二十六

文字数 1,344文字

 ワーキングパスでゲートを潜ると、海岸線に空母が見えた。この小さな半島の全てが、アメリカ合衆国ということになる。基地内は軍関係の施設が殆どだが、映画館や飲食店もある。切り立った崖と海岸の間の僅かな平地に幾つもの建物があった。通常、基地への出入りは、正面ゲート脇の入国管理局で審査を受けた後、ワンデイパスを発行され、エスコーターと共に入ることが許される。しかし、出入りの業者や施設の従業員は、年間のワーキングパスが発行され、ゲートでの簡単なチェックのみで入ることができた。基地内での事故や犯罪は、アメリカ合衆国の法律が適用される。出入り可能なゲートは二つ。正面ゲートと三笠公園側の裏門、通称『ワンブル』である。そのワンブルから入って少し歩いたところに、古びた米軍の廃ビルがあった。今は使われておらず、建物の周辺は木々に覆われ、背後が小高い丘になっていた。白い軽ワンボックスが廃ビルの門を潜り、茂みの中に停車した。作業服を着た男が三名。一人の見張りを残し、二人が廃ビルに消えた。
「いよいよ、ですね」
「ああ、五年もかけたんだ。必ず上手く行く」
 懐中電灯の明かりが左右に揺れる。やがて錆びた扉が開く音がした。以前はこの廃ビルの地下には消火水槽があったが、ヒラノ達が排水し、今は地下空間となっている。出入りはマンホールを開けるしか方法はないが、例え誰かが調べに来たとしても、気付かない。ポンプ室と書かれた部屋の扉を開け、マンホール開閉用ハンドルを使って、二人がかりでマンホールの蓋を開ける。中へは脚立で降りる。その奥に地下坑道へと続く穴があった。ヒラノが灯りを照らす。すると、数十メートル先にインフラ用の坑道が見えた。足元を照らしながら抜け穴を通り坑道に出る。天井から水滴が漏れ、床の水溜りに波紋が広がる音がする。それは規則的で、闇の中に響き渡った。少し歩くと、天井の高い場所があり、鉄製の梯子が掛けられていた。地上は車道なのだろう。車のタイヤがマンホールを踏む音がする。隙間から光が漏れていた。十五分ほど歩いただろうか、坑道の外れにある梯子を登り、マンホールをスパナで叩くと、外からマンホールの蓋が開いた。
「当日は、ここから侵入すればいいんだな?」
「はい、灯りは用意して下さい。必ずムラナカたちはここを通ります。奴はゲートを通ることができませんから。そして、必ずムラナカが基地の外に出てきた後で逮捕して下さい。基地内に逃げられたら奴を捕らえることが難しくなります」
「ああ、承知した。それで取引の時間は?」
「金曜の夜二十一時。基地内の例の倉庫。そこで取引させて、俺がこの坑道を使って脱出させる」
「わかった、上手くやれよ。ところで、シグマの連中はどこから侵入する?」
「奴らは来ない。海上で米軍のボートでブツを乗せ、米兵に渡りをつけるつもりのようだ。取引額の二割を米軍のブローカーに払うらしい」
「そうか、基地内で我々が米兵を捕らえるなんてことは不可能だからな」
「夜二十時には、ムラナカと数人の手下がこの坑道を使って中に入る手はずになっている。だから奴らが完全に中に入った頃を見計らって、このビルを包囲してほしい。見張りを残すはずだから、絶対に見つからないように」
「ヒラノ、お前も、最後まで気を緩めずに」
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