九、冬(十二月二十日)

文字数 2,006文字

山田サトシは思う、恋とはなんだ。僕はまだ知らない。
同じクラスの小野寺ライムはこの所、休み時間になると直ぐに教室を出ていく。それもとびきり嬉しそうに。山田は不思議に思っていた。
「小野寺! 最近何処に行っているの? 休み時間、一人でさ」
「ん? どうして? え! あ、もしかして、ライムのこと」
全くと言っていいほどライムのことはそういう目で見ていない。
「違っ、ごめん、マジでそれはないわ」
「うわー全力否定! えっとね、先生のところ」
担任は西田先生。
「西田になんの用事?」
「違う、違う、生物の!」
「はあ? そりゃまた物好きだね、なんだっけかな、みや? 宮元か。なんでまた、俺あいつに怒られたことあるわ、思い出しちゃったよ」
ずっと笑顔のライム。何がそんなに楽しいのだろうか。
「部活の顧問すらも出来ないって話、名前だけなんでしょ、卓球部」
にこにこのライム。
「楽しそうですね」
「はいっ! 山田は?」
「え? はい、何ですか?」
「人を本当に好きになったことある?」
 苛立ち、憧れ、安らぎ、怒り、この気分を全てまるごと含めて何と言うのだろうか?
「俺は分からない、まだ・・」
「そっかぁ。スッゴくいい気分だよ。そんな人にいつか出会えると良いね!」
「へえ、気分ねえ。それがとても不甲斐ない恋でも?」
「ふがいない?」
「パワーが無いというか絶対に無理みたいな」
「絶対なんて絶対ないよ! ・・あれ? だって何があるか分かんないもん。意味の無い事なんてないよ」
「うん」
そう言ったが、俺には全てに意味が無く思えていた。
「俺もそう信じたいよ」
岡崎先生のことを考えていた。
 
気付いたら塾の終わりにまた待ち伏せしていた。これがストーカーの始まりか。岡崎先生は俺を見るなり凄く嫌そうな顔をした。けれど今日は、無視されなかった。
「うわぁ、山田君も懲りないねえ、寒くないの?」
息は白く耳は真っ赤。顔の前で手を組んでいた。
「暖かそうに見えます?」
そう言うと岡崎先生は
「送るよ」
と言って車に乗せてくれた。車は動き出すと勝手に俺の家の方へ走った。
 
「前に言われたことを思い出して、春が来るのがどうこうって」
「はる? ああ、ははっ」
軽く笑う岡崎先生。
「したね、したね、したかもね。待つとかそういう話だよね」
「俺もいつまでも待てます。そこに希望があります、この間何も答えられなかったから」
「うん、希望ね」
「そう信じています」
「私は絶対ならって言ったのだよ、絶対なんてあると思う?」
「・・・」
「はははっ、例えばだけどね、今現在では山田は生きているよね」
「はい」
「でもそれは明日への保障になるかな? 答えはノーだ。未来っていうのは実在しない。今日は晴れていたね、傘は要らない、天気予報は過去のデータだよね。時間に連続性が無いと経験をどれだけ積み重ねても明日を正当化する事は出来ないと思わない? 難しいかな」
「あ、えっと、言葉って色々な使い方があるな、って、絶対の中に希望と絶望があって」
「誰だって幸せになりたいと思っている。と思うだろう」
「ええ、そりゃあ」
「それも誤りだよね、過剰に求めると不幸になるのだよ、必ず」
「必ず?」
「誰かの幸福には誰かの不幸があるしね。幸福な上に他人の不幸を望むやつもいる。勿論、幸せやら不幸やらってのは自己判断なわけだけど。私は出来るだけ幸せを避けたいのだよ」
「自ら幸せを避けるなんて信じられません。意味がわからないし、そうやって誤魔化して生きているだけなんじゃないですか? 俺には理解出来ない。どうして、どうして、そんな悲しい事を言うのですか」
「山田さ、本気で人を愛したことないだろ。分からなくていいんだ。その方が本当は良いんだよ。居ても居なくてもダメなんだ。愛する程、孤独になるのだよ。私はそれに耐える事が出来ない。ただ、それだけ。何に対してもだね、依存は最高によろしくないよ。エネルギーを失うね。依存は過信に繋がっても自信にはならないし、劣等感から生まれるエネルギーは結局、良くない方向へいくんだよ」
「・・・・」
「あ、なんかごめん、喋りすぎた」
「いえ、もっと喋ってください」
「今の言葉が死ぬまでに山田にとどいたら嬉しいよ」
本当に情けないけれど、また、返す言葉が見つからなかった。
 
 次の日教室で席について突っ伏していた。すると冷たい空気が入ってくる。北の隙間風。
「さみいよ」
「え? さみしい?」
ライムが言う。
「さ! む! い!」
「ああ、ごめん、ごめん、閉めるね」
 ガラガラと窓を閉めて山田の方を見ている。
「あー比になんねえー! 比にならないです!」
「んぁ? どうしたの。山田」
なんとなくだけれど岡崎先生の言っていることは分かったような気がした。
「全然足りねー! ぜんっぜん! 足りねーよ!」
 
ライムは思っていた。気付いていないけれど山田は恋をしているのかもしれないと。
山田は思っていた。恋とはなんだ。僕はまだ知らない。本当に知らないのか?
 
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