7年ですね。わたしが28歳で巡査部長に成りたてのときからです」
「お前はまだ結婚してなかったもんな。聞き込みで史代さんに出会ったのは翌年か?」
「そうですね。ガンさんもまだ35だったんですね。いまのわたしと同じですか」
「いつの間にか40過ぎていた。内心、結婚は無理かと諦めかけていたよ」
「警視庁勤務の警視なら、色川さんに引け目を感じずに付き合えるでしょう?」
「まあな。彼女は『肩書や収入には拘らない』と言ってはいたけど」岩田は笑顔で、 
「ノリベンの新しい相棒は吉永だろ。大卒1年目のノンキャリだが、彼は独特のセンスがあると思う。うまく育てればいい刑事になるよ。お、噂をすれば」
 吉永が笑顔で二人に近付いてきた。軽く礼をして、
「野津さん、駆け出しでご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」と敬礼する。
「まあ、覚えることは山ほどある。やってみないと分からない仕事もあるよ」野津は微笑みながらおだやかに言った。

 加古と慶菜はゴールデンウィーク前の金曜日にディズニーランドに行った。慶菜は何度も来ているので、加古は慶菜を案内役に行動した。擦れ違う人の多くが振り返るのは慶菜の服装のせいだった。下半身の形丸出しの薄手の生成りホットパンツで、少し尻がはみ出している。出かけるときに加古が、
「凄過ぎない?」とビックリして言うと、
「アメリカなら若い子はこのくらい露出はするわよ」と平然としていた。
 二人共ジェットコースター系が好きなので、それを軸にして夕方までほぼノンストップで列に並んではアトラクションに乗った。昼食は並びながらハンバーガーを食べる。夜のパレードを見てから二人はレストランで食事をし、加古のアパートに帰った。
「脚がパンパンだ」と加古が笑うと、
「運動不足じゃない?わたしは全然平気。ほら演劇部って鍛えるからね」と擦り寄って来た。
「きょう、たくさん人に見られて、ホントは興奮しちゃったの」
「あさってはケイちゃんのご両親に挨拶しに行くんだから、ほどほどにね」
「そんなこと言って、ヨシくんだってわたしのお尻見てたでしょ」とつむじアンテナを触る。汗をかいても加古のくせ毛は立ってしまう。結局、疲れているのに2度もHした。
 
 二日後慶菜がやって来て、加古の服装をチェックする。
「髪型よし。服装よし。あとはどの靴履いていくの?」
「一番新しい革靴。茶色いやつ」
「OK。白・カーキ・茶で配色もいいわ」慶菜も露出控え目のキャンパスにいるときの服装だ。
 八王子からタクシーで1500円ほどの場所に高島家はあった。京王線には近いらしいが、かなり時間がかかるそうだ。慶菜が、
「たっだいまー」と元気よく玄関に入る。加古は後ろから続く。
母親と姉と見える二人が出て来て、
「おかえり。久し振りだね」と口を揃えた。
「えっと、いま付き合ってる加古くん」と加古を前に押し出す。
「初めまして。加古と申します」とお辞儀をした。
「まあ、どうぞお上がりなさい。おとうさんは庭でゴルフやってるけど」
 案内されるまま、高島家の広いリビングに通された。父親も庭での打ちっ放しをやめて上がって来た。
「和歌山の方ですか。ご両親は先生をね。デキの悪い娘ですがよろしくお願いします」父親は柔らかい物腰の人だった。持ち土地にアパートを建てて家賃収入を得ながら、小さな会社の役員をしているという。
「ケイはマイペースだから大変でしょ」と姉の直美が笑う。
「いえ、そんなことないです。料理も上手ですし」
「わたしがおねえちゃんと一緒に小学生の時から手伝わせて仕込んだんですよ。今風の料理じゃないですけど、お口に合いますか?」と母親がニコニコしている。
「あ、はい。味付けが濃くないので関西人の僕も凄く美味しいです」加古の肩の力も抜けて来た。隣で慶菜が嬉しそうにしている。
「ご実家にお邪魔して、ホントにいいんですか?」と父親が言う。
「はい。キレイな海と食べ物が美味しいくらいしか取り柄のない漁師町ですが」
「ご家族は?」
「祖母と両親と妹です。母はもう教師を辞めています。父は小学校の校長になったそうです」
「ほう。御立派な方だ。かあさん、あれ持ってきて」と母親に言うと、何やらキッチンから紙袋を持って来た。
「少し重いけど、お土産に持って行ってください。この辺でも東京ならではの野菜が採れるんですよ。変わった物はないけど、日持ちがするのを選んだから」
「却ってすみません。僕の提案で帰省するだけなのに」
「だって、この子が何日もお世話になるんだから」と慶菜を見てから加古に目線を移す。
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